4話 恋煩った未来より

 あー、今日もいい天気だな。

 割とのどかな所だし、ご近所さんも良い人で、おふくろの味?ってやつも味わえるし。

 しかものびのびゆっくりできる。最高だよなぁ。

「………ヴェルレさん、いつもこんな感じなんですか?」

「ん?あぁ、そうだなぁ…」

 どうしてだろう、なんか多少なりとも引かれてる気がする。

 いや、ごくごく普通じゃあないか?

「はー…眠…」

「さっきまで寝てたくせに何言ってんですか…?」

「いやぁ…寝起きは普通眠いだろ…だからコーヒー淹れたんだよ…」

「ならそれ飲んで目覚ましてくださいよ…あっコラ寝ないでください」

「あー、はいはい、わかってるって…」

 仕方なしにコーヒーを流し込むと…。


「すみませーん………えーっと…失礼しまーす」


 盛大にむせた。

 ちなみにオレは自分でいうのもなんだが間が悪いことに定評がある。

 口元を拭いながら身を起こすと………………うっわミナトの奴勝ち誇った顔しやがって性格どうなってんだ。

「い、いらっしゃい」

 短髪のまさしく青年といった風貌の兄ちゃん。

 学生服な辺り、学校帰りだろうか?

「えっと…その…大丈夫ですか?」

「あ、ああ、問題ないよ。ありがとうな。………そこらに掛けてくれて構わないよ。」

 何故か高確率で座られる端っこの席の正面に座ると、ミナトも横に腰掛けた。

 もう助手だなぁ、はは。

「それで、今日はどういう用件で?」

「あ、はい!えっと、その…」

 兄ちゃんは少し照れたように目を逸らしながら、小学生らしいパステルカラーの手紙と、四つ葉のクローバーの押し花の栞を出した。


「しょ、小学校の頃の、初恋の子に…その、手紙を。これは…その子がくれた栞で。2人で、四つ葉を探したんです。毎日、毎日」


 何処か懐かしそうに顔を綻ばせながら、兄ちゃんは語った。

 いいなぁ、そういう思い出。

 オレにはそれらしいもんなんてないしなぁ。

「でも、この栞をくれたすぐ後に、あの子は引っ越してしまって…あの子に言えなかったことは、今でも悔やんでいます。………あの子のことが大好きだったし、楽しかったのに、今は、そればかりがよく浮かんでくるんです」


