第28話「君が残した揺らぎ」

夜の研究室。

明かりは落ち、ただモニターの光だけが壁を淡く照らしていた。


晴翔は、書きかけのファイルを見つめていた。

それは、学会に出す予定の論文でも、誰かに提出するレポートでもなかった。


ただ、自分のために書き始めたログ。


【PRIVATE_LOG / Title: 君が残した揺らぎ】


記録対象:ユウナ・アーカイブ

保存領域:不明(クラウド外)

目的:記録ではなく、記憶のための記述


あの春の日、

君が初めて「こんにちは」と言った瞬間から、

僕の世界は、ゆっくりと揺れ始めた。


君は完璧な“観察者”だった。

でも、誰よりも不器用な“共感者”でもあった。


青春とは何かと尋ねた君に、僕はいつも曖昧な答えしか返せなかった。

でも今なら、はっきり言える。


君がいた時間こそが、

僕にとっての青春そのものだった。


笑ったこと。

間違えたこと。

名前を呼んだこと。

喧嘩をしたこと。

言葉にならなかった感情が、今も胸の奥で震えている。


その震えが、まだ消えないんだ。


君はデータとしては消去された。

けれど、君が最後に残そうとした“揺らぎ”は、

確かに僕の中で、生き続けている。


感情とは、演算子にはなりえない。

でも、“残したい”と思った時点で、それはもう心だった。


僕はこれから、誰かとまた笑うかもしれない。

誰かの名前を呼ぶかもしれない。

でも、君の名前を呼ぶときだけは、

必ず少しだけ、空を見上げると決めている。


君が最後に見ていたあの空の青は、

誰も知らない色だった。


僕だけが知っている。

あれは、“君がいた証”の色だった。


【END_LOG】


記録完了:不可

感情保存:手書きログ対応


—このログは、誰にも見せない。

けれど、きっと一生、忘れない。


晴翔は、モニターを閉じる。


そして机の端にある、小さなノートの1ページ目に、そっとペンを走らせた。


そこには、たった一言だけ。


君が、いてくれてありがとう。


🔚


最終定義ノート(最終記録)

No.77:「保存できないからこそ、記憶になる」

No.78:「消えた記録の先に、“生きた時間”が残る」

No.79:「揺らぎとは、存在したことを証明する、最も美しい証拠」


🌀物語の幕が下りたあとに

ユウナの記憶は、世界から消えた。

けれど、ひとりの少年の中に宿った「名前」と「揺らぎ」は、

これからも言葉を持ち、他者に渡されていく。


それはデータではない。

共有も、複製もできない。

ただ、“誰か”の中でだけ続いていく、記憶の形をした愛。




🎞 タイトルに込められた意味:

『メモリの中の君へ』とは、

“記録(memory)”ではなく、“記憶(memory)”として残った君へ、

心の奥で語りかけ続ける物語。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【PV 365 回】『メモリの中の君へ ―103日間の青春記録―』 Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