本気

寒さも完全に消え、春本番となった頃、私は朝からギルド内で人の観察をしていた。この時期は大人になった若人が登録に来るため色々と面白い。

 今のところ新規登録は八人。少ないと思うが、ザンドは開拓地の近くではあっても所詮は田舎、若い子達は都会に憧れるのだからそれはしょうがない。


「コルテさん、こんにちは。」

 そろそろ昼飯を食べようかと思っていたらアンケイドが声を掛けてくれた。前はツンツンしていたが、盗賊の件から少し丸くなったようで、私含む周りのやつらとも交流を深めていた。

「やぁやぁ、久し振りだね。これから仕事かい?」

「いえ、朝から仕事を二つ程請け負っていました。」

 働き者だねぇ。

「そうかい、お疲れさん。」

「コルテさん、今食べてるのは?どこかで見たことがあるような…。」

「これか?これは梅干しだよ。ほらカナデ雑貨って店で売ってるだろ?」

「あぁ、思い出しました。あのお婆さんの厚意で一粒貰いましたがとても酸っぱくて……」

 アンケイドは少し苦笑いをしていた。あの人の梅干しは本当に酸っぱいからねぇ。分からなくはないよ。

「そうか。これは私が自分の家で作ったものだ。

 食べる?」

「……酸っぱくないですか?」

 そう言われ、私は一粒口に放り込んだ。

「あぁ!あれ?……大丈夫なんですか?」

「そうだね。」

「では、僕も。

 ………………ぐはぁ!?」

 おっと、アンケイドには刺激が強すぎたか。

 アンケイドが酸味に耐えるような表情をしながらも身体は耐えられなかったのか、膝から崩れ落ちた。

「残さず食べなよ?」

「ふぁ…ふぁい……」

 返事が出来るなら問題無いね。

 やっぱり食べなれてないと厳しいのかも。ファッタム一家にも不評だったが、ナッキャちゃんは顔をしかめながらも残さず食べきっていた。十分教育が行き届いているのだろう。

 

 そろそろ依頼を受けに行くか。アンケイドは………まだ悶絶しているため、放置でいいだろう。


 んーと、材木運搬、伐採、猪、兎、鹿、安全調査、掘削、領地増加による門の改修工事、街清掃。

 ………んー今日は兎にしようかね。

 私は兎肉の調達依頼を受けるため紙を取り、受付に向かう。相変わらずラフィリアの列は並んでいる…ドルネ……あれ?一…二…三………受付が増えたのか。ラフィリア程ではないが並んでいる所を見るに、ドルネスよりは可愛気があるのだろう。

 ……私はドルネスでいいかな。


「ドルネスーよろしくー。」

「はいよ。えっと…グリーンハイドラビットか。」

 名前の通りこの兎は全身が植物のような緑色で森の中で隠れるように過ごす生物だ。大きさは普通の兎と変わらず隠れたり、逃げたりすることが得意な魔物……ぶっちゃけそれ以外、ほとんど普通の兎と変わらない。

「手続き終わったよ。」

「ありがとよ。

 それと新しく一人増えたみたいだけど、どう?」

「あー……まぁよくいる新人って感じかね。これからだよあの子は。」

「そうかい、続けてくれるといいね。」

「私は別にどっちでも良いけどね。」

 ドルネスが自嘲気味に話す。

 指摘していいのか迷ったがやめておいた。






 森に入ると当然のように罠がたくさん仕掛けられていた。冬の内に仕掛けておいて春まで放置しておく用の罠だ。このやり方も違法ではないが新人がよく引っ掛かるため注意を受けるはずなのだが…結局こうなるのか。

括り罠に囲い罠等、現在視界に写るものだけでも六個はある。よく探せばもっと見つかるかもしれない。

「お、これは。」

 ある程度進んでいくと罠の一つに兎が捕らえられていた。見たところそれなりに最近のようだった。

 この場合基本的には最悪と呟きたくなるのだが、この兎の場合は違う。警戒心が強いこともあって仲間が罠等に捕まるとその場から文字通り脱兎のごとく逃げ出す。そのため兎のいる範囲をある程度特定出来る。

 



 今回は楽かも?と思っていたらそれがフラグになったのか、近場の罠全てに兎が引っ掛かっており、未開拓の奥地に来る羽目になった。奥地は近場とは相対的に魔物が強い。特に遅れをとるわけではないが、数が思いの外多かったり、ズル賢かったり、色々と大変なのだよ。



 木々で姿を隠しながら森を進んでいたら、森の奥から音が連続して響き渡る。


ダダダダダダダ!


