【鬼】

「ありゃ?ドルネス今日から復帰か。」

 仕事を探しにギルドに来たら、ラフィリアともう一人、ドルネスがいた。

「文句あんの?」

 ドルネスはプロであるラフィリアと違い、顔に出るタイプでギルドメンバーとよく騒動を起こしている。そのせいか嫌う連中も多く、ラフィリアには列が出来てもドルネスには全く人がいない。

「いやいや?確か出産で休んでたからもう良いのかなって。それなりには心配してたんだぜ?」

「そりゃありがとよ。夫と母さんに任せてきた。あたしにゃあ子守りは向いてないみたいでね。」

「あぁ。」

「納得すんなよコルテ。あんただってあたしと同列だろ?」

「ふっふっふ、私は村でよく子守をしてたのさ。今はもう無理だけど。」

 お互い懐かしさで軽口を叩く。

「ほら、出せ。」

 ドルネスは人差し指を使って挑発をするように動かす。これはドルネス流の依頼書提出の催促だ。これのせいでギルドメンバーと殴りあってたんだけどね。

「はいよ。」

「ええっと?あぁ、亀ね。

 …………はいよ、手続き終わったよ。

 この仕事条件最高だな。ギルドには最低限しか利益を与えず、ギルドメンバーとの直接交渉で安く買い取れればよし、交渉で適正価格であればギルドメンバーの利益が多いため、また仕事を受けて貰いやすい。

 考えてるな………私もやろうかな?」

「あいあいどうも。

 やめとけって、もう動かなくて久しいだろ?」

「だな。」

 ギルドには依頼の紙がチラシのように張り付けてあり、参加メンバーは登録の時に一人一つ配布される画鋲のような物を紙に刺しておく。これは階級が上がると色が変わる。私は六級だから赤ね。それと登録時に身分証明書のような金属が渡される。

 どちらも失くしたら料金が発生されるから注意。

 参加人数分刺さった時、最後に刺した人が受付に持っていく。

 ちなみに、最初に刺した人がテーブルの番号と参加人数を決めて、画鋲と一緒に刺しておき、受付に伝えておく。次に刺す人は最初に刺した人の階級を見ていけるかどうかの判断も出来る。その後、刺すかどうか考えて、画鋲を刺したなら、受付に行った後指定されたテーブルに向かう。そのせいか新人はチラシの少し離れたところでいつも目を光らせていて、実入りの良い仕事を取り合ってる。

「六番、六番。おぉ、ワズと…げっマイバルもかよ。」

 六番テーブルで楯を磨くワズとグースカ眠りこけているマイバルがいた。

「おぉ、コルテさん!僕だけでも万全でしたが、これでもう完璧ですね!」

 ワズは嬉しそうにテーブルに座っているもう一人に話しかけた。

「そうだな。今回の失敗は無さそうだな。」

 こいつは確か…

「…ラジェンド………だっけ?」

「そうだ。初めましてコルテ。俺はラジェンド。五級だ。」

 そういや、五級の色があったようなかったような?

