赤崎さんと小さな秘密。
高嶺の花、深窓の令嬢。
高貴なお嬢様のことを指す言葉というのは、色々ある。
そして俺の中でその言葉の該当者と言えば、赤崎さんしかいない。
言葉使いや所作の端々に見て取れる優雅さ、立ち上る気品、性格ににじみ出るお淑やかさ。
まぁ、なんと言うか。
自分には到底縁のない人間だと思っていた。
たまたま同じクラスになっただけの関係、それだけで終わるものだと。
が、そんな事を思っていた人は。
いや、人ではないんだが。
「今日は、『第二』で・・・・・・」
移動教室の喧噪に紛れて、こっそりと、俺にそう耳打ちするのだった。
四時間目の授業は情報。
ホームルーム教室からかなり離れた位置にあるパソコン教室での授業だ。
この授業が終わると昼休みが待っているから、弁当を持参する生徒も多い。
授業が終わったら中庭や学食で友人と駄弁りながら飯を食う。
この学校の日常だ。
かったるい情報の授業を受けながらぼんやりとしていると、つんつんと肩をつつかれた。
「なぁ青木、この後一緒に飯食わねえか」
そう喋りかけてくる野郎は、石谷。
一年の頃からの付き合いで、俺の親友とも言える人物だ。
一年の時は大体こいつと一緒に飯を食って、昼休みを過ごしていた。
二年になってからもこいつとつるむだろうな、クラス替えの時点では俺もそう思っていた。
「悪い、今日先約ある」
「な・・・・・・!?あ、あの青木に!?」
「なにが「あの」青木だ!」
だが、今日は既に予約済だったため断らざるを得ない。
だが、「あの」青木とは心外だ。
(そ、そりゃあ友達は少ないけど・・・・・・)
特段人付き合いが得意というわけでも無い俺は、基本的に自分から話しかけることは少ない。
もちろん必要に迫られれば話すし、気になった人には自分から話しかけるが、友達に直結するかと言われれば、そうとは言えないのも事実だ。
「まさか俺以外に飯をともに食うやつが出来るとは・・・・・・俺感激!」
「大げさな・・・・・・」
俺が呆れていると、
「石谷!うるさいぞ!」
「うす、すんません」
石谷は情報教師の山寺にしっかりと注意された。
流石に懲りたか、そこからは小声でちょこちょこと喋ってくるだけに留まった。
(えーと、今日は『第二』だっけか)
赤崎さんの言葉を思い出す。
情報の授業が終わり、クラスメイト達がぞろぞろと教室を出ていく。
そんな中からそっと抜け出し、誰にも悟られないようとある場所に行く。
今日たどり着いた場所は、旧校舎三階、第二教室。
うちの高校は旧校舎や体育館裏の小屋、あるいは本校舎の数か所が空き教室となっている。
このあたりは用がなければ入らないエリアで、授業教室で使われなければ基本誰も寄り付かない。
逆に言えば、それを利用して校内で不埒なことをする奴がいるのも事実だが。
そして俺はと言うと、その不埒なことをする奴にあたるのかもしれない。
「青木さん!」
教室のドアを開けると、既に赤崎さんが待っていた。
「お待たせ、待たせた?」
「いえ、全然・・・・・・誰も、いないですよね?」
赤崎さんは小声でそう聞いてくる。
「多分大丈夫・・・・・・一応入る前に物影とかはしっかり確認したけど、誰もいなかった」
俺の言葉に赤崎さんはホッとした表情を浮かべ、こちらを上目遣いで見てくる。
「じゃ、じゃあ・・・・・・お願いします」
言葉尻が小さくなりながらされたお願いに、俺は頷く。
ブレザーを脱ぎ、シャツを第三ボタンまで外し、ぐいと下着ごと肩のあたりをはだけさせる。
そこにあるのは、絆創膏で覆われた傷跡。
俺は躊躇なく絆創膏を剥がす。
絆創膏の下には、二か所の赤い痕があった。
「んじゃ、どうぞ召し上がれ」
「痛かったり、しんどかったらいつでも言ってくださいね・・・・・・いただきます」
彼女はそう言うと、肩に顔を近づけ、その牙を俺に突き立てる。
ずぶりという鋭いのに鈍い痛み、肉に染み入る異物感。
(・・・・・・慣れねえな)
ほんの少しの痛みと血を吸われる喪失感に少し顔を歪めながら、彼女の
時間にして、一分。
