第2話

 四月。日曜日の昼下がり。

 天気が好かった。

 窓を開けると、心地良い風が吹いていた。

 だから僕は、お気に入りのコーヒーを淹れて、窓際に座布団を敷いて、ベランダに足だけ出した状態で座って、空を眺めた。

 そうして少しの間、穏やかな陽射しと冷たい風を堪能した。

 しばらくして、後ろから足音が聞こえてきた。振り返ると、昼寝から目覚めたばかりの眠そうな顔をした彼女が立っていた。

「日向ぼっこしてたの?」

「空を見てた」

「そっか」

 彼女は嬉しそうに微笑んで、僕の隣に座る。

「どうだった?」

「切なかった」

「あら。なにかあったの?」

「白い雲と青い空が綺麗だった」

「空が綺麗だと、切ないの?」

「この綺麗な空も、明日には忘れちゃうかもって思ったら、切なかった」

「そっか」

 彼女は健やかに笑った。

「忘れちゃってもいいんじゃない? 綺麗な空なんてさ、生きていれば、またいくらでも見れるよ」

「いくらでも?」

「そう、いくらでも」

 彼女は言う。

「そうしてさ、綺麗な空を見る度に『今日の空がいちばん綺麗だ』って思えばいいんだよ」

 僕は問うた。

「そんなもんでいいの?」

 彼女は言った。

「そうだよ。そんなもんでいいんだよ」

「……そっか」

「ていうかさ、忘れるのが嫌だったら、写真に収めておけばいいんじゃない?」

「うわっ、その手があった」

 少しへこんだ。

 そんな簡単なことも思いつけずに、悲しい気分になっていた自分が馬鹿みたいで恥ずかしかった。

「ほら、落ち込んでないで、新鮮なうちに撮りな」

 そう言いながら、なぜか彼女は空をバックにポーズをとる。

「なにしてるの?」

「なにって、付加価値だよ。付加価値」

「付加価値……、まあいいけど……」

 僕は、スマホで写真を撮った。

「どう?」

 彼女が画面をのぞき込む。

 撮れた写真を見てみると、空を背景にいい笑顔でポーズをとる彼女が写っていて、どちらかというと付加されているのは空の方だった。

 だが……

「いい写真だね」

 と、彼女が笑う。

「うん。今日の君が一番綺麗だ」

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今日、死ななかったのは 接木なじむ @komotishishamo

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