氾濫②

── アーサー 視点 ──

僕は、1人で数千ものモンスターの大群を薙ぎ払っていくノア君を、ただ呆然として見ていた。


ノア君が一度刀を振るえば何体ものモンスターが斬り伏せられ、刀の届かないモンスターは彼の背後にある魔法陣から擊ち出された魔法が貫いていく。その結果、モンスターたちは一匹たりともこちらへ抜けてくることはない。


── 凄いな、彼は。


そんな彼の姿に、僕は自然とこんなことを思っていた。


彼の動きは、喩えるならば風に舞う花びらのようだった。一瞬たりとも動きを止めることなく、ふわりふわりと相手の攻撃を躱しつつモンスターを斬り伏せていく。


僕がそんな彼の動きに驚きつつも見惚れていると、他のSランクの皆も次々と集まってくる。他の皆も彼の動きを見て、驚きつつも見惚れている。だが、そんな中トウカさんだけは、


「さすが……。」


と、まるで彼の強さを知っていたかのような反応を見せる。


「トウカさん、彼の強さを知ってたの?」

「先ほど話すまでは、確証はありませんでしたが……。彼は、私が小さい頃に仲良くしていた子だと思ってます。」


彼女のその言葉に、僕は少し考える。彼女の家は、クリスタ帝国の中でも屈指の大貴族であるシスト公爵家の出身だったはず。そうなると、彼も……?


「でも、別に今の彼が貴族だとかそう言ったことはありませんよ。今の彼は、チェブリス王国で暮らす1人の少年です。」


その、どこか含みのあるような言い方に僕は少し引っ掛かるものを感じつつ、


「そうなんだ。」


と、短く答える。


すると、モンスターの掃討が終わったのか、ノア君がこちらに声をかけてくる。


「アーサーさん、一つ相談したいことが……。」

「どうしたの?」

「多分、次の波が最後です。……ただ、その代わり今までとは比にならないレベルのモンスターが出てきます。」


そう言う彼の言葉に、僕も気配を読み取り、気づく。確かに、こっちに向けて強大な気配が進んできている。しかも、かなり気配の消し方が上手い。


「……本当だ。よく気づいたね。」

「気配察知は得意なので。それより、……勝てますか?」

「そうだね……。……1人だと厳しいかもしれないけど、何人かでやれば大丈夫かな。」

「……でしたら、1つお願いしたいことがあります。」

「なんだい?」

「おそらくこの氾濫スタンピード、1体のリーダーがいるような感じがします。……しかも、ほとんど気配を感じさせない奴が。僕がそいつを1人でなんとかするので、他の皆さんには絶対にモンスターを通さないでください。」


そう言って彼は、ダンジョンの方を見る。その目は僕には見えない何かを見ているのか、遠くを見ていた。その姿は、先ほどまでとは違いあまり余裕が感じられないものになっている。


「……わかったよ。でも……無理はしないでね。」

「はい。」

「みんなも聞いてたね?彼の強さはさっきのでわかってると思うから、僕たちはこの先に1体もモンスターを通さないことに専念するよ。」


その僕の言葉に、皆が頷く。


その後配置を決めた僕たちに、ノア君が、


「……来ます。」


と呼びかける。


── それと同時に、先ほどまでとは比にならない勢いでダンジョンからモンスターが溢れ出してくる。しかも、そのレベルも先ほどまでより数段高い。


各自が各自の戦い方でモンスターの数を減らしていると、やがてモンスターが打ち止めになったのか出てこなくなる。


「終わった……?」

「まだです!そっちにはあと2体、強いのが行きます!」


そう彼が言った瞬間、ダンジョンから3体のモンスターが出現する。そのうち2体は、筋骨隆々とした巨体に厳つい顔。その口からは鋭い牙が生えており、尋常でない威圧感を見せている。


「こいつは……!」


僕はその特徴に、思わず声を漏らす。急いで鑑定の魔導具を取り出し発動した僕は、その結果を見て驚愕を隠せなかった。


────────────────────

名称 オーガキング

ステータス 鑑定不可

────────────────────


オーガキング。かつて1体で街を5つ壊滅させ、当時のSランク冒険者10人がかりでようやく討伐できたと伝わる、伝説のモンスターだ。それが、2体。


一瞬絶望に飲まれかける僕だったが、すぐに気持ちを持ち直し、言う。


「全員、オーガキングの討伐にあたれ!」


それと同時に、オーガキングのうちの1体が、胴体を袈裟斬りにされて息絶える。


「……もう1体は、頼みます。」


そして、ダンジョンから一体のモンスターが現れる。黒く、そして鈍く輝く鱗に、細長い瞳孔の瞳。見るもの全員に絶望を植え付けるそれが、ダンジョンから姿を現した。


「あれは……!まさか黒竜……!?」


隣でギルがそう言ったのを、僕は聞き逃さなかった。


「黒竜って……あの……!?」

「ああ。……確証があるわけじゃないが……。」

「あの気配の強さで黒竜じゃなければ、絶望だよ。だけど……。」


僕はちらりとノア君の方を見る。


「こればっかりは、彼に任せるしかない。……大丈夫。きっと、彼ならやってくれる。……僕たちは、オーガキングをなんとかするよ。」


そして僕はそう言い、鬼ノ王に向き合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る