第23話:増える「ありえない」報告書(エリアナの悲鳴)
椎名陽に対する、氷川英玲奈の渾身の『お説教(という名の事情聴取と厳重注意)』は、約一時間に及んだ。
陽は、その間、まるで嵐が過ぎ去るのを待つ小動物のように、ただひたすら縮こまり、彼女の言葉に頷き続けるしかなかった。
(怖かった……)
陽は、心の中で呟くように思った。
本気で怒られるって、こんなに怖いんだと、心の底から実感していた。
会社の課長なんて、目じゃないくらい……。
「もう、絶対無断で『ダンジョン』とか行かないようにしよう……たぶん……」
心の中で誓うが、やはり何かが引っかかる。
「でも、なんでだろうな、あの場所……」
陽は思わずため息を漏らす。
行っちゃいけないって分かっているのに、どうしてか、また行きたくなってしまう。
あのドキドキ感が、ちょっとだけ──いや、ダメだダメだ。
何を考えてるんだ、俺は!
陽は自分にそう言い聞かせ、心の中で固く誓った。
これ以上、あの場所に足を踏み入れないようにしようと。
だが、心の奥底で芽生え始めた、抗いがたい『ダンジョン』への奇妙な魅力が、彼の思考をかき乱していた。
(やっぱり、あの場所は……)
陽は、心の中で言い訳をしている自分に気づく。
彼の心の中で、無意識に引き寄せられるような何かがあった。
それは、もしかしたら、あの『ダンジョン』が持つ魅力そのものかもしれない。
そして、その魅力に抗おうとすればするほど、ますますその引力に引き寄せられるような気がしてならなかった。
英玲奈の剣幕は、それほどまでに凄まじかったのだ。
彼女がどれだけ自分のことを心配し、そして自分の行動が周囲に与える影響をどれほど考えているのか、陽は嫌というほど思い知らされた(はずだった)。
だが、その心のどこかで、陽は自分の思いを打ち消すことができなかった。
あの「やめられない感覚」──それが、陽にとってはどうしようもない魅力だった。
◇ ◇ ◇
陽が、しょんぼりと肩を落として危機管理機構の臨時拠点を後にした数時間後。
英玲奈は、自席で再び頭を抱えていた。
目の前のモニターには、先ほどの陽への事情聴取の内容と、彼が今回持ち込んだ『魔石』の鑑定結果をまとめた、新たな報告書のドラフトが表示されている。
(……これで、何度目かしら)
彼女は心の中で呟く。
『ありえない』内容の報告書を作成するのは、もう何度目か分からない。
そして、彼をこのまま野放しにしておかなければならないこの状況に、英玲奈は再び深いため息をつく。
今回の陽の『ダンジョン』侵入は、前回よりも短時間だった。
彼自身も「今回はあまり拾えなかった」と言っていた。
それでも、彼が持ち帰った『魔石』の質と量は、依然として常軌を逸していた。
(『オーク』との遭遇……そして、それを無傷で(しかも相手を逃走させて)切り抜けた……)
英玲奈は、モニターをじっと見つめながら考え込む。
本人は「なぜか逃げてくれた」としか言わないが、そんな偶然があるわけがない。
彼の持つ何らかの『能力』が、無意識のうちに作用したと考えるのが自然だ。
問題は、その『能力』が、彼自身にも制御できていないということだ。
彼がその『能力』を意図的に使うことができない以上、これが一度でも重大な結果を引き起こせば、取り返しのつかない事態になりかねない。
その不安を胸に、英玲奈は報告書の特記事項欄に、さらに分析を書き加えていく。
(彼の『魔石発見能力』も、異常としか言いようがない)
英玲奈は、陽が持ち帰った『魔石』を見ながら考える。
まるで『魔石』の方から彼に吸い寄せられているかのようだ。
あるいは、彼自身が無意識に『高品質な魔石』を選別しているのかもしれない。
そして、なぜまた彼は一人で戻ってこられたのか──その謎も解明できていない。
現在、彼を正式に『保護』、あるいは『拘束』する手段を講じるには、上層部の承認と多くの法的手続きが必要だ。
