4,酔い醒ましのアメジスト

 空中に浮かぶカップを手に取って口元へ運びながら、紫澱は片手で器用にページを捲る。

 カップはそのままにコーヒーだけが能力を解除されると、彼女はそれを一口で飲み干してしまった。


「ちょっと。一応私が頼んだやつなんだから、少しは残そうとか考えないわけ?」

「普段から私の意見を無視して連れ回してる人が何か言ってるわね」

「それとこれとは話が別でしょ。あ~……まぁ別にいいけどさ」

「あら、もしかして説き伏せられる結果でも視えた?」

「ぐぅ。勘が鋭いとこういう時に面倒ね」


 タッチパッドで再度コーヒーを注文しようとする望美だったが、それを静止して紫澱が自身のグラスを渡す。

 普通ならありがたがるところだが、彼女の思惑に察しがついた望美は受け取りかけたグラスを丁寧にお返しした。


「そんな拒否しなくても。今更間接キスなんて気にする間柄でもないでしょ」

「そうじゃない。それお酒でしょ? 隙あらば私のこと酔わせようとしてくるんだから」

「貴女だってアルコールは好きでしょ。居酒屋では私以上に飲むくせに」

「昼から飲むのは予定がない日だけって決めてるの。日常的に常飲してるアンタとは違ってね。もし間接キスが目的なら別の飲み物にしてちょうだい」

「はぁ~あ、酔いも醒めたわ」

「元々酔ってないでしょ。たかだか一本程度、スピリタスのロックでもなけりゃアンタが酔うわけないわ」

「勘が鋭いと、こういう時に面倒ね」


 紫澱はつまらなそうな顔でグラスを下げ、コーヒーを注文する。

 もちろん間接キスは冗談だが、二人にとっては本物のキスだろうが同じだ。だからこそ、望美が断ったのは本当に彼女の発言通りの理由である。


「とはいえ、アルコールを勧めたのはちゃんと理由があるわよ。アルコールは古くからこの世ならざる者との繋がりを得るものだとされてきたわ。幽霊を見たいって話なら、先人の知恵に倣ってみるのもいいんじゃない?」

「何杯飲めばいいのよ。仮に見えたとして出費もバカにならないし、介抱必須の酔っ払いを日の出てるうちに生み出すなんて現実的じゃないわ」

「それは、まぁ同感かしら」

「アンタがすぐに私の酔いを醒ませられるなら別だけど。できないでしょ、そんなこと」

「当然無理よ。神話のアメジストじゃないんだから」

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