第2話 変人の望むもの
「浮かない顔だな」
翌日、何時ものように屋上で伸びていたら缶コーヒーをもった紫藤さんが現れた。
春とは言え、まだ風は少し冷たいが、コーヒーの温かさでそれもあまり気にならなかった。
「氷野の何をいわれた?」
「なんかよくわかんないっすよー」
一晩中考えたが思いつかない。
普段から金縛りが原因で寝不足なのに頭を使って余計眠いのだ。コーヒーのカフェインでもその眠気は覚めそうにない。
「どうせお前さんを助ける理由なんか無いとか言われたんだろ」
笑いながらコーヒーを飲んでいる紫藤さんが恨めしい。分かっててあの人に合わせたな。
「…紫藤さんはあの人と親しいんですか?」
「まぁー腐れ縁って奴だろうな。切っても切れない……これが赤い糸なら嬉しいんだけどなぁ」
小指を眺めならが、がっくりと項垂れた。
「あの人の事好きなんですか?」
「ああ」
あまりにもきっぱりと言い切るものだから口に含んだコーヒーを全部噴出してしまった。
「汚っ!!勿体無っ!俺が奢ってやったのに何吹いてんだよ」
「いや、そんな堂々告白するとは思わなかったので」
「あいつは美人だし、スタイルいいし、料理の腕も最高…ただ…あの性格がなぁ。
慣れれば可愛いもんだけど、素直じゃないからよく勘違いされるんだよ」
損な性格だと呟きながら紫藤さんは遠くを眺めながらコーヒーを飲んでいた。
俺としては地味で怖い人だったんですけど。
あれ可愛いと思えるのはよっぽど付き合いが長いか、紫藤さんがドがつくほどMな体質で虐められるのが好きなのかもしれない。
しかし本当にどうしたものだろうか。俺ができるレベルで、先輩を納得させる方法。
「これ」
紫藤さんは俺の目の前に一枚の紙を差し出した。
「入部届け?」
「お前さん、帰宅部だろ?だったらミス研とかいて氷野に見せてみろ。
きっと快くお前の願いを叶えてくれるぞ」
何か含みのある笑みを浮かべていたが……その程度であのわずらわしい幽霊達と別れられるならと書類に名前を書き込んだ。
ところでミス研なんて聞いたことないぞ??部活説明会に出たけど、そんな部なかったはず。
――何の部なんだ?
それにあの女が納得するなんて……さっきから俺の第六感が酷く警戒音を鳴らしているようなんですけど……気のせいっすよね?!
紫藤さんに言われるがまま書いた『ミス研』なるものの入部届けを手に北校舎に入る。
「失礼します」
用務室に入ると相変わらず不機嫌そうな氷野さんがいた。
「それで、何を用意したんだ?」
「これ…です」
入部届けを手渡すと、驚いた表情を浮かべた。
「本気か?」
「何がデスカ……」
思わず片言になってしまった。そんな顔されるとすっごい心配なんですけど…。
「本気で入部する気ならその体質は直さない方が逆に身の為だぞ」
「……えーっと、話が見えないんですが」
「ミス研…この部に入るというのなら、霊のひとつも見えないと酷い目に合うぞ」
「ミス研ってここなの?!」
一度廊下に出てから教室の表示をみると、確かに用務室の横にマジックで小さくミス研と書いてあった。
廊下で固まっている俺を哀れみのこもった目で氷野さんが見てくる。
「どうせ紫藤の案だろ」
「―――はい」
「お前も相談する相手を間違えたな」
そういって哀れんだ目を向けたまま氷野さんが掛けていた眼鏡を俺に差し出した。
氷野さんは眼鏡を外すと前髪で目元が隠れて表情が分かりにくくなる。
「無いよりマシだろう。あまりにも霊が気になるときだけかけているといい。
そしてあの馬鹿に言っておけ。余計な手間をかけさせるな、金輪際近づこうなどと考えるな…と。お前も此処にはもう来るな」
表情は分からないけど、明らかに声色が怒っていた。そして折角書いてきた入部届けの用紙はその場で破かれて、ごみ箱に。
氷野さんはそのまま俺とは目を合わそうとせずに、顔に雑誌を乗せてソファに横になった。
これ以上会話をする気がないという意思表示なんだろう。俺は受け取った眼鏡を手に北校舎を後にした。
とりあえずかけてみると、今までその辺りをウロウロしていた霊たちは一切見えなくなり、外すと今まで道理に見える。
世の中にはこんな便利なもんがあるのか。なんかタダでもらえるなんてラッキーだけど、霊が気になるときだけってなんでだろう。あんまりデザインはカッコよくないが、この苦痛から解放されるなら安いものだ。
と、帰宅時は思っていたが、家に戻ってからこの眼鏡と睨めっこを始めて早40分。
この眼鏡の欠点に気づいた。確かに使っている間は見えないし、声も聞こえないし何の霊障も現れない。
しかし、それを外した後は結構心臓に悪い。
寝ている時に眼鏡が外れれば、金縛りに襲われるという事だ。
不都合は多いが、ちょっとだけ霊障になれたところもある。もしも運よく外れずに霊障のない普通の生活を続けて、霊障に対する耐性が無くなった頃に眼鏡が壊れたら……俺は耐えられるのか?