「なんの音だ………?」

 このままではまずいと思い、とりあえず近くの木に登り、身を隠す。

 するとその音の正体がさっきまで私が立っていた所を通過していく。

「なにかあったのか……」

 私は無意識に呟いた。その正体とは、探していた兎だった。だがこのような現象は見たこともないし聞いたこともない。ちとまずいかもしれんなぁ。

「……今の内に終わらせるか。」

 私は音が出ないように木から飛び降り、まだ移動している兎の群れから指定された兎六羽を無作為に手早く掴んでその場で解体した。

 無事全ての工程が終わったのだが、この異変をどうするかが問題だ。詳しく調べるべきだとは思うが、私一人では不安が残る。本来ならギルドに戻って適切な環境を用意する必要があるだろう。


 だが…………


 年甲斐もなく身体が疼く。ピリッとした緊張感と高揚で心臓の鼓動が早くなる。

 ドクドクドクドク……

 あぁ、良い……久しく感じるこの空気……

 明らかにこの先に、強き何かがいる。これは勘ではあるが確実だろう。私は背中の槍を手元に持ち、息を殺し、一歩一歩ゆっくりと進んでいく。目は目まぐるしく動き、些細な空気の動きや息遣いを耳で聞き分ける。


 



 左!

 空気の揺らぎを感じ、身体を回しながら左手で槍を斜めに振り下ろす。

「……クライムベア?」

 奇襲を住なされても焦らずに構えをみせてきたのは熊だった。この森に出る熊はクライムベアしかいないが、前の鉄亀と似たようなものだろう。体表が黒だけでなく紫色のラインがあり、体長も六メートルはあるだろうか?

 考えても答えは出ないだろうが一つ言えることは………逃げるべきだった…だ。


 この強者特有の圧、隙を見せない堂々とした態度、奇襲の失敗にも慌てず次に切り替える思考力、純粋な体格の優劣……上げるだけでもキリがない。


 あぁ……対峙するだけで私の息遣いが荒くなる。見上げる程に熊の身体がどんどん大きくなっているように錯覚する。正直に言おう、私は恐怖心を抱いている。頭の中が真っ白になりそうになる。

 でも…だからこそ…………


「冴えてきた。」

 懐かしい……この感覚。もう遠い過去のことだが、それのお陰で今の私がここにある。


「グゥゥゥゥ……」

 熊が低く唸る。

 どうやら奴も準備が出来たようだ。

 私は唇をベロで一周させて渇きを消す。

 

 

「"砂塵"」

 私は駆け出しながら土と風の魔法を合わせて放つ。

「グルゥ」

 熊が振り払うように顔を少し背けた。どうやら少しは効いたようだ。

 私は槍を熊の鼠蹊部に軽く撫でるように当てながら熊の背後に回る。

「ガルゥ!」

 斬った感じ、身体がとりわけ硬いというわけでは無いようだ。肉の硬さはクライムベアと一緒だ。だとすると予想するに……


バキッ!!


「やっぱり力が段違いってか!」

 背後を取っても、それを直ぐに察知され、近くの木ごと私を手で払うように熊が動いた。

 紙一重で避けることが出来たが、木は一瞬で破壊され、手が食い込んだ地面にはヒビがかなり入った。

 斬り逃げ位でしか奴を倒すことは出来ないだろう。所詮私は超人では無いからな。
















 その後も斬り逃げ作戦で何度も傷を負わせることが出来たのだが、血を流しながらも熊は未だに健在に見えた。

「ハァハァハァハァ……」

 流石に私の体力が限界だ。呼吸を整えようにも、そんな暇は与えないとばかりに連続して攻撃をしてくる。それのせいで肩で息をし続けてしまっている。

 チッ、奴の体力おかしいだろ。まだ…………………いや、これに賭けるしかないか。



ここ一番で集中が途切れないように、息を整えながら熊に向かって走る。

「フゥ…フゥ…フゥ…フゥ……"湖面"」

 途中で水魔法を使い、熊の周りの地面を湿らせる。

 さっきまでは私が攻撃をするため熊に近づいていったが、今はあえて近づかないようにフェイントを仕掛け続ける。

 そろそろ私が限界なんだが…背に腹は代えられぬか




「ぐっ!?」

 熊の爪が私の腕を抉り、痛みと共に血が噴き出す。

 熊はそれを好機と見たのか追撃をするために足を動かした。

「ガルゥ!?」

 熊が足を上げた瞬間、もう片方の軸足が滑らかに滑った。

「ハッ!無様に倒れてくれて、ありがとよ!」

 水魔法でつんのめさせるという賭けは熊が動かないと成功しなかった。が、どうやら熊にも疲労はあったようで、そのせいで無駄に動かないようにしていたようだ。だからこそ私は態と攻撃を受けた。ちょっと調整失敗はしたが、これは千載一遇の刻、成功したのは何よりだ。

「グルルルルゥゥゥゥ!!!」

「今なら見えるぜ!てめえの首にこの槍を突き刺すことがなぁ!!」

 巨体の熊には槍が首まで届かなかったが、これならいける。

 私はこの時、無意識に笑みが零れていたようだ。けれど勘弁してほしい、なんせこんな楽しい戦いは久し振りだから。

 

 熊が重力で落ちてくる動作を見極めながら、合わせるように槍を振るう。

 ザッ!

