3話 小耳に挟んだ噂より
「ここはお前さんが使ってくれて構わないよ。部屋が狭ければ言ってくれ。家具も。増やすから」
そりゃあプライベートスペースもいるだろうと創ったミナト用の部屋。
恐らくミナトの滞在スペースであったであろう場所もつい消し飛ばしたからなぁ。
一応反省の意も込めて人並みかそれ以上の広さは確保した。
家具はあまりオレの趣味嗜好で置くのもよくないだろうと必要最低限の無難そうなものしか置いていないが、まあオーダーがあれば創ろう。
「増やすってなんですか………」
なんですかと言われてもなぁ………。
「ほら、ここ意外と外見より広いだろ?」
「意外というか、ありえないですね」
「そうだろ?オレの神力で創造してるんだよ、ここ」
「チートですね、そういう転生者ですか?」
「そんな訳なくない?どっちかっていうとオレ転生させる側じゃない?オレ神だよ神」
「そこですか?そこ割とどうでもよくないですか?」
どうでもよくはないだろ。
神としての威厳ってものがオレにだって…!!
「………というか、ヴェルレさんって日頃何食べてるんですか?ここに来た時凄いズボラそうだなと思って。ほら、カップ麺のゴミとか置いてあるし………」
あ、隠してたんだけどなぁ。バレてたか。
「あれはゴミじゃないさ。時間戻すと食べる前になる」
「神とは思えないサイクル生み出すのやめませんか?」
顔からして少し引かれている気がする。
でも、そんなこと言われても食費浮くしなぁ。
というか。
「そもそも、飯はオレ等には必須じゃあないんだからいいだろ?少しくらい許してくれ」
「…まあ、それはそうなんですけど。………それにしても変わった生活だなと」
「はは、そうだろう?まあ、この程度が丁度いいってもんさ。ほら、どうせだ、郵便局の内装紹介とでもいこう」
真新しいミナトの部屋を出て、正面の部屋の扉を開ける。
「ここはオレの部屋だけど、大して使ってもないし書物があるくらいだから入ってくれて構わない」
中には少し古ぼけたような本棚と書物、あとベッドと机くらいなもんだ。まあ、殆ど使わないけどな。
神界というのは奇妙なものに関する資料も豊富で、一時期そういうのを結界と共に調べていたオレには丁度良かったのを覚えている。
「いや、流石に勝手には入りませんよ…」
「はは、うん。まあ、なんでもいいさ。それはお前さんの自由だからな。一言声をかけてからでも、なんでもいい」
「ヴェルレさんって、ここで寝てるんじゃないんですか?それだったらその時間は避けますよ」
「いいや?ここで寝てることもあるにはあるが基本的にあんまり寝相がよくなくてな。ついでにどこでも寝れる。だから郵便局のどっかに寝てるから気にしないでくれ」
「気にしな…あぁ…えと、はい…」
おお、ミナトもオレの扱いが分かってきたみたいだ。
オレには何言ってもあれだって分かってきたみたいだなぁ。心外ではあるが。
「まあ、資料室みたいなもんだと思ってくれ。………さて、次に行こうか!」
一枚の少し古びた扉を開けると、郵便局に繋がっている。
一応、隔絶した方がいいだろうなとなんとなくしていたが、役に立つ日が来て嬉しい限りだなぁ。
「さて、さっきは仕事の紹介をしたが、今度は郵便局の内装紹介だ。ちなみに、最初に言っておくと外の森はいい感じに創ったスペースだから一応入れる。ある種の結界の中に創られた世界、箱庭みたいなものだと思ってくれ」
この郵便局は時間と人、過去と今を繋ぐ架け橋だ。
人間の世界に存在しているが、存在していない。
人間界から干渉できるが、できないこともある。
そんな存在であるなら、何も不思議はないだろう?
