第6話 食糧難を救いたい
「この村、今いるのは二十二人です」
メモを片手に、僕は一度深呼吸した。
「うち九人が六十五歳以上。子どもが三人、医師が一人。働けるのは残り九人、妊婦が一人――正直、かなり厳しいバランスです」
集会所に集まった住民たちは、皆どこかうつろな目をしていた。電気もなく、金属の板の上のたき火が揺れているだけの薄暗い空間。その中で、誰かが「知ってるよ、そんなの」と小さくつぶやいた。
「物資の備蓄は、切り詰めて三ヶ月が限界です」
もう一度、口に出すと、今度は誰かが小さく舌打ちした。怒っているのではない。ただ、絶望に慣れた反応だった。
「そこでなんですけど……」
僕はもったいぶったのではなく、発言するまでの助走が必要だったのだ。
「小松菜を、育ててみませんか」
予想通り、空気がぴんと張り詰めた。
「小松菜ぁ?」
焚き火のそばで腕を組んでいた男が、鼻で笑った。彼は立派な労働人口だ。「それで腹がふくれるなら苦労しねぇ」
「ここは都内ですが僻地ですので結構な広さの畑がありますし、この人数が食べるだけなら小さめに耕せばいけるんじゃないかな……なんて」
「畑は?あんた耕したことあんのか? 5年放置されてた土地がすぐ使えるとでも?」
「水は?種は? そもそも俺たちは、そんなことに体力を使う余裕なんか――」
「黙ってて!」
鋭く通る声。詩織だった。
「あのね、あんたたち。文句ばっか言って、じゃあ代わりに何かしてる? 物資がこない、老人が多い、疲れてる。わかるよ。でも、あんたたちの命がかかってるの。自分でどうにかしなきゃ、誰も助けてくれない」
沈黙が落ちた。
彼女は少し息を吐いてから、僕の方を向いた。
「でも一ノ瀬。あんた、種も畑も、水も揃ってないのに、今すぐできるって考えてた?」
「……考えてた」
正直に言った。詩織は少しだけ目を細めた。
「それが“現場を知らない”ってことだよ」
心に刺さる。けれど、それでも僕は前を向いた。
「た、種とか、必要な物は僕が揃えます、小松菜で飢えがしのげるかはわかりません、今は3月、この時期にすぐ育つもので土地柄に適した作物となると小松菜しか思いつきませんでした、とにかく何かを作らなければ全員飢え死にするかもしれない、今できることをやるだけなんです!」
啖呵を切った僕の口は留まることを知らなかった。
「地図によれば片道2時間の場所に、使えそうなホームセンター跡がある。自転車で行って、種と、使えそうな道具を探してきます!」
また静寂。だが今回は、誰も否定しなかった。
「無理はしないで」と、詩織が最後にぽつりと言った。
「でも……あんたがやろうとしてること自体は、嫌いじゃない」
その一言に、背中を押された気がした。
僕は荷物をまとめ、村を出る。
まだ春を知らせようとしない3月の風が、顔をかすめた。
畑なんて無理だと誰もが言った。
でも、誰かがやらなきゃ、永遠にこのままだ。
――変えてみせる。たとえ、たった一人でも。
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