2話 貴方の生涯の親友より

 大体20歳くらいに見える茶髪ロングの嬢ちゃん。

 やべ、寝る気満々だったからクソ眠い。

 客人の前だが、コーヒーを飲み干す。

 寝る方が失礼だからな。

「いらっしゃい。……とりあえず、そこらに座ってくれ。話はそれからしよう」

 キョロキョロしていた嬢ちゃんは少し困惑しながらも端の方にある椅子に腰掛けた。

「ミナト」

「はい」

 全部言い切る前に、返事がくる。

 ………これなら大丈夫そうだ。


「よし。……それじゃ、初仕事だ」


 オレが嬢ちゃんの正面の席に座ると、ミナトがオレの隣に腰掛けた。

 そして無駄に姿勢がいい。

 ………多分、結構生真面目なんだろうなぁ。

 ………まぁ、今はミナトに触れてる場合じゃないか。


 オレは嬢ちゃんに向き直ると、とりあえず笑みを浮かべる。

「こんにちは。今日はどういう要件で?」

「えっと…その、あの……。……事故で亡くなった親友に、最期に言葉を、伝えたくて」

 亡くなった友人、か。

 友人が亡くなるってのは、確かに辛いよなぁ…。

「えっと………それで、これと、これを……」

 そして嬢ちゃんは、手紙とキーホルダーを机に置いた。

「これは…?」

 オレが何かを言う前に、ミナトがおずおず尋ねた。

「………あの子の最期に伝えきれなかったことと、友達が亡くなる前に、最後に買ったお揃いのキーホルダーです」

 最期の思い出………ってところか。

 なるほど、それなら、行けるな。

 記憶から、過去に。

 記憶を読む。それは、それだけなら、オレにもできる。

 ………それじゃあ、例に漏れずといこうか。

 オレが時間を辿っていく、郵便局。

 人間には、あまりにも負荷が大きい。

 精神的に負担が、人間には大きすぎる。

 連れていけない訳じゃあないが、そんなに易々と負っていいリスクじゃあないし、負わせていいリスクでもない。

 ………そう、そういうものだ。

 過去に行くというのは、本来そういうもの。

 ………だが、もし………。

 ………………いや、そんなことは………。


「あの…!」


 おっと、客人の目の前だってのに考えごとをしすぎたな。

「僕は………なんていうか、物の記憶を読んで、過去を映し出せるらしいんです。なら、とりあえず、僕等の辺り全部、過去の記憶を映し出せば………映し出せれば、貴方が、それを見れるんじゃないでしょうか」

 ………映し出す。

 つまるところ、映画のような話だろう。

 だが、そこまで単純かと言われるとそうでもない。

 嬢ちゃんの記憶をミナトが引き出し、辺りをその記憶で満たす。

 謂わば疑似タイムスリップとも言えるほどの代物だろう。

 果たして本当に安全なのか?

