5話 未来を歩む息子より
「…………さ……………さん」
あぁ、なんていうか、懐かしいな。
あれは確か─────。
「ヴェルレさん!」
「え、………あぁ。久しぶりだなぁ…」
「何寝ぼけてんですか………数時間ぶりですよ。てかそんなとこで寝ないでください。早く起きろ」
そんなとこ?オレ今何処にいるんだ?
………まあ、気にしなくても待って今早く起きろって言った?
オレもしかしなくてもナメられてる?
………………いやぁ…聞き間違いか………。
「こんな場所で寝直さないでください。せめて部屋で寝てください。お客さんがいないだけよかったですね!」
「こんにちは。過去に手紙が出せるって聞いて…」
「いっ、いらっしゃいませ!ちょちょ、ちょっとお待ちください!………………前言撤回しますね。お客さんですよヴェルレさん!」
「え、はっ!?マジかよ!………いてっ!」
「何してんですか…?」
あー、頭冴えない。
てかそもそもオレ何処で寝てるんだ…?
なんで頭ぶつけたんだ…?
「えっ、机の下…?マジかオレこんなとこにいたんだなぁ…初めてここで寝たな」
「何回もあってたまるか」
てかこんな会話してる場合じゃないな。
ほらもう困ってるぞあの兄ちゃん。
「いっ…いらっしゃい。ちょっとそこらに掛けててくれないか」
慌てて冷めきったコーヒーを流し込むと、一旦息を吐く。
そして恐らく社会人であろう兄ちゃんの正面に座ると、本題を切り出す。
「えっと、その、申し訳ないね。………それで、今日はどういう要件で?」
「あ、はい!」
尋ねると兄ちゃんは手元の鞄から手紙とマフラーを取り出した。
随分と年季の入った、それでいて大切にされていそうなマフラー。
「3年前、母が亡くなりまして。昔荒れていたものでしたから、謝ろうと思ってはいたのですが…最期の瞬間まで謝れませんでした。それどころか、私は丁度その日会議に出ていまして。母の死に目にも会えずに別れてしまったんです」
「………なるほど」
「手紙をこうして出して謝ろうと決意したのも、つい最近でした。母の命日が近くて。でも、母の顔ももう見れないのに、謝るべきなのかと…」
俯く兄ちゃんに、ミナトが声をかけた。
「それじゃあ、見に行きましょう?お母様のお顔」
「えっ?」
「おー」
強引になったなぁ随分と。
喜ばしいね。
ミナトが目を閉じ手をかざせば、いつものように記憶は集い、淡く光を放つ。
突然のことをまだあまり理解していなさそうな兄ちゃんに。
「多分見ればわかるから、気張らなくていいよ。でも、目は瞑った方がいいな」
「え?は、はい」
一見、忘れられたものが多い記憶だが、逆に色濃いものも多いなという印象を受ける。
記憶が集まりきったのを見届け、オレも目を閉じると………。
『うっせーよ、ババア!』
その怒号に反射的に目を開ける。
見ると思い切り音を立てドアを閉める、今の真面目な風貌とは真逆な兄ちゃんと、心配そうに追いかけるお袋さんであろう人。
その手にはさっき見たマフラーが握られていた。
「母さんだ…」
出ていった2人を追いかけると、玄関でもみ合っている。
ピアスをざっと10個は開けていて、今よりもトゲトゲしい兄ちゃんは追いかけてきたお袋さんを睨み付け舌打ちをした。
それだけで十分、親子仲は険悪に見えた。
『ほら、寒いからこれくらい着けなさい!』
『うっせー、黙れって!』
その瞬間に兄ちゃんはお袋さんを突き飛ばした。
オレとミナトが思わず目を背けると、大きな音と共にお袋さんが倒れ込む。
それを見てバツが悪そうに顔をしかめると再びチッと舌打ちをして外にマフラーを着けて消えていった。
『優樹…』
そう呟くお袋さんの背中が寂しそうで。
「ごめん…ごめん母さん。謝りたかったんだ、ずっとさ…」
膝から崩折れて蹲る兄ちゃんに何と声をかけるべきかも分からず、ただ幻術を解除するミナト。
「なぁ、兄ちゃん。もし、謝れなかったことを後悔してるんなら、それだけでもう十分立派だよ。お袋さんも安心してるはずだ」
宥めるように声をかけると、兄ちゃんは肩を震わせていた。
「すみません…ありがとうございます」
「謝罪なら、オレ達が必ずお袋さんに届けるから。どうか安心してほしい」
手紙を持ち過去に向かう準備をしながら声をかけると、はい。と事務的に返事をした。
