第3話 玲子様、幽霊に警戒されてます

 その頃、玲子は部屋の端に居る、侍の幽霊へと近づいていた。

 玲子の中では、ひと口に幽霊と言ってもが居るという認識だ。そして、目の前の侍の幽霊は明らかにむしろどこか、ひどく寂しげな気配をまとっていた。


(……この人、誰にも気づいてもらえなくて、ずっとあそこに立っていらっしゃるのね)


 玲子は胸の奥に、じんわりと湧き上がる共感を覚えていた。  

榊原家ではずれ者として扱われてきた玲子にとって、誰からも見えず、忘れられてしまう幽霊の存在は、他人事とは思えないのだ。

 静かに歩み寄った玲子に、侍の幽霊が気づく。  

 明らかに戸惑い、警戒するその目を玲子へ向けた。  

 それでも玲子は臆することなく、小さな声で語りかける。


「……こんばんは。おひとりで寂しくは、ありませんか?」


 幽霊がまじまじと玲子を見る。その表情は、珍妙な生き物でも見るかのようだ。  

玲子は、ふっと笑みをこぼす。

 

「わたくし、榊原玲子と申します。良ければ、お話相手になって頂けませんか?」


 二十歳にも満たない小娘が、霊体となった自分に話しかけて来るとは、侍の幽霊にとって、思いも寄らぬ出来事だ。 


人間としての肉体の死を迎え、魂だけの霊体になってから、長い時間が過ぎた。

 霊体というのは、誰にも気付かれず、そこに居るだけの存在になったのだと寂しく思っていた。稀に霊体の存在を感じた者が居たとしても、一応に恐れ、排除しようとして来るのだ。


 それなのに、話をしましょうとは、呑気にもほどがある。

 華奢な体からは想像もつかない肝の太さに、侍の幽霊を纏う警戒が溶けていく。


『玲子殿とお呼びしてもよろしいかな』


「はい、どうぞお好きにお呼びくださいませ。貴方様のお名前を伺っても?」


拙者せっしゃは、藤堂一将と申す。彼処あそこに在る、藤堂将吾と尚文の祖父に当たる縁者でござる。孫の様子を眺めているだけのただの爺だ」


 思っていたとおり、藤堂家の血縁者だった。


 爺と藤堂一将は言うが、精悍な姿はどう見ても30過ぎにしか見えない。

 亡くなった時の姿なのか、無意識にその姿を保っているのか、不思議に思い玲子は小首をかしげた。

 しかし、どちらにしても藤堂の血縁と言うだけあって、目元の辺りがよく似ている。

 一将と名乗る幽霊の様子を玲子は興味深く窺った。


『なんだ、ジロジロと見て、そんなに拙者の顔が気に入ったのか。残念ながら、拙者は幽体ゆえ話し相手にしかならん。伴侶を望むなら将吾か尚文のどちらかにしてくれ』


 一将は、まんざらでもないという顔をして、冗談めかした口調で返す。

予想もしていなかった事を言われた玲子は目をまんまるくし、そして、柔らかく微笑んだ。


「まあ、そんなことを仰るなんて。冗談がお好きなんですね」


 玲子の声には、恐れも躊躇もない。  

 まるで昔からの知り合いにでも話すような、自然で柔らかい声音だった。


『……ほう、幽霊に笑いかける娘など、初めて見たぞ。拙者の冗談に笑ってくれるとは、これは貴重な話し相手を得たかもしれんな』


「一将様の冗談は、普通の方より楽しい気がします。きっと長い間、色んなものを見てきたからですね」


『ふむ……玲子殿。そなた、幽霊との会話にまったく臆しないのう』


「そうですね、幽霊よりも生きている人の方が怖いときがありますから」


 玲子はふわりと笑った。

 寂しげだが、どこか達観したような微笑み。

 その笑顔に、一将は何も言えなくなった。


『……なるほど。おぬし、ただ者ではないな。いや、ただの娘ではないということか』


その言葉に玲子の顔から、笑顔は消えた。そして、寂しそうに首を横に振る。


「そんな……買いかぶりすぎです。わたくしは、榊原の“ハズレ者”です」


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