3,停止の翠玉/底止の翠玉
「それにしても羨ましいわ〜。私には見えるものしか見えないし」
「あら、私はそっちの方が好きだけどね。便利そうだし」
「え~? 言うほど便利じゃないわよ、これ」
まるでそれを主張するかのように、望美の眼がエメラルド色に煌めく。すると突然、彼女の持っていたコーヒーカップは緑の結晶のようなエフェクトに包まれ、まるで時が止まったように空中に固定された。
彼女がそのカップを手で押すと、空中に固定されたまま、一定の速度で移動する。普通なら中身が零れそうなものだが、そこも含めて停止しているのか液面が揺れることすらなく、そのカップは紫澱の目の前で停止した。
「そっちじゃないわ。まぁ、そっちも便利そうだけど。『停止の翠玉』、物体の時間を止められるんでしょ」
「そうね。でもこれは物の感じる時間を忘れさせてるだけよ。真の意味で時間を止めてるわけじゃないから重さは感じるし、遅刻しそうな時に時間を止めるみたいなこともできないわ」
「貴女、そもそも遅刻したことあるの?」
「そりゃ数回はね。人間だもの、24時制の1桁を見間違えて遅刻した経験ぐらいあるわ」
「あら珍しい。貴女のもう一つの能力なら、遅刻することとかも事前にわかりそうなものだけど」
「そんな便利なものじゃないわよ。二回目ね、この台詞」
紫澱の言う通り、望美には『停止の翠玉』の他にももう一つ能力があった。
“起きる事象の結果がわかる”というその能力は一見すると未来予知に思えるが、あくまでも彼女の能力は超高精度な“未来予測”であり、現在の状況を無視して未来を確定させる未来予知とは仕組みから異なるものである。
言葉遊びが好きな紫澱はそれを『底止の翠玉』と呼んでおり、望美もそれを気に入って採用している。
「貴女が私のものに憧れるのと同じよ。隣の芝生は青く見えるってね。人は自分が持ってないからこそ羨むの。踏みなれた芝生の強さには鈍感になって、隣の芝生の美しさには過敏になる」
「でもそれがあったから人の社会は発展した。そうとも言えるでしょ?」
「逆に、樽の中の蟹になって発展を妨げたとも言えるわ。貴女の力はその嫉妬心から来てるんでしょうし、悪いことばかりじゃないとは思うけどね」
「私のこれはどっちも生まれつきよ。生まれつき憧れが強かった、とは言えるかもしれないけれど」
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