「すぐに帰ってくるから。従業員は一瞬だけいなくなるけど、安心してくれ」
巻き上がる過去の風を受けながら言う。
それじゃあ、過去へ向かおうじゃないか。
☆☆☆
………ここは…。
「…病院か?」
やけに静かな病棟では、時折看護師の人達の足音がするだけでそれ以外の音がない。
なんとなく暫く黙って歩いていく。
「兄ちゃんの記憶だと病室はここのはずなんだけど、どうだろうなぁ」
「そんなギャンブルでドア開けるの狂気ですよ?」
ミナトが何かほざいているが無視してノックしドアを開けると、管に繋がれたお袋さんがいた。
流石に入っていいものか悩んでいると、お袋さんが目を開けこちらを見ると、軽く微笑んで。
「あら…こんにちは。優樹の、お友達?」
「…はい、そうですよ」
なるべく声を抑えながら、でも聞こえるくらいで返事をする。
そしてベッドの横に座ると、手短に済ますべきだろうと手紙を差し出す。
そしてそれを、痩せ細ってしまった手で受け取った。
「未来の優樹さんからですよ。優樹さんのお母様」
ミナトが横から小さく微笑んだ。
「そうかぁ。あの子、私に何か伝え忘れたんだね」
そう言いつつも口元を緩ませながら、お袋さんは手紙を開けると………。
「あらぁ…あんなこと、まだ気にしてるんだねぇ、あの子は…。それと…あら、あの子、私の死に目に会議で来れないのね?じゃあ今から、私があの子が来れるように耐えなきゃならないね」
あっはっは、と笑うお袋さんは、とても、とても元気そうだ。
とても、オレ達の帰る未来には亡くなっているとは思えないほどに。
「あの子は反抗期、全く家に寄り付かなくてねぇ。偶に帰ってきても仲間と遊びにすぐ出かけてたんだけど…今や立派になって。嬉しいよ、母さんは」
そうにこやかに呟くお袋さん。
「あの…!よければ、記憶を補強しますが、どうしますか…?」
迂闊に出入りするべきなのか、ミナトは葛藤するかのように尋ねた。
でも、お袋さんは緩く首を横に振った。
「大丈夫だよ。私はあの子との思い出を、思い出のままにしておきたいんだ。ごめんねぇ、わざわざ」
「あ!いえ!全然!」
そう言ったタイミングでコンコンコンと病室の扉がノックされた。
「………帰ろうか。長居するのもよくないしな」
「そうですね。ありがとうございました」
「わざわざありがとうな、お袋さん」
「じゃあねぇ。元気でね」
にこりと笑って、お袋さんはオレ達を見送る。
看護師さんと入れ違いで出てくると、先程よりも廊下に人が多い。
ここで過去に戻るのはよくないなぁ。
「よし、外に出ようか」
「えっ?あ、はい!」
もう既に歩き始めていたオレの後ろをミナトが追いかけてくる。
「いやぁ…でも、よかったです。お母様から恨みつらみが出てくる訳じゃなくて」
「はは、それは確かにそうだなぁ。それだったらオレ病室逃げ出してたかもしれないな」
「僕が気まずいだけじゃないですか?」
「はは!」
談笑しながらもなんだかんだ人気のない外に出る。
「ここらでいいかなぁ」
「あぁ、やっぱり人がいたからなんですね」
「まあ、混乱させる訳にもいかないだろう?」
そういいつつ未来に帰ろうと………。
ガラスが割れるような音が響き、咄嗟に重ねた結界に、ビリビリと未だ押し進もうとする雷のスピアが突き刺さっている。
結界ごと振り払うと割れていた結界がパラパラと崩れ落ち、スピアも地面に転がった。
「………えっ?」
「………………何の用だ?」
「………はぁ…やはり、この程度では仕留められないか」
スピアを手の内に納め振り払うと消えてしまう。
雷。あの長身。金と黒の髪。
瞳の中で轟く雷鳴を持つあの男には見覚えがある。
「くっ、はは!久しぶりに会ったってのに、随分物騒な挨拶だなぁ?」
問いかけても返事はない。
「………なぁ、エクレール。今更何の用だ」
そもそも、どうやって過去に………。
「………今更?今更なぁ…」
渦巻き空を覆う黒雲はゴロゴロと危険な音を放ちながら、所々を光らせていた。
相変わらず、力は一級品だなぁ。
エクレールは天に手を挙げ瞳を閉じると、雲の動きは活性化していく。
そして、エクレールが瞳を開くと同時に空間を割いた稲妻は………。
「………雷の時間をも戻すなんて、相変わらずチートもチートな野郎だ。本当に、気に食わない」
