第6話 中堀文具店(その2)

 うらなりが云うには、

「アインシュタインが相対性理論そうたいせいりろん特殊相対性理論とくしゅそうたいせいりろんを説明している時、隣の客の話が、相対性理論と云うのは、男と女が相対した性、男と女があれしてるのやないか。特殊相対性理論と云うのは、変態というか四十八手しじゅうはって茶臼ちゃうすとか尺八しゃくはちとかやないかと聞いて噴き出しだしたんや」

 それを聞いて赤シャツも噴き出した。 


 アインシュタインの相対性理論、特殊相対性理論は、日本では約9割以上が分かって無かった。その中の大半が、男と女の事だと思っていた。


 その時、長男の誠二が出て来た。寿司の折りを七つ持っている。

「大学の桜で花見するんや。哲学科の人で」

 誠二が云うと、朝永は、

「うちの親父も一緒ですか?」

「そういうことや、朝永先生も?」

 朝永は、

「親父と一緒は……何処の桜に行った方が? インクラインの桜がええんや」

 と云った。

 その時、初老の男性と婦人、若いセーラー服姿の女学生の三人がやって来た。

「弘中君やないか。これは奥さんと娘さんか?」

 うらなりは訊いた。

「いや違う。よく見たらすぐに分かると思うよ」

 うらなりが二人の女性の顔を見ると、

「もしかしたら……」

「それや」

「もしかしたら、遠田のステさん」

 うらなりは驚いて云った。

「インクラインの桜を見ていたところ、遠田ステさんのそっくりの少女が歩いていた。そして、横に遠田ステさんがいたんや」

 弘中は云った。

 弘中は5年ほど前に同志社中学の数学教師で奉職している。

「マドンナ」

 弘中の声が出た。

 マドンナと云う声を聞いて、赤シャツもまたやって来た。

「おお、確かにマドンナや」

 それを聞いた小川、朝永、次男の忠三もやって来る。小川は、セーラー服の女学生を見ると驚愕した。見た事ない様な美少女がそこにいたのだ。

「……………」

 朝永は、小川を見ると、

「おい、花見やで、いつまで居てると変な奴と思われるで」

 朝永は、小川を祖で引いて歩いた。しかし、少女の方に何度も振り返った。


「オールドマドンナとヤングマドンナや」

 赤シャツが云うと、

 弘中は、

「しかし、ヤングマドンナには驚いた。昔の遠田ステさんとそっくりで見ただけで分かったんや」

 うらなりの奥さん(門枝)が、

「むさ苦しい所ですが、上にあがって下さい」

 云うと、マドンナの二人に手招きした。

「松山寿司ですが旨いかどうか分かりませんが、上にあがって下さい」

「これ松山寿司じゃないですか。しばらく食べてなかったの。以前はおばぁちゃんが松山寿司で漬けたのに。嬉しい」

 ヤングマドンナは、坊ちゃんの小説とかが、だいたい読めてきたのか、そう云うと、

「では赤シャツは? うらなりのことは? 坊っちゃんはどうしたの?」

「赤シャツとはわしの事や」

 横地が云うと、

「うらなりは、此処にある私の事です」

 中堀も笑っている。

「坊ちゃんとマドンナは? ひどい仇名ばりですが、坊ちゃんとマドンナはいい名前ですね」

 ヤングマドンナが云うと、坊ちゃんこと弘中は、

「坊ちゃんと云うのは、ぼんちの事です。生徒たちが付けた事です。ぼんちが坊ちゃんになったのですが、よく訊いてください。ぼんちの逆だったら?」

「………」

 突然、オールドマドンナの笑いがこぼれた。ヤングマドンナには分かって無い。少しだけ時間があった。そのうち、ヤングマドンナの顔が真っ赤になった。

「野太鼓さんも分かってます。これ初めて云うのですが」

 マドンナが口を開けた。

「野太鼓の梅木さんは、私の義兄弟に当たります。私の妹の遠田トヨの夫になります」

「ええ、梅木の叔父様が野太鼓?? 面白い」

 ヤングマドンナは笑った

 マドンナの二人と坊ちゃんは松山寿司を食べて帰って行った。赤シャツの夫妻も松山寿司を食べると宿に帰った。


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