口を離した赤崎さんは「ごちそうさまでした」と呟いた。
「おそまつさま」
俺は貧血の時のような気だるさを抱えつつ、答える。
「じゃあ、ちょっと失礼しますね」
赤崎さんはそう言うと、ポケットから消毒液とティッシュを取り出す。
手慣れた感じで消毒液をティッシュに染み込ませ、傷口を拭く。
「つぅ・・・・・・染みる・・・・・・」
「少しだけ、我慢してくださいね」
丁寧に傷口とその周りをふき取ると、絆創膏を張り付ける。
「今日も、ありがとうございました」
「大丈夫、どうってことないよ」
とりあえずにこやかに答えてみる。
「えっと・・・・・・か、化膿しないように、気を付けてくださいね!」
赤崎さんは少し気まずそうにそう言った。
「うん、気を付ける」
(・・・・・・話、下手だなぁ)
俺のコミュ力の低さに涙が出そうになった。
とりあえず、自分も持参した弁当を食べる。
今日は昨日の残りのハンバーグ弁当だ。
昨日は普通のハンバーグだったが、朝のうちにケチャップとウスターソースで簡単にソースを作って煮込みっぽくしてみた。
それとコメを一緒に食べると、空っぽの胃袋に沁みる旨さだ。
弁当を一気にかっこみ、少し食休みを取り、赤崎さんに話しかける。
「赤崎さん、LINEってやってる?」
「え、えーと・・・・・・」
赤崎さんは少し言いづらそうだった。
「スマホはあるんですよ?あるんですよ・・・・・・」
とだんだん声が小さくなる。
「・・・・・・親御さんで何かあった?」
「・・・・・・お父様から、制限が」
うつむきながら、赤崎さんはそう答えた。
「あー・・・・・・やっぱそういう感じか」
半ば予想通りの答えに、納得した。
お嬢様と言えば往々にして世間知らずと言うか、箱入りと言うか。
そういうイメージがあるが、そういうのは大体家族がお嬢様を世間から隔絶させるからだ。
そしてまさにその状態が、今の赤崎さん。
なにせ、あの秘密を知った翌日にさらに「お願い」をするために取った手段が文通である。
このご時世に、文通である。
何か個人的に連絡があれば、友達伝手にLINEを聞くこのご時世に、だ。
朝投稿したら机の中に便箋が入っており、その中には手書きの文字で
「昼休みに旧校舎三階第二教室に来てください 人がついてこないようお願いします」
と書かれていた。
そして、されたお願いはと言うと。
「昼休みに、少しでいいので、血を飲ませてください!」
だった。
「大体一回で40ミリリットルくらいです、謝礼も弾みます!おねがいします!」
という感じで、熱烈なお願いをされた。
「いや謝礼はいいよ!?」
とっさに出た答えがそれで、自分が本当に情けなかった。
「俺の血でよければ吸ってよ」
なんとか二言目にそれを出し、赤崎さんの笑顔でなんとか胸をなでおろしたのだった。
それからと言うもの、人気のない教室に「コードネーム」を付け、午前中のどこかのタイミングで赤崎さんから昼休みの集合場所を伝えられ、吸血されるわけだ。
だが、いくら気を付けてるとは言え、声に出してる以上、いつかどこからか漏れて、噂になりかねない。
そうなれば赤崎さんの秘密もバレて・・・・・・という最悪の結末も考えられる。
だからこそのLINE、と思ったのだが。
「まずインストール時点で制限か」
インストールしようにも、ボタンを押しても「保護者からの制限があります」というポップアップが出て阻まれる。
突破するには数字四桁のパスワードがいるらしい。
「困りましたね・・・・・・」
赤崎さんの眉毛は八の字になっている。
俺に至っては他人の父親の考えるパスワードなんてわかるわけもない。
「参考までに・・・・・・赤崎さんのお父さんって、機械に強い?」
「すごく弱いです、メイドさんがいないとパソコンを使うのも少し怪しいです」
まさかの赤崎さんの言葉に、俺は小さくガッツポーズした。
「マジか、希望はワンチャンあるぞ・・・・・・ごめん、お父さんの誕生日は?」
「えと、12月の14日です」
俺は迷わず「1214」を入力した。
(頼む、メイドさん方ちょっかい出してなくあってくれ!)