パチンと指を鳴らせば止まり、空へ還る。
オレにはこの雷なんて通用しないって、分かってるくせになぁ。
まぁ、だからこそ、
「ミナト。暫く下がっててくれないか。結界が数枚しかかけられないが、許してくれ」
「は、はい!」
ミナトは物分かりがよくて助かるなぁ。
おかげで今もこうして人から命を奪おうとする雷と対峙できている。
「エクレール。お前はそういう奴だったよな。無関係な人からも命を奪う、最低な奴だった」
街に点々と降り注ぐ雷も止めながら話しかける。
エクレールが時折発する重苦しくて威圧的な雰囲気は、昔、あの時から嫌いだった。
人を下に見るあの態度も、殺してしまってもいいと思っているその精神も、何もかも合わないな。変わってしまったお前とは。
昔はそんなんじゃあなかっただろうに。
睨み合うだけでも発生する気はそれだけで辺りを凍り付かせるように常に張り詰めている。
「お前にはこの数万年、言いたいことが山程あったのだよ、ヴェルレ・ハイドォ!」
「そうか。生憎、オレはないんだよな」
「………わかり合えないなぁ………ヴェルレ・ハイド。もう一度問おう。私達と組め。そこの人間もどきも連れてきて構わん」
………人間もどき?
………はは…やっぱりわかり合えないし、当然。
「分かり合うつもりもないな、エクレール。人間もどきなんて言葉、二度と使わせない。お前が命を軽視する理由も何もかも、オレは大嫌いだ」
「命を軽視?当たり前だろう?私が人間を優先してやる義理もない。そもそも、私達を地獄へ叩き落としたのはお前だろう」
「あれはお前達が間違ってた。オレが止めなきゃ、お前達は間違いなく人を殺していた。それがオレは許せないと、昔から言っていたはずだ。神の自由なんて、二の次でいい」
そう返すと、エクレールは首を左右に傾けて鳴らした。
「オレは絶対に、お前達と同じ道は歩かない」
「………そうか。なら、さらばだ」
無数の雷がオレを包囲する。
それに軽く手をかざすだけで、在るべき場所へ帰っていく。
今を行く存在は、オレには敵わないよ。
それを見て、エクレールは深く、深くため息をついた。
「…………お前とは相変わらず相性が悪いなぁ。そのチートもチートな力、何故神のために使おうとしない?」
そんな問い、答えるまでもない。
「………神は、神で生きていける。でも、人間は違う。神が人に与えなければ何もない。火、水、光、そして時間。何もかも」
つまらないものを聞くような態度で、エクレールはオレを見下している。
「それに、神は完全に死ぬことは、基本的にはない。数億年かけて再生して、また蘇るよ。……でも、人間はそうはいかない。命が1つ1回きりで、死んだら戻れない。そういうものだ。その理に、反する気はない。だけど、いくつでも命があるような、そんな奴等が、人間を殺そうとするのは間違ってる」
そこまで言って、エクレールは途端に大爆笑をした。
「それがあの神との約束とでも言うのか?ククッ、クッハハハハ!くだらない!流石は綺麗事のセリアルだなァ!」
そう嘲笑うエクレールの言葉が、遠くで聞こえる気がしてならなかった。
視界の端が黒く見えてきた。
あぁ、よくない。よくないなぁ。
オレは絶対、コレには呑まれないって決めてたのになぁ。
でも、もう。
なんとなく、もういいかと身を任せようとすると…。
「ヴェルレさん!」
その声に、一気に引き戻された気がした。
「ヴェルレさん、大丈夫ですか?さっきのは…」
真横にいたミナトに声をかけられて自分を取り戻す。
あぁ、そうだ、オレはもう過去のオレじゃない。
「………後でそれは話すよ。それより、頼みがあるんだ」
コソコソ伝えると、エクレールの逆鱗に触れたのか雷の音がいっそう増した。
「私を差し置いて雑談とは、礼儀がないなぁ!なぁ!ヴェルレ・ハイド!」
一際大きな雷の塊は、エクレールの手の中で雷光を放っている。
「理解るか、ヴェルレ・ハイド。これは私の────────」
それを空に開放すると、すぐに雲は雷を飽和させ。
「────────お前、ヴェルレ・ハイドと、そして人への………………」
エクレールは心の底から全てを嘲るように口元を歪めて笑う。
「………………復讐だ」
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