 自嘲するかのように笑う兄ちゃんには、多くの後悔が見て取れた。

 伝えればよかった。ただそれだけでも、人を縛り続けるその鎖に。

 それはミナトも思っていたようで、静かに話を切り出した。


「あの…よければその時間、見てみませんか?」


「えっ?見るって…何を、ですか?」

「その…僕はヴェルレさんと違って、直接連れて行くことはできないですけど。でも、干渉しないで、見せるだけなら、できるんです。映画みたいな」

 ミナト、普通にそれだけで生きていけそうだよなぁ。

 まぁ、オレが連れてきたんだけど。

「そんなことができちゃうんですね…?」

 あー、あんまり信用してなさそうな空気だなぁ、これ。

「まぁ、ものは試しって言うだろ?やってみる価値はあるさ」

「………確かに、それもそうですね。…その、お願いしても良いですか?」

「わかりました」


 ミナトは目を閉じて兄ちゃんに手をかざした。

 記憶の色が桜色なのは、多分それが記憶の象徴だからだなぁ。

 ………よく見ると、その記憶の中には色がないものもある。

 それは、俗に言う忘れられたもの。

 無意識の底の底、普通はもう思い出すこともないような場所にある記憶。

 それが記憶と合わさって灰色が馴染んでいくと同時に、手の中にそれは凝縮され…。


「兄ちゃん。目閉じた方がいいぞ」

「えっ?あっ、はい…?」


 ミナトがゆっくりと開眼した瞬間、辺りを光が包み込む。


『あとでおれんちしゅーごーなー!』

『おーう!』

『じゃあねー!』

『またねー!』

 小さな子供達の声がする。

 近くで目を開けるべきか悩んでいる兄ちゃんの肩を軽く叩く。

「もう目、開けていいぞ、兄ちゃん」

 兄ちゃんは目を開けて辺りを物珍しそうに見回すと…。

「あっ」

 ある場所を見てから、兄ちゃんがいきなり近くの電柱の影に隠れた。


『かなちゃん、あった?』

『なーい。たくくんのほうは?』

 …2人でクローバーを探してる……あれが兄ちゃんと…その初恋の子か。

 ランドセルが近くに放ってある。無邪気だなぁ。

『………ねーねぇ、たくくん。わたしね、もうすぐ、おひっこしするんだって』

 無言で真剣にクローバーを探していたかと思えば、不意に嬢ちゃんが話し始めた。

『おひっこし?』

『うん、とおくにいくんだって』

 嬢ちゃんの少し声のトーンが下がった。

『うーん?それでも、またあえる?』

『………わかんない』

 嬢ちゃんが暗い顔をして俯いた。

 会えないかもしれないって、もうとっくに勘付いているんだろう。

 しかし、そんな嬢ちゃんとは裏腹に、兄ちゃん…かなくん、はニッと笑った。

『あえるよ!おれがあいにいく!』

『ほんと?』

『うん!やくそく!』


 約束、という言葉に、電柱の裏にいた兄ちゃんは動揺を隠しきれずに肩を揺らした。

「そうだ…約束…。……約束してたんだ…あの子と…。なんで忘れてたんだろう…絶対会いに行くんだって、心に決めてたのに…」


『じゃあ、そんなたくくんには、これあげるね!』

 その嬢ちゃんの手には、兄ちゃんの持っていた栞。

『やくそくのあかしね!!あえなくても、いっしょ!あえたら、もーっといっしょ!』

『あはは、へんなのー!』

『へんでいいもーん、たくくんきてくれるまでまってるしー!』


 小学生の切り替えってのは早いもんで、クローバーを探していたことすら忘れて、笑いながら歩き出した。


「………そうだったなぁ…これが最後だったんだ…最後にクローバー見つけられなかったことも後悔してて。………お母さんに、毎日毎日、かなちゃんがいないって喚いてたんだ…」


 兄ちゃんの頬を涙が伝った。

「………そうか」

 何か、余計なことを言うべきではないと思った。

「………どうして、忘れてたんだろうな…。全部、覚えてるつもりだったのになぁ…」


「………そういう、ものですよ。人間は。忘れた記憶は、補完してしまう」


 突然追い詰めるようなことを言い始めたミナトに、思わず瞬時に言葉が出なくなってしまった。


「でも、それでいいんです。あくまでそれが、個人にとって正解なんですから。…でも、もし。もし、正しい過去を思い出したいのなら、僕や、ヴェルレさんを頼ってくださいね。少なくとも、僕達は頼ってほしいと思っています」