エンターキーを押す。
画面が変わる。
赤崎さんのスマホに、LINEがインストールされ始める。
「よっし!!」
小さな達成感に思わず立ち上がり、そして眩暈がして、へなりと座り込む。
貧血がまだ残っているらしい。
「お父さんに言っておきな、『パスワードに誕生日はやめときな』ってね・・・・・・いや言わないで、今後大変になる」
カッコつけたつもりだったが、訂正して結局情けなくなった。
「あ、はい!伝えておきます!」
「いや伝えないでね!?」
お互いに焦りながらそう言って、ひとしきり笑って。
「そうだ、今のうちに友達登録を・・・・・・」
「どうやってやるんですか?」
そう切り出すと、赤崎さんに純粋な瞳で聞かれた。
(そうだよな、初めてだもんな)
かつての自分を少し懐かしみながら、ゆっくり教える。
「ホームってとこから、右上の人のマーク押して・・・・・・」
「このQRコードってやつですね!」
「そう、それ」
興奮気味に赤崎さんが答えるので、俺もなんだか楽しくなってきた。
「そしたらこのQRコード読み込んで」
「出ました!この『ハルカ』が青木くんのですね!」
元気に画面を見せてくる。
大型犬みたいだな、と思いつつ画面を見る。
そこに映ってるのは俺のアカウント。
「そう、それ俺」
「登録しますね!」
直後、小気味いい通知音と共に、メッセージが届く。
『あかさきです』
『よろしくおねがうします』
デフォルメされたコウモリのアイコンのアカウントからだ。
どうやらまだ入力に不慣れなようで、誤字が見える。
アカウント名は『あかさき なつめ』。
なんだか、普段のエレガントさと打って変わって、幼さの残る印象だった。
「えへへ、初めてのLINEの友達です」
「そりゃよかった・・・・・・俺なんかでよかった?記念すべき一人目」
「むしろ青木さんがいいです!・・・・・・血、おいしいし」
「捕食者目線だった!?」
思わぬ回答に少々面食らう。
「あ、いやそうじゃなくて!・・・・・・純粋に、友達になれたらなって」
頬を赤らめながら、赤崎さんがそう言った。
「私、友達少ないし・・・・・・クラスの女の子とも、馴染めなさそうだし・・・・・・でも、青木さんとなら普通に喋れるから、いいなって」
その言葉で、俺もなんか、顔が熱くなった。
「そっか、じゃあよろしくな、赤崎さん」
そんな、ぶっきらぼうな言葉しか返せなかった。
「赤崎、でいいですよ!青木さん!」
「いやいや、ハードル高いって!?」
そんな急接近してきた赤崎さんに、俺はまだ慣れていないのだった。
放課後、チャリに跨って帰ろうとした時、通知音が鳴った。
(母さんか?)
大方おつかいの連絡だろうな、と思いスマホを点けると、通知欄に映っていたのは赤崎さんのアイコンだった。
『スタンプってどこでかえますか?』
素朴な質問だった。
『入力欄右端のマーク押して お店のマーク押したら ショップいけるよ』
出来るだけ簡潔に答えると、すぐに既読がついた。
『ありがとうございます』
『決済するときクレジットカード登録できるかもだけど親のカード使ったらLINE入れたのバレるかもだから 気をつけろよ』
一応教えておくと、返信がきた。
『クレジットカードしかないです かえません』
俺は天を仰いだ。
そして三分の熟考ののち、返信した。
『明日、ギフトカード買ってくよ お近づきの印ってことで』
『え』
『金は要らないよ』
とだけ返信して、スマホの画面を消灯し、ポケットにしまう。
(今日はコンビニに寄って帰ろう)
そう思いながら、チャリを漕ぎ出した。
少しずつつながり始めた、俺と赤崎さんの赤い糸。
でも、その糸はまだ細い。
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