ちぐはぐアーツ ~TS爺さんと侍になりたい陰陽師~
ナイカナ・S・ガシャンナ
序幕
第壱話 猪なのに空を飛ぶ
巨大な猪が宙を飛んでいた。
体高が大人の倍はあるだろう猪の妖怪だ。その突進は牛を簡単に轢き殺し、太く長い牙は人体を容易く貫く。そんな凶暴極まりないケダモノが軽々と空中で弧を描いていた。
妖猪は自分の意志で飛んでいるのではない。投げ飛ばされたのだ、この
だが、誰に想像できようか。彼女こそがこの国における最強の剣客と謳われている事実を。
『剣聖』、『武神』、『仙人』――数々の二つ名は男を讃える為にあった。その二つ名のいずれにも相応しい実力を男は持っていた。
それが今はこの有様だ。だが、それでもなお妖猪を投げる程の技量を男は有していた。
妖猪が木々を落下して圧し折る。ここは森林の只中だった。鬱蒼と樹木が生い茂る中、この妖猪が襲ってきたのだ。それをこの男――否、この少女が投げ飛ばした。
落下した衝撃で妖猪は死んだ。過剰な自重が猪の骨を砕き、自らの内臓を潰したのだ。息絶えた猪を少女は冷徹な瞳で見やる。
少女は一人ではなかった。少女の傍らには少年がいた。年の頃は十五歳。元服を迎えているが、その童顔はまだまだ未熟さを感じさせる。猫目の瞳は湖畔の如き透き通った青色だ。癖の強い黒髪を掻き上げて額を覗かせている。
少年は妖猪を投げた少女を愕然とした顔で見ていた。だが、その瞳の奥には確かに尊敬と渇望の光が輝いていた。
ここは魔法世界カールフターランド。地球ならざる異世界。剣と魔法を文明の基盤とし、機械工学の発展を拒絶した世界。『勇者』と『魔王』が幾千年もの間、戦いを繰り広げている世界。血を血で洗い、肉を肉で拭い、骨を骨で
そんな世界の住人でありながら二人の格好は洋服ではなかった。スカートでもなければシャツでもない。軍服でもなければメイド服でもない。マントでもなければローブでもない。ましてや中世ヨーロッパよろしく
和服――いわゆる着物だ。腰には少女が小太刀、少年が打刀と脇差の二本を携えている。全身くまなく和風一色だ。
これは異世界なのに和風ファンタジーを舞台に、
中身は武闘派爺なのに
陰陽師なのに侍になりたい少年が展開する物語である。
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