その間にも、彼はまた『ダンジョン』に足を踏み入れてしまう。
この制度的制約が、英玲奈にはもどかしい。
考えれば考えるほど、謎は深まるばかり。
その謎が報告書の項目を一つ、また一つと増やしていく。
【対象者の行動分析】
・『危機管理機構』からの再三の警告にも関わらず、再び単独で『ダンジョン』に侵入。
・その動機は「健康のため」と「小遣い稼ぎ(魔石収集)」という、極めて個人的かつ楽観的なもの。ただし、本人が薄々感じ始めている「ダンジョンへの抗いがたい引力」も無視できない要因か。
・『ダンジョン』の危険性に対する認識は、依然として著しく低い。
・『オーク』との遭遇時も、パニックに陥ることなく、結果的に相手を退散させている。本人は状況を理解していない。
【特異能力に関する考察(更新)】
・『運命の加護(仮称)』:極めて高い幸運値。危機回避能力。高品質『魔石』の発見。
・『次元透過(仮称)』:物理的攻撃の無効化の可能性(オークの攻撃回避の状況証拠より)。
・『威圧(あるいは誤認誘導)(仮称)』:敵対的生物に対する精神的影響力。相手に戦意を喪失させる、あるいは誤った認識を抱かせる可能性(ゴブリン、オークの反応より)。
・『ダンジョン感応能力(仮称)』:『ダンジョン』に引き寄せられる、あるいは『ダンジョン』と何らかの形で交信する能力の可能性。これが彼の「やめられない理由」の根源か。
(……まるで、ファンタジー小説の主人公の設定資料みたいだわ)
英玲奈は、報告書の内容に呆れる気持ちを抑えつつ、書き続ける。
こんな報告書を本部に提出して、一体誰が信じるというのだろうか。
だが、これが現実に起こっていることであり、無視するわけにはいかない。
そして、早急な対策を講じなければ、手遅れになるかもしれない──その現実が、彼女に強い焦燥感を抱かせる。
英玲奈は、キーボードを叩く指にさらに力を込めた。
その思いを胸に、報告書の最終確認を進めながら、頭の中で次々と対策案が浮かんでは消えていく。
そして、その中で最も重要なことは、陽の『管理』をどうしても強化しなければならないということだった。
【今後の対応案(再提案)】
・対象者、椎名陽に対する『監視レベル』を『レベル4(最重要監視対象)』から、『レベル5(特別監視対象・常時モニタリング)』へ引き上げ。
・専属の『ハンドラー』チームの編成を急務とする。チームには、戦闘員だけでなく、精神分析及び異能解析の専門家を含めることを強く推奨。
・対象者の『ダンジョン』への無許可侵入を物理的に阻止するための対策を検討。ただし、対象者の精神状態及び『ダンジョン感応能力』への影響を考慮し、慎重な対応が求められる。現行法規および『危機管理機構』内規約上、対象者の明確な敵対行動または明白な危険行為が確認されない限り、強制的な身柄拘束は困難である点を付記する。
・対象者を『危機管理機構』の『保護・管理』下に置くための具体的なプラン(法的根拠、生活保障、協力体制の構築など)の策定を開始。
(もう、彼を野放しにしておくことはできない。彼の『無自覚さ』と『異常性』は、いつか必ず、取り返しのつかない事態を引き起こすわ……)
英玲奈は、これらの対策案をまとめながら、何度も深いため息をついた。
その中で、彼をどう管理し、保護するか──それが今後の大きな課題となる。
(その前に、何としても彼を『保護』し、そして『管理』しなければ……。それが、わたくしの、そして『危機管理機構』の責任……)
彼女は、報告書の最終確認を終えると、重いため息と共に関係各部署への送信ボタンを押した。
彼女のデスクのランプが、また一つ、チカチカと不穏な光を点滅させ始めた。
それは、新たな頭痛の種が増えたことを示す、いつもの合図だった。
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