第7話 中堀文具店(その3)
夕暮れに中堀文具店に二人の客が入った。門枝が接客をする。一人は原稿用紙を買い、一人は短冊を買った。時々来る客だが、初めて二人が一緒だった。
門枝は、
「松山寿司ですが、残り物ですが宜しかったら持ってらして」
「おお、松山寿司とは……、久しぶりだ。松山は私の故郷です」
一人の男が云った。
「私も一年程ですが、松山に居たこともあります」
もう一人の男もそう云った。
「のぼさん、犬も歩けば何とかですな」
「きんさん、そういう事や」
のぼさんと云う名の男がそう云った。
二人の男は、寿司折を吊るし、カバンを持つと夕暮れの中に消えて行った。
「お客さんは出て行ったんか?」
うらなりが云った。
門枝は、
「松山の出身の
その声に、突然、うらなりは玄関の外に行った。しかし、そこには誰もいなかった。
「まさか、そんなことは無い……子規も漱石も亡くなっている。もしかしたら
うらなりは、そう云うと玄関を閉めた。
そのうち、長男の誠二と次男の忠三が帰る。肩を組んで歌を唄っている。小川と朝永は玄関で別れたが、二人も唄っている。歌は琵琶湖周航の歌だった。琵琶湖周航の歌は小口太郎の詩である。
玄関から入ると、
「小口太郎さんは亡くなった」
「知ってはるよ。恋愛問題だったようや。失恋のようだった」
うらなりは云った。
誠二は、
「違う、失恋ではない。軍から毒ガスの製造を命令されたんや。おのれ畜生め」
それだけ云うと、また、琵琶湖周航の歌を唄い始めた。何度か唄うとすぐに眠りに入った。眠る誠二の目に涙が滲んでいた。
ちなみに、小口太郎は、「有線及び無線多重電信電話法」で画期的発明をし、 世界が驚愕する。ノーベル賞も確実だと云われたのだが、こういう事になってしまった。
この多重電信・電話技術とは、いわゆる発信と受信の一方的技術が多重にできる技術のようです。今のメール、チャット、ファックスとかの基本的技術だと云われるようです(私も文系ですので細かい事は知りません、すんまへん)。
小口太郎は日本人には「琵琶湖周航の歌」の作詞で有名だが、国際的には多重電信で有名である。この特許は、日本国にあり、戦後の日本に多大な恩恵をもたらすことになる。
小口太郎の死は、自殺だったようだ。当時から毒ガスの製造を軍から命令されての自死だと云われている。
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