「で、寝不足か」
「うーっす」
二日連続ほぼ徹夜とか隈のひとつもできるわ。
「しかし、お前さんだけじゃなく俺まで近づくなだなんて……ひでーよ」
がっくり項垂れる紫藤さん・・・いや、俺までって言うか一番近づいてほしくない人物が紫藤さんですよ?
それは言わないで目を覚ますためにコーヒーを啜った。
「しかし、よくこんな眼鏡を氷野さんは持ってますね」
「あいつも見えるからな」
紫藤さんはおしるこを啜っていた……それってくどいですよね
じゃない!
「見えるんですか?!」
「ああ。それははっきりと・・・そんなに驚くことか?」
「いや、驚きますよ」
「もっと驚くのはあいつのツンツン具合だ。そんな自慢できるモンじゃないって卑屈になるからんなもん、体質だろって俺慰めたら右ストレートで鼻骨骨折だぜ?」
あー痛かったと、鼻の頭を撫でていた。
自分は他の人間と違うから距離を置きたがる。それは俺も何となく分かる気がした。
俺もこの学校に入ってから友だちはいない。
話し相手は紫藤さんがいるけど、普通なら俺は怖がられるだろうし気味悪がられる。だったら最初から近づかなきゃいい。……もしかして、氷野さんもなのかな。
「――もう一回入部届けだしてきます!」
「あー、殺されんなよ」
本気で心配そうな顔をされた。
「……不安を煽らないでください」
今度は破られても平気なように何枚か入部届けを書いてきたが、全部破かれたらどうしよう。
「しつれいしまーす!!」
勢いよくミス研のドアを開ける。
「……なんのようだ。早速眼鏡を壊したのか」
氷野さんは眼鏡はかけていたが視線を合わせようとはしなかった。
「入部届けもって来ました」
「帰れ。部員は募集していない」
「それと、眼鏡を返しにきました」
「……ほう?」
少しは興味を持ったように視線だけこちらに向けた。
「氷野さん、入部するならこの体質直さない方がいいって言いましたよね」
「ああ、言った。だが、言ったように部員は募集していない。それにその眼鏡はお前にやったものだ、返されても困る」
……うう、素直に受け取ってくれないとは思ったがほぼ門前払い
「それにこの部に入ったところでいい事はないぞ」
「そんな事ないですよ、氷野さんなら俺と同じ感覚が分かるはずだから」
「そういうと?」
「見えるんでしょ?氷野さんも」
盛大な溜息が聞こえた
「紫藤だな?あいつは一度息の根を止めてやった方がいいな」
「んな物騒な!」
「冗談だ……半分だがな。
しかし、お前の考えは甘いぞ……そもそも、私とお前の見ているものが同じとは限らない。それでも入るのか?」
「入りますよ。俺、今フリーですから」
そしてもう一度入部届けを氷野さんに手渡した。
「今後よろしくお願いします、先輩」
「――ふん、精々死なないように気をつけることだな」
え?
それは氷野さんに殺されないようにという意味で?
霊的ななにかに?
選択ミスったかもしれない。
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