 熊の首に槍が吸い込まれるように入っていく。

 入り具合は首の真ん中程で止まってしまったが、それでも熊には致命傷だったようで、さっきよりもやや早く地面にバタリと倒れた。

 熟練の武人と対峙しているような感覚だった。

「スゥ!フゥーーーー……………」

 槍を持ち直して、深呼吸。一回で息を整える。

 熊は動かぬようだが、念には念を。

 私は熊の頭を支えるように持ち、腰に差していたナイフを首に差し込み、首を落とす。

「………よし。」

 この動作も懐かしい……周りに人は……いないな。なら少し羽目を外そう。

「大将首…討ち取ったりィィィ!!!」

 私は御首級を掲げ、大声を上げる。近場の誰かには聞かれたかもしれないがこの興奮を無駄にするのは勿体無い。

 この達成感、何事にも代えがたし!





 熊の解体は終わり、袋に詰める。この毛皮は傷だらけで、その場合は捨てるのだが今回は持っていこう。珍しい個体なのは確かだからね。

 


「よし、帰るっ!か!」

 熊肉が入った袋を背負う。かなり重いが時間を掛ければ街に帰れるだろう。だが、途中で魔物に襲われては目も当てられないため魔法を使う。

「"光源 壁"」

 光魔法を自身の周りを覆うように操る。これなら光魔法を嫌う魔物にとって、ちょっとした魔物避けになる。強い魔物には効果が無いため使い勝手はそこまでだが、この状況では少しでも安全を確保しておきたい。












「ど!どうしたんですか!?」

 ザンドの門が見えてきた頃、門番のソジュラが駆け寄ってきた。

「ソジュラかぁ~魔物倒したんだが、重くてなぁ~」

「て、手伝います!」

「ありがとよぉ~」

 その後、門に駐屯していた兵士達がギルドまで運ぶのを手伝ってくれた。




「うお!?」

「なんだなんだ!」

 ギルドに入ると案の定目立ってしまった。

 まぁ、今はそんなの気にしてる暇は無いけど。

「ありがとう助かったよ、今度なんか奢るよ。」

「ふふ、ありがとうございます。

 皆!撤収!」

「「「おう!」」」

 兵士達が帰るとラフィリアが代表してこちらに来た。列はあったが新人ちゃんに任せてきたようだ。

「コルテさん、これは一体?」

 それに対して、私はラフィリアの耳元で話す。

「この前の変わった亀と同じだ。今回はクライムベアの変異と言ったところだ。」

「わ、分かりました。とりあえず奥の部屋で待っていてください。これは……」

「構わないよ、それにちょっとの距離ならまだ運べる。」

「それでは。」

 私の言葉に驚きを隠しきれていなかったが対応出来るだけやっぱりプロだと感じる。

 兵士達が持ってくれていたお陰で体力的にも少し余裕が出来た。ちゃっちゃっと持ってっちまうか。

「おい、コルテ!それどうしたんだ?」

「後でな~」

「コルテさん!それって?」

「後でな~」

「ガッハッハ!コルテよぉー」

「あ!と!で!」

 何度も言わせるなよ、全く。










「待たせてすまない。それと態々立つ必要はない。」

「む、そうか。」

 暫く待っているとラフィリアともう一人男が部屋に入ってきた。

「私はザンドのギルド統括のトマウ・シュトラウゼンだ。早速、例の物を。」

「了解した。」

 シュトラウゼンは確かそれなりに偉い貴族だったな。まぁ、国の事業だし当然か。

「これがそれか。前のジュエリーアイアンタートルのように違いがよく分かるな。」

「じゅえりーあいあんたーとる?」

「ん?あぁ、この前君達が討伐した魔物の名前だ。」

 ほーなるほどねー。


「それでは戦闘時の違いや情報を教えてくれ。口頭で構わない。ラフィリア、メモを頼むよ。」

 珍しく「はい…」と緊張したような声でさっとメモ用紙を取り出したラフィリア。これは確かギャップってやつかい?

「まずデカイ、大体五メートルはあった。爪も通常よりも鋭利で長かった。知能もクライムベアよりあるだろう。体力や力も尋常ではない程だった。身体はクライムベアと同様で刃物は通る、ぐらいかね。」

「フム、一ついいかね?」

「はい。」

「この紫色のラインは何を意味していると思う?」

 えぇ…そんな専門的なこと分かるわけ……て、それは向こうも分かってるか。なら感覚の話でもいいか。

「能力が上がったことで紫色のラインが入った。みたいな感じですかね。」

「そうか、時間を取らせてすまないね。

 部屋を出たらドルネスの所に行ってくれないか?」

「分かりました。

 それでは失礼します。」

 なんか報酬でも貰えるのかね?





 とりあえず部屋を出て、ドルネスの受付へと向かった。

「お、来たな。」

「あぁ、何をくれるんだ?」

「ふ、おめでとうコルテ。

 お前は昇級だ。」

「わお。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る