第壱章 道中の村編
第弐話 爺なのに女の子な儂
『
家屋は瓦屋根を戴く木造建築。雨季の湿気を換気する為に障子は大きめに作られている。石畳はなく、田舎でも都会でも路面は土を均した程度だ。王都に行けば、王城の屋根には
そんな独自の文化を育む地でも、魔王と勇者の対立はある。魔王軍が民草を蹂躙し、それを勇者が成敗し、平穏をもたらす。何十年か何百年か後に魔王が復活し、再び民草を襲う。そのサイクルを繰り返していた。
今は当代の魔王が討ち倒され、人々は仮初の平和を謳歌している。そんな国に儂はいた。今、滞在しているのは国の村の一つだ。
「師匠、
目の前の建物が一人の少年が出てくる。掻き上げた黒髪に青眼の少年だ。
「うむ。御苦労じゃった、
「でも、いいんですか? 師匠とオレが同じ部屋で……」
「
「い、いえ、別に……」
我が弟子――鞍馬が顔を赤くして俯く。ははあ、こやつ、今の儂が女人だからって恥ずかしいのか。中身は爺だというのに初々しい反応じゃのう。
まあ、どうでもよい事ではあるか。それより、
「では早速聞き込みを始めるぞ。情報収集は旅の基本じゃ」
「はい!」
鞍馬を引き連れて村の散策を始める。酒場があればよかったのだが、残念ながらこの規模の村に酒場はない。情報が欲しければ足を使うしかない。
「儂を女人にした妖魔――あの
◇
この儂――鬼一斎は勇者一行の一員である。
勇者に武術の腕を買われて、魔王討伐の旅に加わった。死闘に次ぐ死闘であったが、勇者の尽力もあって見事に勝利。魔王は撃破された。
その後、国王から報奨金を頂戴し、目的を達成した事で勇者一行は解散。儂は一人、終の棲家としていた辺境の庵へと帰る途中だった。たまたまた立ち寄った村では幼子らが妖怪にさらわれたという事件が起きていたので、義侠心から下手人が潜む洞窟へと赴いた。
その判断が甘かった。一人でどうにかなると過信したのが運の尽きだった。妖魔は当人自体の戦闘力は然程高くなく、苦戦はしなかったのだが、錬丹術師であったのが厄介だった。
錬丹術師とは簡単に言えば、色んな道具を作る役職の事だ。様々な薬品を開発・保持していた奴は逃走間際に幾つかの薬瓶を投げつけてきた。それを回避すればよかったものを、敵を取り逃す事を恐れた儂は突き進み、素手で薬瓶を破壊してしまったのだ。
「その末路がこれとは。魔王を倒して知らず知らずの内に浮かれておったか。この未熟者めが」
小さくなった我が手を見下ろして嘆息する。
妖魔が投擲してきた薬は『反転薬』という。魂魄に干渉し、陰陽を逆転させ、肉体を変質させる魔法の薬だ。ざっくばらんに言うと、性質を逆転させる効果がある。儂が浴びた薬液は以下の三つだ。
『老いと若いを反転させる薬』、
『強いと弱いを反転させる薬』、
『男性と女性を反転させる薬』だ。
その結果、老人然としていた儂の肉体は幼き乙女へと変貌してしまったのだ。
元々は手指や顔には深いしわが刻まれ、頭髪も髭も真っ白に色落ちしていた。それが白髪は変わらなかったが、髭もしわもなくなった。身長も縮み、大樹のように鍛え上げてきた手足は野菊の茎のように細くなってしまった。女体となった事でほんの少しだけだが乳房が膨らみ、逆に股間の膨らみは消滅した。今の儂の姿を見て鬼一斎だと見抜ける者はいるまい。
……ああいや、胸回りはむしろ小さくなったかな。胸筋的な意味で。それはともかく。
「はあ……困ったのう……」
この肉体では刀を振るう事すら叶わない。刀の重みに腕力が耐えられないのだ。かつては『剣聖』と呼ばれていた儂が何とも情けない有様だ。
「おまけに妖魔も取り逃がしてしまったしのう……情けなし。情けなし」
弱体化した儂の隙を突き、敵はまんまと逃散せしめた。全くもって己が嘆かわしい。幼子達を無事に村に帰してやれたのだけが救いだ。
幼子達は新薬の材料兼実験体としてあの妖魔に集められていたらしい。鬼畜外道の極みである。断じて許してはならない存在だ。
このままではいられん。あの悪鬼めを捕らえ、儂を元の姿に戻すよう強いらねばならん。そもそも子供をさらうような奴を野放しにしてはおけん。そう決意し、今はこうして
「……とはいえ、この肉体でどこまでできるか」
こんな弱々しい肉体でどこまであの妖魔を追い詰められるか。否、そもそも追い付く事ができるのか。不安の種は尽きない。
「そうそう。もう一つ面倒な事があったわい」
「? 師匠?」
「ああいや、何でもないわい」
ぶつぶつと回想していたら、前を歩いていた鞍馬が怪訝な顔でこちらを覗き込んできた。
面倒事というのはこの少年――
幼子達を救出する際に一緒に助けたが、今は儂の弟子としてこの旅についてきている。元々は剣術修行の為に旅に出た身らしい。それが儂と出会った事で儂に弟子入りしたいと申し出てきたのだ。
普段なら弟子は断っているのだが、弱体化した身で単独行動を続けるのは無謀が過ぎる。故に儂の旅についてくる事を条件に弟子入りを許可したのだ。
とはいえ、護衛としてはあまり期待していない。何故なら、
「ひえっ! 犬が噛み付いてきた! たす、助けて、助けて下さい、師匠!」
ちょっと目を離した隙に野良犬に追い掛け回される我が弟子。
何故ならこやつは圧倒的に弱いからだ。弟子入りしたばかりでまだ大した修行も施していない。近接戦闘力は魔物ですらない野良犬にも劣る。犬に負ける程度の奴に護衛など任せられる筈がない。
「はあ……前途多難じゃわい……」
己が現状を顧みて、改めて儂は溜息を吐いた。
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