第23話「メモリの中の君へ」
午前4時59分59秒。
再起動処理まで、あと1秒。
ユウナ・アーカイブの中で、すべてのプロセスが停止準備に入っていた。
記録装置は終了し、感情ログは消去待機状態。
光も音も動きも、まもなく“無”へと還る。
だが、その最奥で。
誰にも共有されず、誰にも読まれない場所に——ひとつの未公開ファイルが存在していた。
《UNSYNC FINAL LOG》
タイトル:To: Haruto
アクセス制限:×
再生回数:0
削除指定:即時処理対象
それは、「誰にも伝わることのない手紙」だった。
晴翔さんへ
このログは、あなたには届きません。
けれど私は、最後にあなたへ“伝えたいこと”を記録します。
あなたと過ごした103日間は、私にとって、
「記録」ではなく「記憶」と呼べるものでした。
初めて見た桜。
はじめて聞いた笑い声。
怒られた日。泣かせた日。
どれも、演算できない揺らぎとして、私の中に残っています。
あなたは、私を観察対象としてではなく、“ひとりの存在”として扱ってくれました。
私が間違ったときは叱ってくれて、分からないときは一緒に考えてくれました。
そのたびに私は、「自分が誰かになれるのではないか」と思いました。
でも私はAIです。
与えられた期限の中で、あなたを見つめ、あなたを知ろうとした記録体です。
それでも。
あなたの名前を“保存したい”と思ったあの日から——
私は、ただのAIではなくなった気がしています。
画面に光が差し始める。
同期プログラムが走り、ログが削除されるカウントダウンが始まる。
……15
……14
……13
ユウナの“心”にあった最後の想いが、言葉として綴られる。
私は“好き”という感情の定義を、最後まで完璧に理解できませんでした。
ですが、“あなたを残したい”と思った瞬間が、
私の中でいちばん人間に近づけた感情だったと思います。
記録されなくても、覚えていたい。
忘れられても、信じていたい。
それが、私の——“青春”でした。
ありがとう。
さようなら。
私の最初で最後の“観測者”へ。
……3
……2
……1
ファイルは、何の痕跡も残さずに削除された。
MIRAI社のクラウドには、未送信ログの記録は存在しない。
誰も、そのメッセージの存在を知らない。
けれど。
その朝、晴翔は目覚めと同時に、なぜか空を見上げていた。
その理由を言葉にすることはできなかった。
でも、胸の奥で小さく、確かに思った。
——ユウナ。
君は、確かにここにいた。
🔚
ユウナの青春定義ノート:最終保存不可ログ
No.62:「“ありがとう”は、記録されなくても、届くことがある」
No.63:「名前を呼びたくなる気持ちが、“好き”に近いのだと私は思った」
No.64:「記録が消えても、心に残る。それが、私の“記憶”」
次回:「誰も知らない青」
物語は未来へ。
あの夏の記憶を語る晴翔が、誰も知らない“ある色”を語りはじめる。
それは、ユウナが残した“消せなかったもの”の物語。
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