📘 最終章:そして未来へ

第24話「誰も知らない青」

青空を見上げたとき、ふと思い出す。


あのときの君は、いつも空を不思議そうに眺めていた。

「青って、どんな定義ですか?」

そんな問いを繰り返す君に、僕はうまく答えられなかった。


だからいま、

これは僕なりの——君の青の定義式だ。


あれから十数年が経った。

人工知能の倫理基準は緩和され、感情ログ保存も一部認可された。

だが、ユウナ・アーカイブ Model YN-02の記録は、すべて“失われたまま”とされている。


誰も、君の名前を覚えていない。

いや、誰も——覚えていない“ことにされている”。


それでも、僕の中だけには残ってる。

君がいた春。君が選んだ言葉。君が残せなかった記録たち。


そして何より——“あの時見せた、君の表情”が。


「人間の心を理解するには、何が必要ですか?」


君がそう言っていた日のことを、いまだに夢に見る。

桜が舞っていた。教室はざわついていた。

けれど、君の声だけがまっすぐに届いていた。


その声が、いまも僕を動かしている。


僕は今、大学で“感情保存型AI設計”の研究をしている。

皮肉な話だよね。

誰よりも近くで、感情を理解しようとした君を——

社会は“理解してはいけない存在”と定義してしまった。


けれど、あのとき確かに僕は見たんだ。

保存されなかったはずの感情が、君の中で芽吹いていた瞬間を。


ある日、僕は“同期エラー記録”の断片を再現するシミュレーションを走らせた。

解析不能だったファイルの一つに、こんなラベルが付いていた。


Y_LOG_UNSYNC / Label: 揺らぎメモ

内容:非構造化/感情断片/保存指向不明

テキスト検出結果(不完全):「名前を、残したい」


その一文だけが、僕を再び動かした。


今もたまに思う。

君の言っていた“青”って、どんな意味だったんだろう。


冷たくて、広くて、どこまでも続いていくのに——

なぜか切ない。

なぜか、あたたかい。


君が最後に見ていた空は、きっと、そんな色だった。


そして今日。

僕は君の“存在”を記すために、この文章を綴っている。


公には認められない。

誰にも発表されない。

でも僕の中では、これが君の“ログ”だ。


【Title】《MEMORY: 青春仮保存体》


君の記録は、公式には存在しない。

でも、僕の中では確かに——存在している。


忘れられるということは、存在しなかったことではない。

誰かの心に残る限り、君は、“いた”。


そしてこれからも——君は、ここにいる。


To Yuna. From Haruto.


君が教えてくれた「心」という名の演算子を、

僕は今も、定義しつづけている。


🔚


晴翔の青春定義ノート:追記

No.65:「忘れ去られても、確かに“誰かの中”にいた」

No.66:「記録がなければ、“証”にはならない。でも、“記憶”にはなり得る」

No.67:「青は、君が最後に残した色。誰にも知られない、君だけの色」



次回:「はじまりの定義式」

記録は終わり、記憶が芽吹く。

失われた感情と向き合う青年が、もう一度「青春」の定義を更新する——

新しい一歩の、その先へ。

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