 オレはもう………。

 ………いや、こんなのはオレの都合だな。

 かつては、オレだって乗り気だった。

 昔のオレだって、そうだろう。

 ………やってみる価値はあるはずだ。

「ヴェルレ………さん。いいですか?」

「………あぁ、いいよ、やってみるといい。やらないままでやれないと決めつけるのは面白くないからな」

 その言葉に、ミナトは嬉しそうに笑った。

 ………上手くいかなければ、オレが、かつてできなかったことをすればいい。

 オレが背負うならまだしも、勧誘した身で業を背負わせる訳にはいかないさ。


「そうですよね。やってみなきゃ……………分からないですよね。頑張って、やってみます」


 事前に一応結界を張って、対策しておこう。

 何も感知しなければ、それでいいさ。

「すみません、まだやったことなくて…それでもいいですか?」

「えっ?あっ、はい!あの子にもう一度、会えるなら………」

「ありがとう、ございます。………あ、ヴェルレさん」

「ん?どうした?」

「記憶消したことしかなくて…ど、どうすれば過去を映せるのか知りません」

 ………あー、まぁ、そっからだよなぁ。

「あー………多分、力込めたらいけるさ。オレは専門外だから、ちょっと分からないけどな」

 我ながら無責任だなぁ。

 まあ、そんなもんだろ。

「力を込め………?………えと、はい。その、やってみます」

 困惑気味だが、まあ、オレにもどうしようもないしなぁ。

 ミナトに頑張ってもらうしかないな。

「そうだな。やってみないことには分からないからな」

「………………はい!」

 ミナトは芯のある返事をすると、バッと立ち上がった。

「失敗したら、ごめんなさい。でも、絶対に、成功させます」

 そう言って目を閉じると、片手を嬢ちゃんにかざす。

 するとたちまち優しい色の光が灯り、徐々にその光は量を増していく。

 あの光が、恐らく記憶。

 それも、足りないところを修復して、複製した記憶だろう。

 ………なんとなくだけどな。

 なんとなくだけど、そんな気がする。

 やがて光は小さく、緊張からか、うっすらこめかみに汗をかいているミナトの両手の中に凝縮されていく。

 そして完全に手の中に収まった後、ミナトがゆっくりと目を開けた。

 それと同時に手の中の光は強さを増し、辺り一帯を包み、オレも、嬢ちゃんも、そして恐らくミナトも、思わず目を閉じた。



 ガヤガヤと人の声がする中、時折子供の声が突き抜けて聞こえ、そして何処か楽しげな音楽が流れている。

 何処からともなくゲームの音も微かに聞こえる。

 老若男女、様々な声と、カートを押すあの独特な車輪の音。

 そんな様子に目を開けると………。


 オレ達はショッピングモールらしきところの雑貨屋にいた。



 成功、したんだろう。

 人間に悪影響がある変な力がある形跡もない。

「嬢ちゃん、ここが………」

「………はい。あの、最期の………」

 懐かしむように、辺りを見回す嬢ちゃんの傍らで、ミナトが汗を拭った。

「ヴェ、ヴェルレさん、成功しましたよ」

「あぁ、本当にな。凄いぜ。このレベルは、神でさえ出来る奴はそうそういない。本当だ」

 そう、これはお世辞でもなんでもなく、事実。

 神でさえ、ここまで再現できる者はそうそういない。

 これは本当に、相当凄いことだ。

「あ!あれ…」

 ミナトが不意にオレの後ろを指差した。

 その指差す方を見ると、そこには………。

「あれは………」

「………………私と、怜那………」

 怜那。嬢ちゃんの、亡くなった友達の名前だろう。

 2人で楽しそうに、メモ帳やペン等雑貨を色々見ている。

 本当に、心から楽しそうに。

『みて、紗椰!これ、可愛くない?』

『え!本当だ!すっごく可愛いね!』

 嬢ちゃんの友達が手に取ったキーホルダー。

 嬢ちゃんの持っていたものにそっくりだ。

『そんな反応されちゃったら仕方ないなぁ〜、優しいお姉さんが特別に買ってあげよう!』

『お姉さんどころか私の方が年上なんですけど〜?買ってもらうだけじゃあれだから、私も色違いを買ってあげようじゃないか!』

『あはは!!お姉様、やっさし〜!お揃いじゃん!』

 キャッキャとはしゃいで、楽しそうに会話を交わしている。

 ………本当に、楽しそうだ。

 これが続くなら、真実を、未来を知らなければ、普通に、微笑ましく見れたかもしれないな………。

「そうだよ………こうして買ったのにさ………なんですぐいなくなっちゃったの………」

 泣き崩れた嬢ちゃんの横を、2人が通っていった。

 まるで、日常が遠ざかるかのように。


 現実ってのは理不尽で、楽しいことを次々と奪っていく。


 オレがずっと人間と生きてきて、思ったことだ。

 過去に戻りたいと強く願うほどに取り戻したい日常というのは、いとも簡単に奪われる。

 嬢ちゃんの肩に手を置いて、ミナトが少し目を伏せた。