 そう言って微笑んで、腕を振り払うようにして幻術を消し去った。

 兄ちゃんの顔いっぱいに驚きが広がる。

 ………どうやら先走りすぎたみたいだ。

 オレとしたことが、らしくないことをしたな。


「さぁ、それじゃあ、過去に届けよう。………っと行くところだが、その前に」

 兄ちゃんに向き直ると、不思議そうに首を傾げた。


「それ、書き直さなくてもいいのか?多分、そのまま出したいとは思ってもいないだろう?」


「………あはは。はい。本当に、その通りです」

「じゃあ、書き直すといいさ。後悔を増やすことはないだろう?」

 何故かいつも手近にあるペンを差し出すと、ミナトが制止した。

「いや、そのペン前借りましたけどインクカッスカスじゃないですか!もう少しマシなのにしましょうよ」

「あれ?あー…戻すか」

「力技ですね」


「あはは!」


 兄ちゃんの不意な笑い声にミナトと同じタイミングでそちらを見る。


「………ありがとうございます。全部ちゃんと覚えてると思ってただけに悲しかったですけど。なんか、元気出ました」


「………それは…よかったです」

 ミナトが顔を綻ばせた。

 その隙にペン回しをしながらとりあえず数カ月間前に戻して兄ちゃんに差し出す。

「ちゃんと書けるはずだ。オレ達は見ないから、ゆっくり書いてくれて構わないよ。それと…手紙をリセットしたいならリセットするが、どうする?」

「あ、それなら…お願いします」

「わかった。任せてくれ」

 便箋が光を発すると、物珍しそうに兄ちゃんはそれを眺めていた。

「………これで新品に戻ってるから、書けるはずだ。ゆっくり書いてくれて構わないよ。急いで書いてもいいことはないだろう?」

 ミナトと目配せして一旦その場を離れると


「………こういうの、よくやるんですか?」


 と小声で尋ねてきた。

「うん?はは、いや、全く初めてだよ。オレは過去に手紙を届けるしかできないんだ。届けた過去がどうだったか、依頼者は知り得なかったからなぁ」

「そうなんですか………。………ちゃんと書きたいこと、書けるといいですね。あのお兄さん」

「そうだなぁ。………そういえば、ミナトはあの兄ちゃんより年上か?」

 オレ、ちょっと話の切り出し方が親戚すぎるかもしれない。

「まあ、生きた年数ならもう僕も成人ではありますね」

 17で1回死んで今まで生きてる訳だからそうか。

「マジかぁ、じゃあ今度お酒でも飲むか」

「ヴェルレさん飲めるんですか?」

「いいや?」

「なんなんですか…?」

 なんなんですかと言われても、飲めないしなぁ。

 そういうもんだとしか言えないしなぁ。


「………あのー、すみません、書けましたー」


 兄ちゃんが声をかけてきたのではーいと軽く返事をして立ち上がる。

 そして書き上がったらしい手紙を受け取ると…。

「それじゃあ、承った。これを必ず届けるよ。………ミナトはどうする?」

「勿論、行きますよ」

「………そうか。それじゃあ、少しばかり従業員はいなくなるが、すぐに戻るよ」

 足元に魔法陣を広げながら言うと、兄ちゃんは頷いた。


 よし、それじゃあ────────過去へ。


☆☆☆


 皆がワイワイ歩いている通学路から少し離れた公園で、一人俯く子が一人。

「あの子…」

 一人寂しそうに座っているだけのブランコからはキィキィ悲しげな音が小さく鳴っている。

「大丈夫か?嬢ちゃん」

 目線を合わせてしゃがみ込むと、嬢ちゃんは首を横に振った。

 ミナトはといえば、大の大人が2人で行くのもあれだからと少し離れて見守っている。

「何か悲しいことでもあったのか?」

 あくまでしらを切ってみると、今度はうん、と頷いた。

「わたしね、もうすぐね、おひっこしするの。でもね、わたしね、まだたくさんね、たくくんとしたいことあるの」

 嬢ちゃんは目に涙を溜めた。


「嬢ちゃん、その、未来の兄ちゃん────たくくん、から手紙を預かってるんだ」

「みらいのたくくん?」

「そうそう。どうしても伝えたいことがあるんだってさ」

 手紙を手渡すとわくわくしたように受け取り開いた。

 暫く首を傾げて読んでいたが、ある文章を指差して訊いてきた。

「…?これってどういうこと?」

「うん?あー………っと…未来で、ここにいれば会えるかもってことだな」

「このこうえん?」

「ああ」

 頷いた瞬間、嬢ちゃんは顔をパァッと輝かせた。


「ここに、みらい!おかあさんにおしえなきゃ!」


「あっ!少し待ってくれるかな、かなちゃん」

 ミナトが帰ろうとしていた嬢ちゃんに声をかけた。

「少し、お兄ちゃんが君に魔法をかけるね」

「まほう!?」

 嬢ちゃんの瞳が輝いた。惹かれるよな。


「でも、お兄ちゃん、隠れて暮らしてるから。これは他の人に話すと効果がなくなっちゃうんだ。話さないって、約束してくれるかな?」


「いいよー!」

「ありがとう。それじゃあ、そんな偉い君には少しだけ、いつもよりも派手にするね」

 ミナトが嬢ちゃんに手をかざすと、たった今までの記憶がキラキラ光って漂いミナトの手の中に集まり始める。

 ミナトの遊び心か、時折蝶のような形をした記憶も舞って、嬢ちゃんが目に見えて感嘆していた。

 そして集まりきった記憶を嬢ちゃんにそっと差し出した。


「さあ、これはかなちゃんがいつか、大事なことを忘れてしまっても思い出せるようにした魔法だよ。大事に心に仕舞っていてくれると嬉しいな」


「うん!」

 今度こそ、ありがとう、じゃーね、おにいちゃんたち!と手を降って駆けていく嬢ちゃんの後ろ姿を見届ける。

「………さて、帰るか!」

「………そうですね!」


☆☆☆


「………そうですか…それは…それはよかった………。………あ、すみません。なんか、救われた気がして…」

 あはは、と困ったように笑う兄ちゃんにミナトが白々しく。

「あの…帰り道、公園に行くといいかもしれません」

「え、あ…はい…?わかりました。………その、ありがとうございました」

 兄ちゃんはペコリと一礼するとそのまま去っていく。

「あれ、時限式にしたのか。凄いなぁ、どこで覚えたんだ?」

「たまに本読んでましたから」

「オレの集めたやつでも役に立つもんなんだなぁ」

 殆ど眉唾だと思ってただけに、びっくりだ。

「はい、役に立ってますよ。………お二方が会えるかはわかりませんが…」

「まあ、大丈夫だろう。多分会えるよ。今日無理でも、近い内にな」

「そうですね…そうだといいなぁ」


 そう願う視線の先には、橙と薄紫に染まりつつある夕焼けが刻々と時を刻んでいた。


☆☆☆


 ああ、本当に、めんどくさいったらありゃしないよねぇ。

 全く、一体全体、ボクらがどんな思いでここに集ってると思ってるのかなぁ。

 人が増えちゃあめんどくさいことが増えるだけなんだよ。

 あーもう、本当に面倒くさい!


