第18話 仲間割れ
「……失礼しましあ」
仮設診療所の扉から詩織さんが出てきた。
すぐに扉が開いて、詩織さんが無言で出てくる。僕の目には、彼女の顔が少し強張って見えた。
何か、話し合いの中であったのは間違いない。きっと、いい話じゃない。
「……何、話してたんだ?」
自然と、足が向かっていた。でも、詩織さんは止まらない。
目も合わせずに、ただ前だけを見て歩き続ける。
「詩織さん、ねえ、ちょっと待ってよ」
呼びかけると、彼女は一度だけ足を止めた。そして、ぽつりと呟く。
「……何も話すことない」
それだけを言って、また歩き出した。
背中が遠ざかっていく。どこかで、深いため息が漏れた。
なんでだよ。
僕は、君の力になりたかっただけなのに。
どうして、そんな言い方をされるんだ――。
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「一ノ瀬先輩、今日の炊き出しカレー、たくさん食べてくださいね!おかわりできないけど!」
あかりさんが明るく笑いながら紙皿を渡してくれる。その優しさに救われるような気がして、僕は「ありがとう」とだけ言って受け取った。
でも、気持ちは沈んだままだった。
「……詩織さん、さ。最近ちょっと、変だよね」
カレーをすくいながら、ぽつりと漏らした。口に出した瞬間、止まらなくなった。
「こっちが話しかけても突き放してくるし、自分だけで全部抱え込んで……勝手に空回りしてるっていうか。ほんと、何考えてるのか分かんない」
食欲はどこかへ消えていた。
「いつも正しい顔してるけど、患者の前では無理してるだけにしか見えない。僕らのことも、信用してないんじゃないかな。なんかもう……疲れるよ」
あかりさんは黙って頷いて、僕の愚痴を受け止めてくれた。そして、ふっと笑った。
「わかります。私もちょっと怖かったです、詩織さんのこと。いつもぴしっとしてて、でもそのぶん距離を感じるっていうか……」
同意されると、ほんの少しだけ気が楽になる。心のどこかが、あかりさんのやさしさに惹かれていく。
「でも一ノ瀬さんが、ちゃんと怒ったりできるって、なんか人間らしくてホッとします」
その言葉が、少しだけ胸に沁みた。
こんなふうに素直に話せる相手が、今はあかりさんしかいない気がしていた。
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翌日は調査官としての仕事に没頭した。
感情を切り離すように、住居の調査、インフラの確認、警察隊から依頼されたスカウト候補のリスト作成――身体を動かすことで、感情を静めた。
「この家は……屋根も崩れてないし、水道管も機能してる。ここは再利用できるかもしれないな」
自分に言い聞かせるように、メモに書き込む。
「次は……発電か。やっぱり、電力の復旧がネックだな」
思考をめぐらせながら歩いていると、ふと目に入ったのは、街を巡回する鋭い目つきの男たち。街の若者ではなかった。
三人もしくは四人程度でまとまって行動し、時折柱の陰に隠れたり建物に入っていったり。
「警察隊……?」
そのとき、背筋に小さな寒気が走った。
空気が変わり始めている。
不穏なものが、確かにこの街に滲み出しつつある。
まるで――嵐の前触れみたいな。
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