「へぇ…だからこんな木漏れ日注いでるんですね」
「あぁ、まあ。こういう趣味嗜好なんだ」
「別にどんな趣味嗜好でもいいんじゃないですか?ヴェルレさんのやってる郵便局ですから」
辺りを軽く見回しながら言ったミナトの言葉に微苦笑した。
「…はは、それはどうも」
「それにしても、ここ、机とか椅子とか沢山ありますけど…何に使うんですか?」
「あぁ、ここはご近所さんがたまに雑談しにな」
「雑談、ですか?」
「ご近所付き合いもいいもんだからな。偶にご近所の奥さんとかが談笑してるが、気が向いたら話してみるのも面白いと思う。………まあ、あと紹介するものは、あんまりないな。元々シンプルだし。カウンターとか、一目瞭然だしなぁ」
頭を掻くと、あ、そういえば、とミナトが思い出したように呟き。
「ずっと思ってたんですけど、どうして片目隠してるんですか?」
「え?あぁ…はは。まあ、なんでか分からないが、昔から片目の視力がなくてな。色も殆どないんだ、ほら」
前髪を上げると、ミナトは明らかに動揺していた。
いつからだったか。遥か昔は見えていたような…いや、そんなことはないんだろうな。
少し青紫がちな殆ど白の瞳。
別に片目がないとか、そんなんじゃない。
何か特別な思いも何もなく、本当に、ただ見えないだけだ。
「…あ、えと…その、なんか、すみません」
ミナトから明らかな後悔が見て取れる。
「はは、別に構わないさ。無理に隠してる訳でもないしな」
別にひけらかすものでもなければ、隠すものでもない。
知りたくない人には知られなければいいし、知りたい人は知ればいい。その程度だ。
少し、気まずい沈黙。
「………あの!」
ミナトが、不意に声を張ったと思えば、少し迷うように視線を泳がせ…。
「…その、これからよろしくお願いします」
「………あぁ。こちらこそ。改めて、よろしく頼む」
☆☆☆
この世界には、百聞は一見にしかずという言葉がある訳で。
そしてそれを体感している者が目の前にいるというのもまた事実。
「あらぁ、ヴェルレちゃん、この子可愛いねぇ〜」
「ほらほら、おせんべいあげるからねぇ」
「名前は?名前はなんて言うの?」
「あ、その、ありがとうございます。あ、えと、その、ミ、ミナトと言います」
「ミナト!いい名前ねぇ」
「ヴェルレちゃんもミナトちゃんもちゃんと食べるのよ〜、後で肉じゃが持ってくるからね」
「あ、その…あ、ありがとうございます」
「あらぁ、やっぱり可愛いわねぇ。私も何か持ってこようかしらね!ハンバーグは好きかしら?」
「あ、ありがとうございます…え、あ、はい、はは…」
ご近所の奥様方のマシンガントークを受けしどろもどろになるミナトがいる。
面白いのでとりあえず観察するしかないな、これは。
「ちょっ、ヴェルレさん!」
「あー、はいはい」
音を上げるのが早いなぁ。まあそりゃそうか。
ご近所の奥様方は勢いが凄いからなぁ。
「あら、ヴェルレちゃん、まーたカップラーメン食べたわね〜?ちゃんと食べなさいって言ってるじゃないの〜!」
「はは、すみません」
「そういえばヴェルレちゃんにミナトちゃん、聞いた?近頃隣の隣の市が異常気象らしいのよ〜」
「へぇ…異常気象、ですか?」
「あ〜、それ私も聞いたわぁ〜。急に冷え込んだと思ったら暑くなったり、でも夏って訳でもないってねぇ」
「そうそう!急に乾燥したりね!暑くて乾燥したときは砂漠みたいで大変だって聞いたわ〜。まああの人誇張癖あるし、ちょっとあれかもしれないけどねぇ〜」
………………へぇ。
「隣の隣の市はかなり遠いといえど、怖いわよねぇ〜。洗濯物取り込んでないわ〜!」
あっはっは!と奥様方が楽しそうに大声で笑う。
「それは………大変ですね」
