俺と赤崎さんと小さな変化

「ただいま~」

靴を脱ぎながら大きめの声で言う。

「おかえり~」

リビングからくぐもった声で返ってくる。

玄関から少し歩いて左のドアを開ければ、うちのリビング兼ダイニングが見える。

そしてその奥にあるのがキッチン。

そこで母さんは料理をしていた。

「今日の晩飯なに?」

「今日はカレイの煮つけ」

「やった」

母のカレイの煮つけは絶品だ。

甘辛い味でご飯が進む。

と、小さくガッツポーズをしたところで母に切り出す。

「なぁ母さん、ちょっといいか」

「どうしたの遥」

料理しながら母がこっちを向く。

そこで俺はあるものを鞄から取り出す。

「これ、料理してほしい」

俺が取り出したのは、小松菜だった。

「珍しいわね、遥が野菜持ってくるなんて」

母に驚かれる。

そりゃそうだ、俺は青木家において珍しい野菜嫌いだ。

その俺が小松菜を持ってくるなんて、明日は雪が降ってもおかしくない。

「最近学校で貧血続きだから鉄分とか造血作用のあるもん食べろって、保健室から」

「そういうことね」

保健室からは嘘だが、貧血なのは事実だ。

赤崎さんに血をあげる生活を初めてから、明らかに眩暈やふらつきが増えた。

完全に貧血だ。

「じゃあお母さんも色々探してみるわね、任せなさい!」

「ありがと」

こういう時の母は本当に頼もしい。

流石は我が家のコック長、って感じがした。

「ただいまー」

そんなことを考えていると、また一人家に帰ってきた。

「母さん今日ごはんなに~・・・・・・あれ、兄さんもう帰ってたんだ」

リビングに入ってきたのは妹の冬優子ふゆこ

今年で中三、もうすぐ終わる最後の部活に勤しんで帰ってきたらしい。

「おかえり、今日はカレイの煮つけよ」

「やりぃ!」

冬優子はジャンプして喜んでた。

「ん?小松菜?」

そして俺の手にある小松菜を見て怪訝そうな顔をしていた。

「俺、貧血なんだとよ」

「それで小松菜!?兄さんが野菜とか、めっずらしぃー・・・明日、雪?」

「そこまで言うかお前」

あまりの言いぐさに思わず口が開く。

「つか冬優子、お前シャワー浴びて来いよ、汗くせえ」

「兄さんサイテー!!」

冬優子はバスケ部、当然帰ってくる頃には汗だくなわけで。

「冬優子、事実なんだから入っておいで、お風呂沸かしてあるし」

「はぁーい・・・・・」

母からの援護射撃もあり、冬優子はしぶしぶ荷物を持って引き上げていった。

その直後。

「帰ったぞー」

今度は野太い声が響く。

「ただいまー、久しぶりの定時上がりだ」

親父が帰ってきた。

出版社勤めの親父は定時退社できることの方が稀だが、今日はまさかの定時だ。

ご機嫌らしく、手に百貨店の紙袋を持っていた。

「駅前の百貨店で刺身買ってきた!」

「今日は魚尽くしだな」

俺はそれを受け取って、冷蔵庫に入れようとする。

「小松菜?おつかいか?」

「いや、俺が自分の意志で買ってきた」

親父の質問に答えたら、親父は目を丸くした。

「お前が!?・・・・・・明日は槍か」

「揃いも揃って・・・・・・」

俺はため息をついた。

「貧血だから、食えって」

「あぁ、なるほど」

親父は合点がいったようだ。

「さーて、とりあえず手洗ってスーツ着替えるか・・・・・・」

そう言ってリビングを出た後、冬優子の悲鳴が聞こえてきた。

どうやらシャワーを浴びようとしていた冬優子とエンカウントしたらしい。

「・・・・・・今日は、騒がしくなりそうね」

「だな・・・・・・・」

母さんと俺は、頭を抱えた。




「ふぃー、おなか一杯・・・・・・」

晩飯を食った後、自室に戻ってスマホを取り出す。

今日はまだ課題が出ていないから、ここから先は自由時間だ。

この間買ったゲームの続きをしようかな、と思っていた矢先、通知が入る。

