第26話:ジャーナリスト・高遠の始動と、氷川英玲奈の不審
フリージャーナリストの
曰く、局所的な停電が数分で復旧した。
曰く、原因不明の異臭騒ぎが、いつの間にか収まっていた。
曰く、一部地域で通信障害が発生したが、すぐに回復した。
どれも、警察や消防が本格的に動くほどではない、些細な出来事ばかりだ。
しかし――その裏には、ある不可解な共通点が潜んでいた。
「……発生後、ごく短時間で、自然に『収束』している。まるで、何事もなかったかのように……。偶然にしては、出来すぎているわね」
冴子は、都内の安アパートの一室で、壁一面に貼られた地図を眺めていた。
無数のピンが都内各地に刺さり、それらを赤い糸が繋いでいる。
地図の前に立ち尽くしたまま、彼女は鋭い目を細めた。
彼女はもともと、大手新聞社の社会部に所属していた記者だった。
しかし、ある「事件」を深追いしすぎた結果、会社側と激しく衝突。
最終的に、自ら会社を辞し、フリーランスの道を選んだ。
以来、冴子は世間の目に触れない「真実」を追うことを信条としてきた。
そして今、彼女の勘が、この不可解なインシデント群に強く反応していた。
「このパターン……数年前に私が追っていた、あの『闇に葬られたリスト』のケースと、どこか似ている気がするのよね……」
彼女の脳裏に蘇るのは、数年前に報じきれなかった、とある騒動の記憶。
あのときも、駅構内で突如発生した原因不明の発煙騒ぎが、消防隊の到着を待たずに収束。
煙はまるで奇跡のように晴れ、けが人も出ずに事件は終わった。
まるで、“何か”が誰かを守っていたかのように。
冴子は、古びた取材ノートを開き、過去のメモを指でなぞる。
そこには、かつて政府が極秘裏に作成していたとされるリストの記録が残っていた。
その内容は、特異な災害や異常現象に関与する可能性のある人物や現象に関するもの。
結局、そのリストの存在を証明するには至らなかった。
だが――今回の一連の出来事は、あまりに「自然な収束」が多すぎる。
(背後に、何か大きな力が働いている。あるいは、誰かが意図的に情報を隠蔽している……。そして、この不可解な『収束』。まるで、見えざる『調律者』でもいるみたいだわ)
胸の奥で、何かが確かに鳴っている。
高遠冴子の「ジャーナリストの勘」が、再び、動き始めていた。
高遠冴子は、ノートパソコンの画面に向かいながら、ネット上に散らばる断片的な情報を丹念に拾い集めていた。
SNS上の曖昧な目撃談。
不鮮明な写真や、情報の信憑性に乏しい掲示板の書き込み。
そして、佐藤健太――ハンドルネーム「K」がアップロードした、手ブレのひどい謎の動画。
一見、バラバラに見えるこれらの情報をつなぎ合わせていくうちに、冴子はあることに気づいた。
インシデントの発生地点と、ある人物の目撃情報とが、奇妙なほど一致している――。
「……渋谷の裏路地……“浄化能力者X”……ね」
ネット上でその人物は、すでに“X”というコードネームで呼ばれ始めていた。
映像に映るのは、どこにでもいそうなスーツ姿の男。
しかし、なぜか彼の行動とともに、不可解な異常現象が“収束”しているという。
彼女はふっと鼻で笑った。
「面白いわ。まずは、この“X”さんとやらの正体から探ってみましょうか」
手元の資料には、複数の目撃証言、健太の動画のキャプチャ、都内のインシデント発生時刻の一覧、地図が並ぶ。
そのすべてが、冴子の直感に「繋がっている」と訴えかけていた。
もちろん、確たる証拠はまだない。
動画は粗く、デマも多く、噂の信頼性も定かではない。
だが、それでも彼女には分かる。
何かが、確かに起きている。
そして、“X”と呼ばれるその男が、その渦中にいる――。
冴子は不敵に笑い、ノートパソコンを閉じると、カメラやICレコーダー、メモ帳などの取材道具をバッグに詰め始めた。
「やっと、取材のしがいがありそうな案件に出会えたってわけね」
彼女のジャーナリズムの血が、騒ぎ始めている。
数年前、強引に止められた“闇のリスト”を追っていたときのように。