「………辛いものを見せてしまったなら、すみません」

 ミナトが手を払うと、その瞬間賑やかだった空間は一瞬で静かな郵便局に戻っていた。

 記憶を集めるよりも力が働かないからか、眩しさなんかも一切なく、文字通り一瞬で。

「………辛いなんて、そんなことないです。寧ろ、ありがとうございます…」

「………嬢ちゃん。あの友達に伝えたい言葉を、オレが届ける。………嬢ちゃんが友達に伝えたいことは、そこに詰まってるんだろう?」

「えっ…あっ…。………そう、です」

 本来の目的を思い出したのか、嬢ちゃんが小さく頷いて、手紙を渡してきた。

「………あの子に………怜那に、お願いします」

「ああ、任された」


 床に魔法陣を生成する。

 オレは特に詠唱なんかはいらないが、本来は多分いるんだろう。

 だが、詠唱がいらないからと言ってすぐができる訳じゃない。

 詠唱がいらないというだけで、手順はある程度は必要だからだ。

 まあ、それも基本飛ばしてるんだけどな。

 青白いような、少し紫がかっているような、そんな時を跨ぐ魔法陣。

 謂わば、時を繋ぐ架け橋。

「じゃあ、必ず、届けてくるよ」

 そうして、転移しようとした瞬間…!


「待ってください!」


 ミナトが声をあげた。


「僕も、連れて行ってください」

「………はっ?」

 声がちょっと裏返った。このタイミングで。

 魔法陣が光を失っていく。

「僕も、きっと何か、役に立ってみせます。足を引っ張ることがあるのもわかってます。でも、絶対いつか、役に立ってみせます」

「いや、わかる、役に立とうとしてるのも、役に立ってるのもわかってる。いや、お前さんはオレが見込んだ人間………?………なんだ、それはわかる。でもな、その………過去に行くってのは、言ってしまえば物凄く危険なんだ。だから、残ってるといい。オレはすぐ戻るからな」

 すぐどころかなんなら入れ違いで戻ってくるけどな。

「じゃあ、ヴェルレさんは」

「なんで大丈夫なのか、か?それは、一番は時を司る神だからだな」

「それなら、僕も行きます」

 ミナトは意見を曲げるつもりもないようで、まっすぐオレを見据えていた。

「待ってくれ、聞いてたか?危険なんだ、過去っていうのはさ。」

 ………今更だが嬢ちゃん放っといてるのはよくないなと思いそちらを見たが、こちらを気にしている様子もなくキーホルダーを手に「…怜那………」と呟いて、何処か悲しそうな顔をしていた。

 さっきみた過去から、色々思い出に浸っているのかもしれない。

 もう少し、ミナトを説得する余裕はありそうだ。

「…だから、待っててくれ。お前さんの安全が、オレには保証しきれない」

「だって、ヴェルレさんが言ったんでしょう?時を司る神だから大丈夫だって。そして………」

 ミナトは、勝ち誇ったような、そんな不敵な笑みを浮かべた。


「『記憶』があるから『時間』があるんでしょう?なら、時間の神であるヴェルレさんが大丈夫なら、『記憶』であり『時』でもある僕も、大丈夫じゃないですか?」


 ………先にあの説明を話すべきじゃなかったな。

「………あ…えっと…何かあったんですか?」

 嬢ちゃんがこちらの押し問答に気付いたのか、不安そうに尋ねてきた。

 八方塞がりってのはまさにこういうことか………。

 ………………仕方ない。

 今度のオレは、間違わない。

 そうだ。そうだった。

 オレはそのために、いつかこんな時のために、元々使いもしなかった結界を、役に立つものから、何に使うかわからないようなものまで学んできた。

 危険を感知できる能力を磨いてきた。

 そのための、今までだ。

「………………仕方ないな。特別だ。ただし、何か異常があるなら、すぐ帰ること」

「はい!」


 もう一度。

 オレが昔から愛用している、過去への転移魔法。


「この魔法陣から転移途中は出るなよ。危ないからな」

「はい!」


 いつもより少し大きめに魔法陣を生成し直す。

 青白いようで、少し紫のようなその色は、いつも、いつもこの色だ。

 過去の流れが、肌を掠めていく。

 過去の流れっていうのは不思議なもんで、風みたいに流れるのに、どこか確かな重みがある。

 そして恐らく、その重みこそが人の記憶に他ならないだろう。


「待たせて悪かったな、嬢ちゃん。すぐにオレ達は帰ってくる。従業員がいなくて申し訳ないが、少しだけ待っててくれ。」


 嬢ちゃんが頷くのを見届けると、その魔法陣は光を増していく。

 魔法陣から吹き返す、もう幾度となく、何億と感じた過去の風。

 記憶の重さ。薄れ軽くなっていく時間達。



 それらを感じ、気がつけば過去にいる。



 正確にはもっと複雑なことが沢山あるが、基本的には気にせずともいいものだ。

 それより、今はやることがある。

「ここが、過去………………」

 思いに浸る様子のミナトを横目に辺りを見回す。

 真夏の太陽が照りつけ、蝉の声が聞こえる閑静な住宅街。

 時刻は丁度昼頃だろうか?