ミナトが怪訝そうな顔をした。
当然だ。あまりにも自然の現象ではない。
………だが。
「でもあれじゃない?砂漠みたいになったら洗濯物なんて一瞬で乾いちゃうんじゃない?」
「寒くなられたら困るわ〜、暖房出してないものねぇあっはっは!」
心当たりが0ではない。
例えば。例えば、もし。
もし、彼奴が干渉していたとすれば。
もし、彼奴がここらにいるとするのなら。
「あらっ!?もうこんな時間じゃない〜、夕飯の買い出し行かなきゃならないわねぇ」
「そうね、皆で行っちゃう?」
「今日おたくは何にする?」
相変わらず楽しそうに談笑しながら奥様方が立ち上がった。
どうやらご帰宅なさるようだ。
「じゃあねぇヴェルレちゃんとミナトちゃん。後でおかず持ってきてあげるからねぇ」
そう言い残し嵐のように去っていく。
「ほ、本当に談笑の場なんですね…」
何処か疲れた顔で気が抜けたようにはは…と笑っている。
「当たり前だろう?そんなくだらない嘘はつかないさ」
「嘘はつくんですね。結構そういうとき冗談は言うがーとか、必要なの以外嘘はつかないよとか言うイメージなんですけど」
「必要とあらばな」
「なーんか、ヴェルレさんって結構バカ正直な印象あるのでびっくりです」
椅子の背に身体を預けながら呟いた。
オレはお前さんがそんなオレみたいな格好するって方が驚きだよ。
「バカ正直ってあんまり当人の前で言わなくない?」
「褒め言葉ですよ?」
「あんまりそれ褒め言葉として使わないよ?」
「へぇ…、そうなんですね」
意外とミナトは世間知らずなのかもしれない。
「まあ、それはそれとして。さっきの異常気象、どうも気になりますね」
ミナトが身を起こして、先程とは一変し、真剣そうな顔をした。
「………あぁ。でも、お前さんは今はまだ触れなくていい。オレが調べよう。安全だとは限らない」
「でも、僕は人間だったときよりも頑丈です」
「頑丈でも、神なんかの仕業であればミラジュは消し去れてしまう者もいる。神の中にはミラジュの創造主だって存在しているからな。だから、暫くは気にしないでくれ」
「………はい」
「心配しなくとも、このご近所一帯くらいはオレが常に護っている。余程の奴ではない限り、破られることはない」
その、余程の奴………彼奴なんかじゃないことを祈りたいな…。
「そうなんですね。………なんでヴェルレさんはそんなに人間を守ろうとするんです?」
「生まれたときからだからなあ。そういう性分だとしか言えないな、はは」
「………ヴェルレさんが生まれたときって、なんなんです?」
「まあまあ。一気に聞いちゃつまらない。そのうち、改めて話すことがあれば、そのとき聞いてくれ」
のらりくらり、躱し続けるのにも、きっと限界があるだろう。
オレの過去を話すということは、それは世界の闇を話すことでもある。
いつか、その時が来たら。来てしまったのなら。
その時は、話そうじゃないか。
「………ヴェルレさんって、割と秘密主義ですよね」
全身の力を抜くかのように息を吐いた。
「ははっ、まあな。でも、それはお前さんもだろう?」
「………まあ。でも、話すことは多分ないですよ」
「………そうだな。それが一番だ」
「なんかこういう話しするときだけ、ヴェルレさんちょっと変ですよね」
何これ、何かすっごい失礼なこと言われてるのか?オレ。
「そんなことないぞ?いつも通りだけどなぁ」
「そうですか?気の所為かぁ…」
ミナトがそんなことないだろと言いたそうに首を傾げた。
いいんだ、それで。
今はまだ。
今はまだ、その時ではないのだから。
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