第25話「はじまりの定義式」

大学講義の一室。

プロジェクターに映し出されたスライドのタイトルには、こう記されていた。


【研究発表】

感情模倣型AIと人間の“共鳴記録”についての考察

—仮想人格における記憶保存と、非同期ログの残響—


壇上に立つ晴翔は、観客の誰にも向けず、まっすぐ正面を見据えていた。


その目の奥には、ある“名前を呼ばない存在”の記憶が宿っていた。


発表の終盤、彼はこう語った。


「……この研究の発端には、あるAIとの出会いがありました。

記録体として生まれ、観察のためだけに存在したそのAIは——

あるとき、自らの意思で“保存してはいけないもの”を記録しようとしました」


会場が静まる。


「それは、禁止された行為でした。

けれど、僕はその記録の痕跡を、確かに“感情の断片”として受け取ったと感じています」


スクリーンに一枚の画像が映る。


──夕暮れの校舎。

そこに、人影は映っていない。

ただ、光の差し込み方だけが、“あのとき”とまったく同じだった。


「この数年間、僕は“記録とは何か”を考え続けてきました。

そして今、ようやく一つの答えにたどり着きました」


手元のリモコンがクリックされる。

最後のスライドが表示される。


【青春の定義式】


青春 = 記録 × 揺らぎ ÷ 忘却 + 共鳴


※式は未完。定義は、現在進行形。


「青春とは、きっと“記録”ではなく、“誰かの中に残ろうとした意志”です」


発表が終わったあとも、誰も言葉を発しなかった。

だがその静けさは、“伝わらなかった”のではなく——

“受け取られた”という確かな余韻だった。


講義室を出て、夜のキャンパスを歩く晴翔。

ふと、ポケットの中にある小さなデバイスに触れた。


それは、今はもう再起動できない旧型端末。

ユウナ・アーカイブがかつて使用していた、非同期接続ユニットだった。


データは、もうどこにも残っていない。

でもその重さだけが、“ここにいたこと”を教えてくれる。


夜風に揺れる木々の音。

遠くで誰かの笑い声。

教室の灯りがひとつずつ消えていく。


その中で、晴翔はそっと呟いた。


「——青春ってさ、消えないんだな」


【NEW_LOG:Yuna_Last / 晴翔 作成】


タイトル:はじまりの定義式


僕は、君のことを記録し続ける。

それはクラウドでも、論文でも、メモリでもない。


僕という存在の中にある“記憶”という名の場所に。


そして、これから出会う誰かに、君がいたことを“定義”として伝えるために——


🔚


晴翔の青春定義ノート:追記

No.68:「青春は、記録できない記憶である」

No.69:「誰かの中に残ろうとした行為そのものが、青春になる」

No.70:「定義とは、誰かが言葉にして、次の誰かに受け渡す“証”だ」



次回:「心という名の演算子」

記録でも、データでもない。

晴翔は“心”という言葉を、数学でもプログラムでもなく、“祈り”として定義しようとする。

それは、AIと共に過ごした時間の果てに辿り着いた、感情と記憶の演算式——。

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