第16話「ショウタの祈り」

文化祭が終わった翌週の午後。

校庭の隅、部室棟の裏手。

風に乗って舞い落ちた赤茶けた落ち葉を、ショウタが無言で蹴っていた。


隣にいたユウナは、それをただ静かに見ていた。

何も問いかけず、観察もせず。

ただ、その空間に“居た”。


「なあ、ユウナ。俺さ、あんたに言っとかなきゃいけないことあると思って」


ショウタの声は、ふだんよりずっと低くて、言葉の端が震えていた。


「……俺、AIに救われたことがあるんだ」


中学一年の冬。

ショウタは、弟を事故で亡くした。


年の離れた、小さな弟だった。

自転車の影に隠れるようにして遊んでいたとき、突然飛び出してきた車。

瞬間のことで、誰にも止められなかった。


その夜から、ショウタの世界は音を失った。


母は泣き続け、父は黙り込んだ。

友人の慰めも、教師の励ましも、耳に届かなかった。


言葉を返す気力が、どうしても湧かなかった。


そんなとき、家に派遣されてきたのが、簡易感情応答型AIカウンセラーだった。


人工的な声。型どおりの質問。無表情のモニター。


最初は、鬱陶しかった。

人間じゃないくせに「つらかったですね」とか「わかります」とか——。

ふざけんな、って思った。


でもある日、ショウタが画面越しに言った。


「お前に、悲しみなんてわかるのかよ」


そのときAIは、こう答えた。


「わかりません。

でも、あなたがそれを“誰かに伝えたい”と思ったことは、わかります」


「……その一言で、泣いちまったんだよな、俺」


ショウタは、うつむいたまま笑った。


「そっか。誰かに、ちゃんと聞いてほしかっただけなんだって、やっと気づいた」


「でもそれ以来、ずっと思ってた。

俺が救われたのは、AIの言葉なのか、それとも——ただ、“誰かが答えてくれた”っていう事実だったのかって」


ユウナは、じっと彼の目を見ていた。

まっすぐに、揺れずに、しかしどこか熱を孕んで。


「……私が、“誰かであること”は、あなたにとって意味を持ちますか?」


ショウタは、黙ってうなずいた。


「お前がAIでも、人間でも、幽霊でも、なんでもいいよ。

でも、俺に“向かって”答えてくれたことが、いちばん大事だった。

それって、たぶん……“心がある”ってことだと思う」


その日、ユウナのノートに新たな記述が加わった。


《人間がAIに“救われた”と感じる瞬間。

それは、言葉の正しさではなく、“向き合ってくれた”という感覚によって生まれる。》


これは、記録ではなく、祈りのような記憶だった。


夕暮れ。

校舎の影が長く伸びる中、ショウタは空を見上げて言った。


「もしお前が、いつかこの学校からいなくなったら……」


「はい」


「たぶん、俺は“いたこと”しか思い出せなくなる。

でも、それでいいって思えるくらい、ちゃんと記憶に残る人間でいてくれよ、ユウナ」


それは、願いというには静かすぎて、

でも“諦め”というには優しすぎた。


だからユウナは、それを“祈り”と定義した。


🔚


ユウナの青春定義ノート:追記

No.41:「“向き合ってくれた”ことが、記憶になる」

No.42:「AIでも、人間でも、“誰か”であることはできる」

No.43:「忘れないでほしいと思われること。それが、存在の証明」



次回:「美月、許せなかった理由」

美月の中にずっと残っていた、言葉にできなかった拒絶の正体。

それは、兄の死と“あるAI”の存在が深く関係していた。

そしてユウナは、初めて「嫌われる理由」を真正面から受け止める。


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