「よろしくラジェンドさん。」

「あぁ。」

 しっかりと握手をする。筋肉質だねぇ。

 特に決まりはないが、階級が一つでも高いと名前にさんを付けるのがギルド内で習慣のようになっている。何でかは知らないけど、まぁ秩序がどうのとか、そんなもんでしょ。

「じゃあ仕切り頼みますわ。」

 こういう時ってリーダー任せられるから楽だなぁ。

 当たりを引いたよ。

「任された。それでは………マイバルを起こすか。」

 このくそジジイ。









「がぁーハッハッハ。まさか、コルテと一緒かぁ!よろしく頼むぜぇ!!」

 討伐対象の亀の所へ向かっている間、マイバルはただただ五月蝿かった。

「てめぇはいちいち声がでかいんだよ。

 ったく。」

 私は腰に差していたキュウリを噛る。

 そうじゃないとやっていられない。自分の耳に、百パーセント分のマイバルの声を入れたくないからだ。

「おっ?食いもんか?ちょっとよこせ!」

「あぁ!?ぶち殺すぞ!?てめぇ!」

 どんだけ面の皮が厚いんだ?このジジイは。

「おいおい止めろ、落ち着け。マイバル、これでも食ってろ。」

 ラジェンドが私とマイバルを仲裁した後、マイバルに何かを投げ付ける。

「おぉ!ペレツクッキーじゃねぇか!」

 食い物を手で掴むや否や嬉しそうに口を開けた。

「あの…コルテさん、ペレツクッキーって?」

 ワズが小声で私に聞いてきた。

「ザンドを統治してるバイド王国の南にある同盟国、バミキュ王国の一つ、ペレツ地方の名産品だ。

 歯が欠けるぐらい硬くて、水でふやかして食べる。まぁ軍で使われる保存食みたいなもんさ。」

「僕の防御を越えるかもしれないですね、それは…

…………でもマイバルさんそのまま食べてますよ。」

 様子を見ると、嬉しそうにバリバリと音をたてて噛み砕いていた。

 ………フゥー。

「ワズ、よく覚えておけ。マイバルは人じゃない。理性のある魔物だ。それぐらいの認識じゃないと疲れちまうぜ?」

「その通りだ。」

 六級の私と五級のラジェンドに言われ信じられないといった表情でマイバルを見詰めるが、やがて諦めたのだろう。

「あっ、はい。」

 考えるのを止めたようだ。

 









「よし、静かに。標的を見つけた。」

 ラジェンドが手で制して、魔物の様子を伺う。

 どうやら亀は食事中のようだ。

「僕はジュエリーライトタートルの討伐が初めてなんですけど、どうすればいいんですか?」

「あぁ、あの亀は甲羅がほとんどの攻撃を無効化する。それと、あそこの甲羅についている宝石を発光させて目眩ましをしながら突進してくる。だからその時に私の魔法で援護するからワズは亀を受け止めて、そこを残りの二人で倒してもらおう。」

「魔法の援護?もしかして、コルテさんは闇魔法を使うんですか?」

 ワズは珍しそうに聞いてきた。

「まぁそんなとこさ。」

「それなら、後はあいつの甲羅から出てくる魔法擬きさえ気を付ければ、ジュエリーライトタートルの討伐は楽勝だな。当たりのメンバーで嬉しい限りだ。」

 チラリとマイバルを一瞥して溜め息をついた後、私とワズを見てとても嬉しそうにラジェンドが言った。

「今ので構わないかい?」

「もちろんだ。」

 ワズが戦いの気配を感じ取ったのか武器の最終確認を始めた。


 魔法とは……なんて言えば良いのかよく分からん。

 ギルドに登録した時と階級が一つ上がる度にポイントが一つ貰えて、そのポイントを使うとギルドから提示された魔法を一つ使えるようになる。

 だから一つの魔法に使うポイント数でその魔法も向上する。もちろん、魔法だけでなく、そのポイントを受け取らない場合、昇級した段階に適した武具を手に入れることが出来る。

 私は六級のため合計五ポイントを受け取っており、全て魔法に消費している。

 原理は分からないが、登録前に使えていた魔法は使えなくなっており、ポイント一を消費しても最下級の魔法しか使えず、それを不便だと思い登録しない者もいる。前にも言ったように元犯罪者も多いせいで、ある意味首輪のようなものが必要なのだろう。だからこそなのか、戦闘経験の無い素人が魔法を覚えるために登録することもよくあり、最低限、自分の覚えたい魔法を使用可能になったらさっさとこんな仕事を辞めるなんてこともザラにある。

「よし、じゃあ準備は良いな?行くぞ。」

 ワズが若干もたもたしたものの、調整を終えたのを見て、ラジェンドが号令をかける。

「あぁ、待ってくれ。」

 三人で意気軒昂に飛び出そうとするとマイバルが待ったをかける。

「どうした?」

「いやぁ、さっきのペレツクッキーが歯に挟まってよぉ、なんかとるもん…」

「行くぞ!」

「「おう!」」

 三人で草むらから飛び出し、亀に向かう。

 えっ?マイバル?あんなやつ無視だ無視!






