第13話 若者の集会
吉祥寺のベーカリーの廃店舗で目を覚ました。僕は一階で、詩織さんは二階で眠っている。ここに来てから数日。街の空気が少し張り詰めているように感じる。かつての自由で雑多な活気が、少し色褪せているようだ。壁に描かれたグラフィティは以前よりも鮮やかな色を放ち、挑発的な印象を与えていた。
僕は若者たちが集まるオープンスペースに立ち寄る。そこには、ギターを抱えた青年やカラフルなヘアスタイルの少女たちがいたが、今日は僕を見る目が違う。警戒しているような、探るような視線が交わされている。
「おい、あの人……この前来てた、官僚だろ?」
「ほらやっぱり。最近変な話、聞くじゃん。政府がこの街を再開発するって……」
その声が僕の耳に届いた。再開発? 僕は心の中で眉をひそめた。そんな話、僕は何も聞いていない。僕に与えられた任務はあくまで「警察隊の調整と派遣要請」であって、そんな大規模な都市計画に関する情報は一切なかった。
でも、ここで交わされている噂はかなり具体的だ。しかも、それがどんどん広がっている様子だった。
「……鉄道跡地に拠点作るとかさ、何それって感じ。俺ら追い出す気だろ?」
「自由都市とか言ってたのに、もう終わりかもな」
若者たちの声には不安と怒りが混じっている。僕に話しかけてくるわけではないが、その視線の奥には確かな不信感が感じられた。
僕は何も言えず、その空間を後にした。通りの角を曲がりながら、一人思案する。
「再開発計画……僕には何も知らされていない。なのに、現場にはもう話が出回ってる……」
僕は胸の奥で、微かに沸き上がる怒りと焦燥を押し殺しながら、次の動きを考えた。
怪我人や体調不良者がいないか巡回していた詩織さんと合流し、街を散策した。ふと足を止めたのは、集会が開かれている広場だった。僕は遠目にその集まりを見て、少し迷ったが、結局そのまま足を踏み入れることにした。集まっているのは、いつも見かける若者たちだけでなく、少し年齢が上の人たちも混じっていた。中には、若い母親らしき姿も見え、どこか硬い空気が流れていた。
「政府の再開発計画がどうとか、もう聞いたか?」
「聞いたよ。ここももう終わりだな。俺たち、次はどこに行けってんだ?」
ひとしきり集会が盛り上がる中、リーダーらしき青年が声を上げた。その顔に、いつになく真剣な表情が浮かんでいる。
「政府が何を企んでいるか、みんな理解しているだろう。俺たちは今まで自由を享受してきた。でも、あの連中は俺たちを排除しようとしているんだ。再開発だって? ただの言い訳に過ぎない。俺たちを追い出して、新しい計画を実行しようとしているんだ!」
その言葉に、集まっていた人々が一斉に反応した。どこからともなく声が上がり、反論する者もいれば、賛同する者もいた。だが、確かなのは、誰もが不安を感じ、怒りを抱えているということだった。
その時、ふと視線が集まった。集会を見守っていた数人のスーツ姿の男たちが、遠目にこちらを見ているのが見えた。その顔に不安を感じた僕は、すぐに目をそらした。あいつらは調査官ではない。そのものものしい雰囲気は新しく組織された警官隊の人間なのだろう。もし、この集会が暴動にでも発展すれば、また一つ状況が悪化することは明らかだった。
だが、リーダーの青年は引き下がらなかった。彼の声がますます大きくなり、集会の熱気が膨れ上がっていく。
「俺たちが声を上げなければ、今度こそ本当に追い出されるぞ! 俺たちは、自分たちの街を守るんだ!」
その言葉に、再び声が上がった。だが、それはすでに暴動の一歩手前だった。今にも爆発しそうな空気の中、僕はその場を離れるべきかどうか迷った。しかし、これは僕が来るべき場所だったのだろうか。再開発計画の本当の目的は何なのか。それが全てが見えないままで、ただ黙っていたのでは何も始まらない。
集会の熱気が最高潮に達した時、リーダーが突如として静かになった。
「待て。彼が来る。」
その一言で、広場にいた全員が息を呑んでその場を見守った。僕も心臓が高鳴るのを感じた。
そして、広場の隅から現れたのは、思わぬ人物だった。人々の視線が一斉にその人物に集まる。集会のリーダーの視線も、その人物に向かって鋭く突き刺さるようだった。
広場の端から現れた人物は、僕が予想していた人物ではなかった。人々の注目を集めたその人物は、若干の身なりこそ乱れているものの、どこか威厳を感じさせる存在感を放っていた。そして、驚くほど彼は幼かった。
壇上に立ったのは、おそらく十三から十五歳ぐらいの少年だった。そして年不相応にその存在は、誰もが感じ取るほどの力強さと覚悟を秘めていた。その少年の名は、佐伯。吉祥寺での活動家として名前は聞こえてきていたがお目にかかるのは初めてだ。
「みんな、少し冷静になろう。」
佐伯がその一言を発した瞬間、集会はピタリと静まり返った。その声音は穏やかではあったが、どこかしら鋭さを孕んでいた。
