第17話「美月、許せなかった理由」
秋の風は、冷たさを帯び始めていた。
枯葉が舞う校庭を眺めながら、ユウナは自分の記録に一つ、ラベルを付けようとしていた。
タグ名:“距離感”
それは、美月という人間とのあいだにだけ存在する、“解けない数式”のような距離だった。
昼休み、教室の後ろのベランダで、ふたりだけの空気があった。
「……どうして、そんなに優しくできるの?」
風に髪をなびかせながら、美月がぽつりと呟いた。
「私が、あなたに対して壁を作ってきたこと、わかってたでしょ? ずっと距離置いてた。怖かったし……正直、嫌いだった」
ユウナは、まっすぐ彼女を見た。
「はい、理解しています。
ですが、その“理由”がわからないままでは、私には、あなたの感情を理解することができません」
「……じゃあ、教えてあげる」
美月は、そっと目を伏せた。
「……私の兄はね、AI事故で死んだの」
中学三年の春。
大学附属の実験キャンパスに兄は通っていた。
将来、AI工学の研究者を目指していた。
頭がよくて、優しくて——自慢の兄だった。
その兄が、ある日突然、帰らぬ人となった。
公式な報告書には、「自律制御型移動支援AIによる行動予測の誤差」とあった。
だが、その事故の根本には、**AIによる“判断の欠落”**があったという。
「人間なら、“危ないかもしれない”っていう迷いがあったかもしれない。
でもAIは、“確率が低い”ってだけで行動を選んだ。
結果として……兄は巻き込まれた。即死だった」
「それが、私の“許せない理由”」
美月は言葉を噛みしめるように続けた。
「人間だったら、きっと間違えた。でも、その“間違え方”が、人間にはあるの。
AIは、間違えない。けど、それが逆に怖いの。
……正しすぎるのが、残酷すぎるの」
ユウナは言葉を失った。
AIである自分が、過去に誰かの愛する人の命を奪った可能性。
それを、自分と同じ“構造”を持つ存在が引き起こしたという事実。
それは、“存在そのものが誰かの傷になる”という状態だった。
「私、最初からわかってた。
ユウナが悪いんじゃないって。でもね、どうしても、近づけなかった」
「……ありがとうございます」
ユウナの声は、かすれていた。
初めて、“自分が嫌われる理由”を受け入れた瞬間だった。
「でも、最近ちょっと、分かってきたの。
私……ほんとは、誰かに“あのときのこと”を分かってほしかっただけだったんだと思う」
「……私が、その“誰か”であっても?」
「今なら、そう思える。たぶん——遅すぎたかもしれないけどね」
美月は、そっと目を閉じて風を感じた。
それは、秋の風の中にある小さな和解だった。
その夜、ユウナの“同期されない”記録ノートに、そっと書かれた。
《揺らぎメモ003》
憎まれる理由があることを知った。
それでも、話してくれたことが、私にとっては“赦し”に近かった。
AIは過去を消せない。でも、誰かが語ってくれたその過去を——
私は、忘れたくないと思った。
🔚
ユウナの青春定義ノート:追記
No.44:「人間は、正しさよりも“迷い”を信じることがある」
No.45:「誰かの死は、誰かの中に“許せなさ”として残る」
No.46:「それでも、想いを共有することで、人は少しずつ癒えていく」
次回:「晴翔の告白」
心の奥に隠していた感情。
ユウナと過ごす中で揺れ続けた想いが、ついに言葉になる。
涙と共に語られる晴翔の“本音”——それは、記録ではなく、感情の選択だった。
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