「"閃光"!」

 直ぐ様ラジェンドが光魔法を使う。

 亀は呻きながら、驚いたようにこちらを振り向く。

「効いてない!?」

「気を抜くな!今は目の前に集中しろ!」

 呆けるワズに叱咤をする。


 その間にラジェンドは亀の死角から剣で顔を斬りつける。

「ぐがあぁぁぁ!!!!」

「スマン!浅かった!」

 ラジェンドは正確に目を刺したが、死角からの無理な体勢だったせいか傷は深くない。

「来るぞ!ワズ!コルテ!」

「はい!"障壁"!」

「"霧暗 黒"」

 私は十級の闇魔法を使い、亀の身体を黒い霧で覆い、甲羅の発光を遮る。この発光している光を放っておくと、その色毎に種類の異なる魔法が飛んでくる。

 名前はグリオンがつけてくれた。初めて見せた時、目をキラキラさせながら興奮したように話してくれた。十級は一番下の魔法だから、ギルドで名前負けしてるって指摘されたのを覚えている。

 左の目から血は流れているものの、視覚は奪えなかった。ラジェンドがワズの後ろに立ったことで、亀はワズに向かって突進をしてきた。

 少し苦しそうだが、流石は期待の若手。よく押さえ込んでいる。

「くらえ!」

 私は右の目を、槍の穂先で切り裂くように振り下ろす。

「ぐぎゃあぁぁぁ!!!!」

「よくやった!止めは任せろ!」

 先程の失態を挽回するかのように、左側から剣を手で撫でながら亀に向かって走る。

 突如として、ラジェンドの剣が炎を纏う。

 あれは確か、五級昇級時、ポイントではなく武具選択の中から選べる"纏いの長剣"と呼ばれるものだ。

 纏いの長剣は自分の魔法を剣に纏わすことができる。腕っぷしに自信のある魔法使いほど欲しがる一品だ。

「せりゃぁぁぁ!!」

 ラジェンドが亀の首に炎を纏った剣を振り下ろす。が、カン!

「があぁぁぁ!!!!!」

 金属と金属がぶつかる音が響いた。

 亀は私達を警戒するようにジリジリと後退りを始めた。

「どうしたんですか!」

「分からねぇ!首が金属みてぇに硬ぇ!」

 どういうことだ?あの亀は甲羅以外は柔らかい肉で、討伐すれば甲羅から宝石が手に入ることから討伐報酬も破格の簡単な仕事の筈だが…唯一の弱点が金属となると………無理だな。

「おい!ラジェンド!これは明らかに異常だ!帰るぞ!」

「何を言ってる!失敗したら…」

「一度や二度の失敗でどうこうなるわけねぇだろ!自分の命が優先だ!」

「そういうわけにはいかねぇ!俺のプライドに賭けて!」

 私とラジェンドが言い争ってる間も亀はジリジリと隠れるように後退りし、ワズもどうして良いか分からないでいた。

「クソっ!」

 どうやらラジェンドは亀が逃げようとしていることに気づいたようで、また炎を纏わせ、斬りかかる。

 その時、亀の甲羅の宝石の一つが青く輝くと、甲羅から水が噴射された。

「ぐっ!

 舐めやがって!」

 もう、帰ろう…そう言おうとした時だった。

「があーハッハッハ!!ぶちぬけぇぇぇえ!!!!」

 亀の右側の草むらからマイバルが高笑いを上げながら棍棒を持って躍り出た。

 私の槍によって右側が死角になっていたことが幸いし、マイバルの一撃はすんなりと通った。

「マイバルさん!僕達じゃ敵いません!逃げま…

 あれ?」

 ワズが心配そうに声をあげたのも束の間、マイバルの一撃は亀の甲羅を砕いた。

 それにより亀は苦しそうに断末魔を上げ、暫くしてピクリとも動かなくなった。それを確認してマイバルが雄叫びをあげる。

「ええっ!?どういう…」

「最初から来てくれりゃあ楽できたのによぉ」

 ラジェンドが溜め息がちに呟く。

「言っただろ?マイバルは理性のある…ような魔物だと思えって。」

「あっ、えぇ?………はい。」

 ワズも悟ったようだ。

 ここ、ザンドの街で一番強く、一番頭のイカれた男がどんな奴か。

 目に焼き付けただろう、獰猛な【鬼】の姿を。

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