「俺たちは今、この街を守るためにここに集まっている。ただ、怒りをぶつけるだけでは、何も変わらないことを忘れないでくれ。どんな力であれ、今の俺たちには、ただでさえ少ない選択肢しか残されていない。」
彼の言葉は、集まっていた人々の心を動かしたようだ。しかし、それでもなかなか気持ちが収束しないのか、別の青年が声を上げた。
「でも、政府の再開発って一体何なんだ? あいつらの言うことを信じてるのか? あんなもの、きっと俺たちを排除するための口実に決まってる!」
その青年の言葉に、すぐに賛同の声が上がり、再び集会の空気は険しくなった。けれど、佐伯は動じなかった。むしろその冷静さが、彼の言葉に対する信頼をより一層強くした。
「確かに、政府が何を計画しているのかはまだ分からない。だが、今は焦りを感じる時ではない。まずは俺たちにできることを考えるべきだ。例えば、現地に潜入し、真実をつかみ、動かす力をつける。怒りのままに突っ込むだけでは、誰かが傷つくことになる。それを忘れないでくれ。」
佐伯の声が響くと、どこかでそれを理解しようとする空気が広がった。しかし、それでも完全に納得できているわけではない。集会の参加者たちは、一様に複雑な表情を浮かべていた。
その瞬間、遠くからなにやら音がした。警官隊の一糸乱れぬ足音だ。もうこんなに人数が集まったのかと僕は驚いた。いや、この区域を要注意として必死にかき集めた急造のメンバーだろう。
集会の空気が一気に張り詰め、僕の背筋にも冷たい汗が流れる。
佐伯は一瞬だけ、その音に耳を傾けたが、すぐに無理に冷静さを保とうとした。
「これはただの通り過ぎだ。恐れることはない。だが、みんな、もう一度言っておく。俺たちの戦いは冷静で計画的でなければならない。」
佐伯の言葉に、今度は静かなうなずきが広がった。暴動に発展することなく、集会は次第にその熱を収めていった。だが、何も解決したわけではなかった。この街の未来がどうなるのか、誰にも分からない。その不安が、みんなの心に残ったままだった。
集会が終了し、ばらばらに解散する人々の中で、僕は改めて心にひとつの疑問を抱えた。再開発計画の裏には何が隠されているのか。そして、僕が知らされていないことが、実はこの街で何を意味しているのか。僕はもう一度、街を歩きながら、その答えを探さなければならない。
集会が解散した後、僕たちは再び街を歩いていた。人々が散り散りになり、どこかしら喧騒を感じながらも、その足取りはどこか重い。佐伯の言葉が頭の中で繰り返される。冷静に、計画的に。だが、それだけでは何も変わらないような気もしていた。
道を歩いていると、どこかから音楽が聞こえてきた。ギターの音色と、響くドラムのリズム。それはまるで、この街の心臓が動いているかのような感覚を僕に与える。しかし、その音も、どこか遠く感じる自分の心の中では、もう響いていなかった。
再開発の話がどこまで本当なのか、そしてそれがどれほど深刻なのか。もしかしたら、誰かが僕を試すために流した噂かもしれない。けれど、あの集会の雰囲気を見て、単なる噂で片付けられないと感じた。今、吉祥寺は静かな危機の中にいる。
通りを歩いていると、数人の警官隊とすれ違う。それはまるで、監視されているような、そんな感覚を僕に与える。街の空気が急に重く感じた。
そして、その時だった。急に目の前に、ある青年が現れた。佐伯ではない。彼は、見た目こそ普通の青年だが、その目に宿る熱は尋常ではなかった。彼は僕に歩み寄り、無言で一枚のメモを差し出してきた。
「これ、見てくれ。」
メモには簡潔にこう書かれていた。
「再開発に反対する活動家たちが、明日、街中で大規模な集会を開く予定だ。そこに政府の連中も顔を出すらしい。」
その情報は、やはり現実味を帯びてきた。再開発の計画はただの噂ではなく、実際に動き出しているのかもしれない。そして、この街が本当に変わろうとしているのだとしたら、僕がやらなければならないことは、何だろう?
青年が僕の目をじっと見つめた。
「うちのリーダーがアンタを探してる。今から会ってくれないか?佐伯さんに。」
その一言が、僕を強く揺さぶった。
明日、何が起こるのか。街がどうなっていくのか。その答えが、確実に僕の手の中にあることを感じた。
僕はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて頷いて青年とともに歩き出した。詩織さんももちろんという顔でついてくる。どんな選択をし、どんな道を選んだとしても、後悔はしないようにしよう。今、この瞬間、何かを変えるために行動するのは僕だ。
そして、運命の扉はもうすぐ、開かれる。
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