第27話:偶然のヒーロー、不本意な目撃者

 佐藤健太――通称「K」が、半ばやけくそでアップロードした動画がある。

 

 タイトルは、「【衝撃】渋谷の裏路地に謎の浄化能力者“X”出現!?」。

 

 その中身は、手ブレだらけの不鮮明な映像で、内容もあやふやだった。


 当初は、一部の都市伝説マニアの間で話題になる程度。

 「またKの妄想か」と、一笑に付されるのがオチだった。


 しかし――数日後。

 その動画が、思わぬ“化学反応”を起こす。


 映像に映っていた「鼻歌で悪霊(?)を一掃するサラリーマン」の姿。

 

 そして、フリージャーナリスト・高遠冴子が調査していた、都内で相次ぐ「原因不明の小規模インシデントの奇跡的な収束」。

 

 この二つが、ネットの海で結びついたのだ。


 きっかけは、あるまとめサイトだった。

 

 そのサイトは、健太の動画と、SNS上に投稿された「うちの近所でも変な現象が起きたけど、すぐに収まった」といった報告を、面白おかしく関連づけて紹介した。


 記事タイトルは、以下の通り。


「【速報】渋谷に“S級”救世主、降臨か!? 謎のサラリーマンが歩くだけで街が浄化されると話題に! なお、“S様”が撒く鼻歌には、精神安定効果があるとかないとか(マジで)」


 その記事は、瞬く間にSNS上で拡散された。

 

 そして、記事を見た者たちは、真偽の確認もないまま興味本位で拡散を繰り返し、話題は一気に加熱。

 

 尾ひれがつき、憶測が飛び交い、都市伝説は“信仰”へと変貌しはじめる。


『マジかよ“S”様最強!』

『うちの近所にも来てくれー!』

『この人、絶対只者じゃないだろ……。政府の秘密エージェントとか?』

『いや、宇宙人だろJK』

『“S”って、サラリーマンのS? それとも救世主(Savior)のS?』


 SNSには、そんな反応が次々と書き込まれていった。


 当初、動画のタイトルにあった「X」と呼ばれていた謎のサラリーマンは、いつしか「S」という呼び名に変化し、定着していった。

 

 “X”よりも、“S”のほうが親しみやすく、ヒーローのように響くという理由だった。


 そして、拡散とともに、現実味のない“証言”まで投稿されるようになる。


『“S”らしき人が通り過ぎたあと、飼い犬の夜鳴きがピタッと止まった』

『ベランダで枯れかけてた花が、なんか元気になってた気がする』

『近所の交差点での信号機トラブル、あの人が通ったあと自然に復旧してた!』


 もはや、都市伝説というよりも一種の神話。

 

 それも、現代社会のストレスや不安に満ちた人々が作り上げた、集団的な願望の表出だった。


 名も知らぬ謎のサラリーマン――“S”。

 人々は、自分たちの暮らす街のどこかを歩いているかもしれないその存在に、密かに期待し、癒やしを求めていた。


 もちろん、その正体を知る者はいない。

 だが、それがかえって想像を加速させた。

 

 正体がわからないからこそ、誰もが“S”を自分にとって都合のよい存在として受け入れ、信じた。


 ヒーローが不在の時代。

 心のどこかで「何かに救われたい」と願っていた人々は、曖昧で実体のない“S”という存在に、希望を重ね始めていたのだった。


◇ ◇ ◇


 そんな世間の喧騒をよそに――。

 椎名陽は、いつものように会社のデスクで、山積みの書類と格闘していた。


 昼休み。

 ようやく手を止めた彼は、コンビニで買ってきたおにぎりを頬張りながら、スマートフォンでニュースアプリを開いていた。


「へえ~、渋谷にすごい人がいるんだな。“S”とかいう謎のヒーローが、街を綺麗にしてるんだってさ。スーパーマンかよ」


 ぼそっと呟いた陽の指が止まる。

 画面に表示されたニュース記事のサムネイル画像――

 

 そこに使われていたのは、健太が投稿した動画のキャプチャだった。

 粗いモザイクのかかった、スーツ姿の男の後ろ姿。


「……ん? なんかこのアイコン写真、妙に見覚えがあるような……?」


 一瞬、首を傾げる陽。

 しかし、すぐに自分の思考を否定した。


「気のせいか。最近、疲れてるからな、俺」


 それだけで片付けてしまう。

 記事の内容もさらっと読み流し、すぐに別のゴシップ記事へと意識を移す。


 彼にとって「S」とは、テレビの中のヒーローのような、どこか現実味のない存在でしかなかった。

 

 まさか自分の散歩が、そんな騒ぎの元になっているとは夢にも思っていない。


(それにしても、最近、お気に入りの散歩コースが、なんか工事中とかで通れなくなってるところが多いんだよな……)


 陽はスマホを閉じながら、ふと考えた。


(おかげで、ちょっと運動不足気味だ。どこか新しい、静かで落ち着ける路地でも探さないとな)


 陽はそんなことを、のんきに考えていた。

 

 自分が「散歩コース」と呼んでいる場所が、実は危機管理機構エージェンシーによって監視され、封鎖対象として扱われていることなど、彼は露ほども知らない。


 ただ健康のために歩いていただけ。

 

 ただ魔石が綺麗だったから拾っていただけ。

 

 ただ歌いたい気分だったから、鼻歌を口ずさんでいただけ。


 その“ただの行動”の積み重ねが、今や都市の一部を守り、社会の不安を吸収し、ひとつの「象徴」として神格化されつつあるなどとは――。


 陽のスマートフォンには、引き続きニュースアプリの通知が届いていた。

 

 だが本人はそれを一瞥しただけでスワイプし、すぐに仕事モードへと戻っていく。

 

 今日もまた、彼の日常は何ひとつ変わっていないように見える。


 だが、彼の“日常”は、彼の知らないところで確実に、世界に影響を与えていた。


◇ ◇ ◇ 


 その頃――。

 とあるまとめサイトの管理人が、モニターを睨みながら小さく呟いていた。


「……このニュース、アクセス数いいな。“S”ネタ、まだまだ引っ張れそうだぜ」


 “正義”でも“真実”でもなく、ただ「面白いから」「数字が取れるから」という理由で、拡散され続ける情報。

 

 虚実入り混じる“神話”は、そうやってインフレしていく。


 椎名陽という存在が、意図せず築き上げている影響圏。

 それはもはや、個人の意思では止められない場所にまで膨れ上がろうとしていた。


 だが、本人は知らない。

 

 今日もまた、仕事帰りに、ちょっとした気まぐれで路地裏を歩こうとしている――

 

 それが、都市の運命を左右しかねない“選択”だということなど、微塵も知らずに。

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