第35話:沈黙する脅威と、ジャーナリストの「大スクープ(の空振り)」
都心部地下で観測された、観測史上最大級のゲートエネルギー反応。
それは――人知れず発生し、そして、人知れず消滅した。
フリージャーナリストの高遠冴子は、その日、自身の情報網から「都心部で何かとんでもないことが起きているらしい」という緊迫した情報を掴み、ゲート暴走予測地点とされるエリアの周辺に張り込んでいた。
現場では、警察や消防が慌ただしく動き、一部では交通規制も始まっている。
ただならぬ雰囲気に、彼女のジャーナリストとしての勘が強く反応していた。
(……来るわ。間違いなく、何か大きなものが……。これが、私が長年追い求めてきた「真実」の始まりなのかもしれない……!)
高遠はカメラを構え、固唾を飲んでその瞬間を待っていた。
しかし、待てど暮らせど、彼女の想定していた「大災害」は一向に起きなかった。
それどころか、数十分後には現場の緊迫感が嘘のように消え、警察や消防も徐々に引き上げ始めていたのだ。
「……え? なに? どういうこと……? 今日の騒ぎは、一体何だったの……?」
これほど情報をかき集め、現場を押さえ、危険を察知して動いたというのに――
結果として、何一つ“事件”は起こらなかった。
「……私の勘は、鈍ってしまったのかしら……」
高遠は、狐につままれたような顔で、呆然と立ち尽くすしかなかった。
完全な肩透かしだ。だが、それでも彼女の中の確信は揺らいでいなかった。
あの異様なまでの厳戒態勢は、訓練でも誤報でもない。
確かに“何か”が起きようとしていた――そして、その直前で、それは「何か」によって止められたのだ。
その時間帯。あの男――椎名陽は、たしか……。
(……昼休み。彼は、いつものように「散歩」に出ていたはず……。まさか……いや、そんな馬鹿な……)
冴子の脳裏に、ありえない仮説が浮かび上がり、即座に自らの理性で打ち消される。
だが、一度芽生えた疑念は、そう簡単には消えない。
◇ ◇ ◇
一方、佐藤健太――通称「K」もまた、その日、SNS上で飛び交っていた不穏な噂を頼りに、ゲート暴走予測地点の近くまで足を運んでいた。
『渋谷ヤバいらしい』
『なんかデカい地震でも来るんじゃね?』
ネットに広がる断片的な投稿の数々。それらは、彼にとって絶好のチャンスの匂いだった。
彼の目的はただひとつ。
“救世主S”こと椎名陽の、奇跡の瞬間をカメラに収めること。
今日こそ決定的な映像が撮れるに違いない、という期待に胸を膨らませていた。
(今日こそ、“S”様のスーパーパワーが炸裂するに違いねえ! 俺のチャンネル登録者数、爆上げ待ったなし!)
健太は、そう意気込みながら、現場付近にカメラを構えた。
だが、どれだけ待っても、現場に変化は起きなかった。
厳戒態勢だった周囲の空気は、次第に緩み、警察の姿も徐々に減っていく。
拍子抜けした彼は、仕方なく、ただの日常風景と化した渋谷の街を撮影し、一本の動画を編集してアップロードした。
タイトルは――
「【緊急速報?】渋谷、謎の厳戒態勢の真相は!? “S”様は現れず……」
やや苦し紛れな投稿だったが、それでも再生数は多少稼げるだろうと踏んでいた。
しかし、視聴者の反応は冷たかった。
『何も映ってねーじゃんw』
『K、また外したなw 平常運転乙』
『結局、何もなかったんかい!』
コメント欄に並んだのは、冷やかしと失望の声ばかりだった。
健太は、スマホの画面を見つめながらため息をつき、すごすごと帰路についた。
手元のカメラには、特別なものなど何一つ映っていない。
今日もまた、彼の期待は空振りに終わったのだ。
◇ ◇ ◇
高遠冴子は、自室に戻るとすぐに、壁に貼られた都内地図の前に立った。
そこには、これまでの取材で得た情報がびっしりと書き込まれており、いくつものピンと赤線が交差している。
彼女は、新たに得たデータをそこに加えていく。
今日の「原因不明の厳戒態勢」と、謎の「不可解な収束」。
そして、ちょうどその時間帯における――椎名陽の行動。これは、彼女が独自に調査して把握していた情報だ。
そのすべてが、ある一点で奇妙な一致を見せていた。
「……政府発表は、おそらく『計器の誤作動』か、『小規模な地下インフラのトラブル』といったところでしょうね」
高遠は呟きながら、マーカーで陽の通過経路をなぞる。
「でも、現場の空気、関係者の動き、全てが“何かがあった”ことを雄弁に物語っているわ。……そして、その中心には――やはり、あの男、椎名陽がいるのか……?」
記録を見返すたび、陽の名前が浮上する。
ただのサラリーマンでありながら、彼の行動の直後に“何か”が起きる。
あるいは、“起きるはずだったもの”が起きずに終わる。
「……彼自身が、この不可解な現象の“原因”であり、同時に“解決策”でもあるというの……?」
彼女の指が、地図の一点――今日、陽が“散歩”に訪れた場所を静かになぞる。
高遠は、自身の取材メモを開き、そこに思考の断片を書き記していった。
推論はまだ曖昧で、証拠も足りない。だが、確かなのは――彼の存在が、何か“異常な力場”と関係しているということだった。
高遠冴子の中で、椎名陽という男の存在は、ますます謎めいたものになっていた。
ただの会社員。普通の昼休みを過ごし、何の変哲もないように見えるその人物が、もしかすると――
世界の“裏側”に繋がっているのではないか。
そんな予感が、彼女の胸を離れなかった。
彼を追い続ければ、いつか、とんでもない真実にたどり着けるかもしれない。
都市の表層に隠された秘密。
政府すら把握していない、もしくは意図的に隠蔽している未知の現象。
その全ての鍵を、彼が無意識に握っているとしたら――。
「……今日の空振りは、もっと大きな『何か』の始まりに過ぎないのかもしれないわね」
高遠は、小さく微笑みながら、メモ帳を閉じた。
「この街には、まだ私たちの知らない秘密が眠っている……。そして、それを暴くのが、私の仕事よ」
取材ノートを鞄にしまい、もう一度壁の地図を見上げる。
重ねられた情報の中で、一際強く赤線が引かれているのは――渋谷某所、例の路地裏。
今は静まり返っているそこも、いずれ再び動き出すはずだ。
次に何かが起きたとき、彼女はきっと、見逃さない。
椎名陽。
その何気ない日常の裏側には、まだ世界が知らない力が息を潜めている。
そしてその真実が暴かれるとき、すべてが変わるかもしれない。
だが、それまでは――
冴子はペンを握りしめ、次なる記事の構想を頭の中で描きはじめた。
彼女の中の火は、今日も消えることなく、静かに燃え続けていた。
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