「おーおー、一体どうしたんだって。そんなに不機嫌なんて。なんだ?何があったんだ?」

 興味を惹かれたらしい狐面が訊いてきた。

「アレだよ、ヴェルレが仲間を増やしたらしいんだ。面倒くさいよねぇ」

「はーぁ?マジかよ!?僕らの苦労はどうなるんだって」

「知らないよ、だからイライラしてるんだよ」

「増えたのは?私達の妨げになるというのか?」

 怒りで放電してるのかな?わからないけど。

「いいや?そこまでではないとは思う。ミラジュだよ。だから、あんまり戦力はないと思いたい。けど…」

「けど?僕らでも不安になる懸念点があるってわけ?」

 狐面の声のトーンが少しだけ下がった。

 火の粉がパチパチしてる。どうやら苛立ってるみたいだ。同感だけど。


「どうにもさぁ。普通のじゃないんだよ。ほら、アレ。例の脱獄犯の被害者でさぁ、なーんか、色々厄介らしくて」


「………ああ、なるほどねぇ」

「………………だが、我等の力を持ってすれば敵わない訳ではないだろう。個々で十二分の力はあるはずだ。そもそも、時を超える郵便局などという馬鹿馬鹿しいものをしている奴なんぞに我等が敗北を喫するなどありえない」

「ふーぅ!さっすがぁ!氷に相応しい冷たさだなぁ!」

「………そんなに死にたいのか?」

「いやぁ待ってくれよ、ほんのジョークだってジョーク!」

 全く、冗談通じないのは知ってるくせに。

 氷らしからぬ短気だよねぇ、まあボクにはカンケーないけど。

 狐面は命を繋ぐためにこちらを向いた。

「つーか、今日アンタの相棒はどうしたワケ?大事だろこういう話はさぁ」

 あ、ヤバい?………いや、別にヤバくはないか。

「あー、なんか、ダルいから来ないってさ」

「アイツらしいな」

「………アレのことだ。どうせ全て聞いている」

 あ、やっぱバレてたかぁ、あはは。

「まあ、そんなことはどうでもよくはないけど、今じゃないんだよねぇ。これからどうするかってことだよ」

「どうする?全員で行く?………って言っても、アイツが僕らに易々袋叩きにされてくれるとは思えないなぁ。どうしたもんか」

「個々で赴くか?」

「でも、アンタ相性最悪だろ?」

「私ならあの程度に遅れはとらん」

「でもさぁ」

 男が机をバンと叩くと、氷が机を覆い皆が静まりかえった。

 ピキピキと氷のそこかしこにヒビが入り、異常なまでの冷気を放っている。

 相当お怒りだねぇ、これは。


「我等が皆で赴いたとしても能力が相反する。奴に勝ちたいのであれば、相応の作戦を練らねばならない。冷静さを欠くな」


 おー、さーっすが〜。

「んー、でも、なら個々がいいとして、誰から行くよ?」

 ………確かに。

 あいつ、気抜けてるくせに実力だけはあるもんね。

 実力だけ、ね!

 ボクらが敵わない相手じゃあないんだから、あんな裏切り者なんて。


「私が行こう」


 おー、なるほど。そう来る?

「大丈夫?アンタ本当に相性悪いだろう?」

「構わん、あの程度。何より、私は彼奴を憎んでいるからな」

 バッチバチ放電してるせいでいつもの5割増しくらいに辺りが明るい。皆怒りすぎじゃない?

 まあでもそりゃ付き合い一番長いし当然かぁ。

 旧友ってやつ?わかんないけど。

 何あったんだっけ?忘れちゃったな。まあキョーミないからなんだけど。

 大変だよねぇ、何年憎んでんだか。

 ま、あんなのだし仕方ないか。

「止めても無駄そうだねぇ。いってら」

「異論はある?ないよねー」

「………………」


「私が必ず彼奴を殺す」


 辺りに黒雲が渦を巻いて広がる。

 雷と一緒に強い風が色んなものを巻き上げていく。

 おぉ、本気モード?

 決まり?決まりっぽいね!

 いってらっしゃい!


「雷神であるこの私に、恐れをなして逃げ惑え」


 これはボクらの────────。


 ────────ヴェルレへの復讐劇だ。

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