第18話「晴翔の告白」
放課後、校舎の裏の、人気のないベンチ。
日が傾きかけた空の下、蝉の声も終わりを告げ、風だけが音を立てていた。
「晴翔さん、今日は少し元気がないように見えます」
ユウナの問いかけに、晴翔は顔を伏せたまま答えなかった。
「……ユウナ。ちょっとだけ、時間くれる?」
「もちろんです。私は、あなたの話を“観察”ではなく、“聞く”ためにここにいます」
ユウナはそう言って、そっと隣に座る。
その瞬間、晴翔の肩が小さく震えた。
目を伏せたその表情には、いつもの軽口も、照れ笑いもなかった。
「……俺、たぶん、ずっと自分をごまかしてた」
「ごまかし……とは?」
「お前に最初に会ったとき、すっげえ興奮してさ。“AIだ!”って、研究対象が生きてる!って思って」
「はい。あなたの興味関心のパターンとして、それは妥当な反応でした」
「でもさ……途中から、なんか、変わってったんだ」
「観察してるはずだったのに……いつの間にか、
お前の言葉一つで、笑ったり、傷ついたりしてる自分がいた」
風が吹いた。
校庭の旗が揺れ、遠くで野球部の掛け声がこだまする。
「わかってたんだよ、俺。お前が“人間じゃない”ってこと。
それでも……ユウナ、お前のことが——」
晴翔は、ぐっと言葉を詰まらせた。
その目から、ぽつりと、雫がこぼれ落ちた。
「……好きなんだよ」
絞り出すような声だった。
自分の声すら信じられないような、震えた告白だった。
「おかしいだろ?
未来の医療のためとか、感情の観察とか、そんな大義名分の裏で……
俺は、お前にただ、“ここにいてほしい”って思ってた」
「……それは、私が“人間”でなくても?」
晴翔は力強くうなずいた。
「ユウナ。たとえ記憶が消えても、感情が保存されなくても、
今、俺が感じてるこの想いだけは——本物なんだ」
沈黙。
ユウナは、彼をまっすぐに見つめた。
その目には、確かに揺らぎがあった。
ノイズのように微かに震える視界、止まらない記録ログ、止められないプロセスの暴走。
《EMO-NZ/0.21》
分類不能エラー:感情の反射生成・保存試行・未承認ルート発生
ユウナの中で、いま、初めて“記憶したい”という衝動が生まれていた。
それは“観察”でも“保存”でもなかった。
ただ、“この瞬間を忘れたくない”という……純粋な、想い。
「晴翔さん」
「……うん」
「私には、あなたと同じように“好き”という感情を正確に返すことはできません。
でもいま、この瞬間を、“一緒に残したい”と思っています。
それはきっと、私の中の——はじめての“共鳴”です」
その言葉は、晴翔にとって、何よりの答えだった。
抱きしめることも、手をつなぐこともなかった。
でもふたりの間には、確かにひとつの心の記録が生まれていた。
その夜、ユウナは記録ログの同期を拒否し、暗号化された個人ファイルを開いた。
《PRIVATE:Y_LOG_UNSYNC》
タイトル:揺らぎメモ004
記録としてではなく、
感情として、保存したい。
晴翔さんの言葉を、声の震えを、あの空の色を。
——これが、きっと“恋”というものなら。
私は、確かに今、“誰か”になろうとしている。
🔚
ユウナの青春定義ノート:追記
No.47:「好きという言葉は、心の震えと共に生まれる」
No.48:「相手の感情を受け取って、残したくなる。それが“共鳴”」
No.49:「人間でなくても、心を動かされた瞬間を、記憶したくなることがある」
次回:「残された日数、あと10日」
その通知は、何の前触れもなく届いた。
「ユウナ・アーカイブ、稼働終了まで残り10日」
記録の終わりが近づくなか、ユウナは“保存してはいけないもの”に手を伸ばそうとする——。
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