 時間の流れが、何故かゆっくりに感じる。

 夏の匂いがして、汗の微妙な不快感が心地よくもある、そんな不思議な感じ。

「ここは………嬢ちゃんの記憶にはなかったな。ってことは、嬢ちゃんの友達の…」

 とミナトが見ている反対側を見た時、丁度、さっきみた嬢ちゃんの友達が歩いてきているのが見えた。

 オレ達の真横にはバス停があるが、これから出かけるのだろうか?

「あ!あれは…怜那さん?」

「あぁ。手紙を、あの嬢ちゃんの友達に届けよう。それが、オレ達の使命だ」

 何処かで見たキーホルダーの色違いを持った嬢ちゃんに近付いていく。

「えっ、ヴェルレさん?そのまま話かけるんですか?不審者じゃないですか?」


「こんにちは、嬢ちゃん。ご友人、紗椰さんからの手紙だ」


「普通無視します?」

「えっ…と…誰ですか?」

「僕言いましたよね?不審者ですよね?ねぇヴェルレさん?僕の声聞こえてますか?」

 これ以上質問攻めに合うのもアレだ、少しくらい答えた方がいいな。

「まあまあ、見かけで判断するなって」

「見かけどころの話じゃないと思うんですけど?」

 この空間疑問符が多すぎるな。

 まぁ、気にしなくてもいいか。


「オレ達は時間を超える郵便局をやってる者だ。そして60年後の紗椰さんが、ここを利用した」


 怜那へ、と書かれた手紙は、薄いピンクの柔らかい印象だ。

「えっ?………ヴェルレさん…?」

「………確かに、紗椰の字だ………ってことは、あの子と私、60年後も友達なんですね」

 嬉しそうに目を細めながら、便箋を受け取り開ける嬢ちゃん。

 それを見て、嘘をついたオレを指摘しようとしていたミナトは驚いたような、困ったような、そんなよくわからない、複雑そうな表情をした。

「………ふふ…あの子、ずっと変わらないんですね。元気で、少し天然で、友達想いなまんま…」

 あはは、と少し目に涙を浮かべながらも、顔を綻ばせた。

 ………この子達なら、60年後も友達でいられたはずだろう。

「………あぁ、そうだな」

「私の方が、早く死んじゃうんですね…。あの子、寂しくて手紙書いたのかなぁ」

 色々考えながら記憶に刻むかのように、何度も手紙を読む嬢ちゃん。

「あの」

 そんな嬢ちゃんに、ミナトが声をかけた。


「すみません、少しだけ、僕が声をかけるまで、目を閉じていてくれますか」


「え?あ、はい?」

 嬢ちゃんが目を閉じたタイミングで、ミナトは嬢ちゃんに手をかざした。

 そして虚空に嬢ちゃんの記憶を引き出すと、その記憶をなぞるように手を動かし、薄れた記憶を、まるで記憶の欠けたピースを組み立てるみたいに、破れた紙をテープで繋げるみたいに、復元していく。