差出人は、コウモリのアイコンからだった。









「はぁ・・・・・・」

私──赤崎夏目は、ため息を吐いた。

理由は簡単。

「・・・・・・ごはん、いやだなぁ」

食事が、憂鬱だから。

別に吸血鬼だからって血ばかり飲むわけじゃない。

普通の人となんら変わらない食事も摂る。

私の場合、母は普通の人間だから、普通の食事が出てくる。

でも、飲み物は血液だ。

私と父は吸血鬼だから。

「・・・・・・おいしくないんだもん」

私は、ぽつぽつと独り言を零す。

憂鬱な気分のまま、ベッドに臥せっていると、ドアがノックされた。

「お嬢様、お食事のご用意が出来ました」

侍女が、私をご飯に呼んだ。

「・・・・・・ありがとう、すぐ向かいますね」

私はそう答え、スリッパを履く。

今日も、憂鬱な食事が始まる。





「うむ、良いな」

「ありがとうございます、こちら3日ものの新鮮な血液となっております」

お父様は、グラスに入った赤黒い液体に舌鼓を打っている。

献血された血液を高価で買い取ったりして集めた血液を、お父様はワインのように飲んでいた。

「夏目、無理しなくていいのよ」

お母様は、なかなかグラスに手を付けない私に言葉をかけてくれる。

「夏目、飲みなさい」

お父様は、厳しく私にそう言った。

「・・・・・・はい」

私は、覚悟を決めて、グラスを持って、飲み干す。

目をきつく瞑って、口の中のものをなるべく感じないように。

飲み干したあと、すぐに別のものを口に運んで、後味や風味を打ち消す。

「あなた・・・・・・」

お母様は、お父様に何か言いたそうだった。

「夏目に必要なことだ」

お父様は、頑として受け付けない。

「お母様、私は大丈夫ですから」

私はそう言って、部屋に戻る。

せめて、気丈に振舞わねば。

そう自分に言い聞かせて。


「・・・・・・やっぱり、おいしくない」

部屋に戻って、言葉がこぼれた。

「青木さんのがいい・・・・・・」

ため息とともに、呟く。

初めてだった。

あんなに、血をおいしいと感じたのは。

相性なのか、なんなのかはわからない。

でも、初めての経験だった。

「・・・・・・青木さん」

何とはなしに、彼と喋りたくなった。

気づいたら、LINEを起動していた。




『明日、どこにしましょうか』

赤崎さんから届いたメッセージはそれだった。

いつも通りだけど、こんな時間に届くのは珍しい。

いつもなら、当日に届くのに。

『明日も旧校舎でいいかも』

『何かあった?』

とりあえず、聞いてみることにした。



「え・・・・・・!?」

青木さんから届いたメッセージ。

それは、私の心を見透かしたかのようだった。

(ば、ばれてる!?)

顔が恥ずかしくて真っ赤になるのが分かった。

『なんだもないでし』

急いで返信したら、文面がおかしくなって、また恥ずかしくなった。

「~~~~~!!~!!!!」

あまりの恥ずかしさに、私はベッドに顔をうずめて喚くしかなかった。




「・・・・・・何か、あったんだろうな」

思わず苦笑が出るほどのタイプミス。

返信して爆速で返ってきたあたり、何かあったんだろうというのは俺でもわかる。

でも、そこからは何も言わない。

踏み込む勇気はなかった。

『了解』

一緒にスタンプを送る。

既読はつかない。

「・・・・・・・まぁ、いいか」

スマホをスリープさせ、ゲーム機を手に取る。

また明日、きっと何かあるだろう。

そう思いながら、俺はゲームを始めた。

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赤崎さんは吸血鬼。 白楼 遵 @11963232

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