今回は、その続きを自分の手で暴いてみせる――そんな静かな決意が、彼女の瞳に宿っていた。
こうして、高遠冴子の長い戦いが、再び始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇
一方その頃――。
情報元は、佐藤健太――通称「K」がアップロードした例の動画。
問題の人物が映っている、手ブレとピンボケのひどい映像。
その中に映るスーツ姿の男を見た瞬間、英玲奈は深く、重たいため息をついていた。
(……やはり、彼だったのね。このタイミングで、こんな形で情報が漏れ始めるなんて……最悪だわ)
彼女の胸に去来するのは、苛立ちと焦燥、そして厄介な現実に対する警戒心だった。
英玲奈は、陽に関する観測記録――「異界めいた路地」への出入り履歴や、日々の行動ログ――と、ネット上の「小規模インシデント」報告、そして危機管理機構が独自に収集した『ゲート』の反応データを並べて照合する。
すると、思わず眉をひそめるほどの“符合”が浮かび上がった。
椎名陽が例の路地を訪れたとされる時間帯と、その周辺エリアで観測されていた微弱な『ゲート』反応の沈静化タイミングが、ほとんど完全に一致していたのだ。
(まさか……あの椎名陽という男が、無自覚のうちに、これらの『ゲート』反応を抑制しているとでもいうの……?)
にわかには信じがたい。
陽にそういった能力があるとは、これまでのどの観測記録からも読み取れなかった。
(でも、どうやって? 彼には、そんな力が……)
思考を巡らせるうちに、ある記憶が英玲奈の脳裏をよぎる。
先日、椎名陽が持ち込んだ「綺麗な石ころ」――その実態は、異常なほど高純度の魔石だった。
彼があのような石を、無造作に拾い集めていたこと。
しかも、異界化の兆候が見られる場所から、まるで嗅ぎ分けるように。
偶然と言い切るには、いささか整いすぎている。
英玲奈の胸の内で、疑念は静かに、しかし確実に膨らみ続けていた。
「……このエネルギー量、そして組成。もしこれが安定的に供給されるなら、我が国のエネルギー問題は……いや、世界のパワーバランスすら変わるかもしれない」
英玲奈は、魔石の分析結果が表示されたモニターを見つめながら、誰に聞かせるでもなく呟いた。
椎名陽が持ち込んだ“ただの石ころ”の正体は、驚くほど高純度の魔石だった。
しかも、あの男はそれを、異界の入り口と思しき路地で、まるで散歩ついでに拾ってきていたという。
「そんなものが、なぜあの男の周りにだけ、いとも簡単に見つかるというの……?」
冷静を装ってはいるが、彼女の内心には焦りが混じっていた。
椎名陽――彼の存在そのものが、常識の枠を大きく逸脱している。
彼は、おそらく無自覚のまま“何か”を起こしている。
それが周囲の魔力の流れを調整し、ゲートを沈静化させ、魔石を形成させているとしたら……。
英玲奈は、自身の分析官としての知的好奇心が、陽という存在に強く惹きつけられていくのを感じていた。
けれど、同時に――その“興味”は、どこか冷たい不安と隣り合わせだった。
(もし彼が、本当に『無自覚にゲートを鎮める力』を持っているとしたら……それは朗報であると同時に、極めて危険な爆弾を抱え込むことと同義よ)
制御不能な力ほど、恐ろしいものはない。
個人の意思ではなく、存在そのものが影響を及ぼすというのなら、それは偶発的な災害と変わらない。
(早急に、彼との再接触を図らなければ。彼の行動と能力について、より詳細な調査が必要。そして、これ以上情報が拡散する前に、何らかの手を……)
英玲奈は椅子から立ち上がると、新たな報告書のドラフトを立ち上げた。
同時に、椎名陽への接触プランの再検討にも着手する。
焦り、警戒、そして――ごくわずかな期待。
それらが入り混じった複雑な光が、彼女の瞳に宿る。
椎名陽。
あの男は、果たしてどこまで規格外なのだろうか――。
そして、それが福音となるのか、災厄となるのか。
その答えを知るために、彼女は再び動き出そうとしていた。
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