 それを手中に収め、嬢ちゃんの中に戻した。

 ………ささやかな贈り物ってか。

「もう、目を開けていただいて大丈夫です。すみません、突然」

「い、いえ?その…ありがとうございます…?いや、あはは。なんか変ですね、私。でもなんか、よくわからないけど違う気がするんです」

「………いえ。それはよかった。これでも………、占い師、ですから。そういう風なまじないは得意なんです。………さあ、ヴェルレさん、帰りましょう?」

「………あぁ、そうだな。嬢ちゃん、それじゃあ、オレ達は帰るよ。………手紙、大事にしてくれ」

「はい!………その、60年後のあの子に、紗椰に。私が先に死んじゃっても、ずっと側にいるから!って、伝えてもらっても、いいですか?」

 そう絞り出すように言った嬢ちゃんからは、確かな決意と、少しの心配が感じられた。

「…あぁ、勿論だ」

 その返答に、嬢ちゃんは優しく微笑んだ。

「…ありがとうございます。未来のあの子を、どうかよろしくお願いします」

「はい。僕とヴェルレさんで、必ず」

 手紙も届けたし、嬢ちゃんから伝えたいことも聞けた。

 ………この時間でやり残したことはないな。

「ミナト。少し離れたところまで移動しよう。ここにいるべきじゃないしな」

「………そうですね。………さようなら、怜那さん」

「あぁ。じゃあな。嬢ちゃん」

「………はい」

 次の角に人がいなければ、そこでいいか。

 あまり人前で人ならざる力を使って怖がらせるのはよくないからな。

「あの、ヴェルレさん。どうして、60年後なんて嘘を?」

「ん?あぁ。あそこで、少し先の、とか、時間が分かりかねないことを言うと、対策が出来るんだ。例えば、来月の1日に車に轢かれて死ぬ、って言われたとしたら、お前さんはどうする?」

 しかも、それを言ってくるのは予言者でもなんでもなく、自称『未来人』だ。

 しかも、その証拠と言わんばかりに、未来からの手紙まで携えて。

「それは………轢かれないように、1日家から出ませんね」

「だろう?それによって未来が変わらないように、どうしても必要なら嘘をつかなきゃならない。………そうだろう?占い師さん」

「あれは…その…ミラジュなんて聞いたこともない種族、言わない方がいいかなって………」

「そうだな。その方がいいかもな。勿論、必ずしもそうとは限らないけどな。………よし、ここらでいいか」

 過去へ向かう魔法陣よりも、少しだけ紫色が強い魔法陣。

 過去から未来に繋がる、記憶の架け橋。

 収束していく記憶達。

 さあ────────………今へ、帰ろう。


☆☆☆


「そう、ですか。あの子、ずっと、私といてくれてるんですね」

 瞳に大粒の涙を湛えながら、嬢ちゃんは呟いた。

「………あぁ。そうらしいな」

「………えぇ」

 嬢ちゃんに、嬢ちゃんの友達から言われたことを伝えた。

 丁重に、軽くも、重くもならないように。


「………その、ありがとうございました。私、ちゃんとあの子の分も生きようと思います。あの子が、ここにいるのなら」


 もう一度、ありがとうございました、と言って、嬢ちゃんは扉の向こうに消えていった。

「………どうやら、ずっといるみたいだな」

「………はい、そうですね」

「なんだ、気付いてたのか」

「ええ、まあ。ずっと、記憶の欠片が舞ってるんです。あの方の周りに。多分、記憶を補ってくれてるんじゃないですかね」

「そうだな。嬢ちゃんが全て忘れないように、ずっと近くで、補助をしてるんだろうな」

 そう。近くにずっと、嬢ちゃんの友達は………怜那さんはいた。

 ここに来るより、多分ずっと前から。

 ………まぁ、だからなんだといえば、それっきりだけどな。

 60年後と嘘をついた理由も、多分あの友達なら理解ってくれるだろう。

「………いい仕事ですね」

「はは、急にどうしたんだ?最初全く信用してなかっただろう?」

「自分の店消し飛ばされた挙げ句過去探られたらそりゃあ信用しませんよ。……そうじゃなくてですね。人の記憶とか過去とか、触れることも、それが生きる理由になるようなことにも、出会ったことなんてなかったですから」

「………そうか。まあ、そう思ってくれるだけで嬉しいよ。んじゃあまあ、今日からよろしく頼む、ミナト」

 嬢ちゃん来てくれて助かったな。

 来てくれなければ散々警戒されるだけされて終わってたかもしれないしな。

 そんなことを思っているとは多分知る由もないミナトが、先程ここにきたばかりの時とは打って変わり何処か晴れやかな顔をした。


「はい!よろしくお願いします、ヴェルレさん」

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