第参話 麦飯定食なのに飴玉

 四刻後。粗方村人達から聞き込みを終えた儂らは宿屋に戻ってきていた。宿屋の一階には食事処になっており、儂ら以外にも村人達がちらほらと食事を取っていた。


「麦飯定食」

「オレも同じのをお願いします」


 適当に空いている席に座り、店員に料理を注文する。店員が下がった後、鞍馬が話を切り出した。


「件の妖魔――錬丹術師の行方については結局分かりませんでしたね」

「そうじゃな。まあ、いきなり見つかるとも思っておらんかったが」


 そんなすぐに足取りが掴める程、世の中は甘くない。こんな小さな村では情報を得られない事など想定の範囲内だ。元より街道沿いの村という事で寄った程度だ。期待はしていなかった。


「やはり情報を得るにはもっと大きい街に行くしかないのう」

「大きな街であれば酒場に情報屋、がありますからね」

「うむ。人相書き屋に手配書を作って貰うという手も使えるしのう」

「ぱっと見で分かり易いものがあれば情報の確度は段違いですからね。それと、魔王軍の残党が他の村々を襲っているっていう話も聞きました。この村もいつ襲われるか不安で仕方がないと」

「……是非もないのう」


 儂ら勇者一行は確かに魔王を倒した。しかし、妖怪妖魔その全てを倒した訳ではない。生き残った奴らは居城を捨てて散り散りに逃げた。準備もなく逃散して物資が持つ訳がない。その不足した物資を通りすがった村々からしているのだ。


「そこまでする義理はないとはいえ、少々後悔を感じるわい」

「師匠が残党を取り逃していなければ――って事ですか? いやでも、それは物理的に無理でしょう。魔王を相手しながら残党も出さないようにするなんて」

「まあのう……」


 魔王を倒すのが何よりも優先すべき使命だった。余計な事をしている余力などありはしなかった。こちらに向かってくるならともかく逃げる魔物まで追える余裕などある筈がない。残党が出るのは避けようがない。

 人間、目に映る全ての者を救う事はできない。ましてや目に映っていない者まで気に掛ける事など不可能だ。原因ではあるが責任はない。それでも「もっとどうにかできたのではないか?」と思ってしまうのだ。


「へい、おまちどお」


 などと会話をしていたら店員の女性が料理を運んできた。割烹着かっぽうぎで身を包み、後ろ髪を掻き上げたうら若い女性だ。麦飯にとろろ、牛タンに味噌汁が乗せられた盆が卓に並べられる。牛タンを提供できるという事はこの辺りでは牛の畜産が行われているようだ。


「お客さん方、まだそんなに小さいのに旅しているのかい?」


 皿を並べ終えた店員が話し掛けてきた。突然の気さくっぷりに少々面食らうが、田舎で店員と客が談笑するのはよくある事だ。


「うむ、人捜しと剣術修行の為にな」

「二人だけかい? 親御さんは?」

「ちと事情があってな。二人旅じゃ。何、心配は無用じゃ。こう見えても儂の方は旅慣れしておるでな」

「へえ、そいつは偉いねえ」


 どこまで信じているのか分からないが、店員は感嘆の反応を返す。ややあって懐から小瓶を取り出した。


「そんじゃあそんな偉いお二人にはお姉さんがおまけをあげようかね」

「これは……飴玉か」


 店員が取り出したのは紙で個包装された飴玉だ。この商品は都で見た事がある。包装の中には直径一寸以下の飴玉が入っていた筈だ。


「よいのか? この辺りだと甘い菓子は貴重品じゃろう?」

「勿体ながって食べていたら賞味期限が近くなっちまってね。貰ってくれると助かるよ」

「そういう事なら……感謝するぞ、お嬢ちゃん」

「おう、ありがとな、姉ちゃん!」

「お嬢ちゃん? ……ああいや、どういたしまして」


 店員が盆に一つずつ飴玉を乗せていく。正直、としては麦とろ飯とは食べ合わせが悪いと思うのだが、まあ個包装されているのだ。あとで食べればいいだろう。


「おぅい、みりんが足りないからちょっと酒屋に買いに行ってきてくれ」

「あいよ。そいじゃお客さん、ごゆっくり」


 店員が店長に促されて店を出ていく。この村には酒場はないが酒屋はあるのだ。立ち去る店員の背を見送り、麦とろ飯に手を付ける。牛タンの塩加減が実に美味である。


「もぐもぐ……。剣術修行といえば、師匠。いつオレの稽古を付けてくれるんですか?」

「そうじゃな……もぐもぐ。もう少し腰を落ち着ける場所でやりたいところじゃが……」

「ええー。いいじゃないですか、ちょっと技の一つや二つ教えて貰うくらい」


 馬鹿者、何がちょっとくらいじゃ愚か者め。


「素人のお前は技の前にまず基礎をその身に叩き込まねばならん。土台が確かでなければどれだけ堅牢な砦であろうも容易く倒壊するというものじゃ。付け焼き刃の技なんぞ実戦では通じんと思え」

「うっ……はぁい。……もぐもぐ」


 しゅんとなる鞍馬。だが、その表情は不満を隠しきれていない。全く最近の若者は派手さにばかり目が行きおって。とはいえ、あまりくどくど説教しても鬱陶しいか。仕方のない奴だ。


「では一つだけ、剣術の極意を教えてやろう」

「えっ!? 何ですか、そんなのあるんですか!?」


 うむ。それは、


「一刀両断じゃ」


 刀は薄い。厚さ数ミリもない鉄の板に過ぎない。しかし、この薄い板が肉の間に挟まるだけで、挟まれた先の機能は失われる。それが『断つ』という意味だ。

 無論、刺突も防御も剣術においては重要だ。だが、それらはあくまで斬る為の前段階に過ぎない。斬撃こそが刀剣の基本にして奥義だ。切り裂き、命を断絶する事こそが斬り合いの本命である。


「刀剣での戦いは先に斬ったもの勝ちになる。指や腕を斬られれば刀を握れなくなり、脚を斬られれば移動を封じられる。胴を斬られれば半身を失い、首を斬られれば全身を失う。ま、当然その前に絶命じゃがのう」

「成程」

「無論、相手とて容易く斬らせてくれる筈もない。故に小手先の技が必要になるという訳じゃが、最終的な目標は変わらん。一刀両断、一撃必殺。突くのも躱すのも受けるのも全ては斬撃の切っ掛けに過ぎぬ」

「……分かりました。さすがです、師匠」


 鞍馬が目を輝かせて頷く。うむうむ、どうやら機嫌は直ったようだ。これで次の街に行くまではその素直さもつだろう。

 安堵して箸を進める。その時だった。


「きゃああああああああああーっ!」

「!?」


 突如として村に悲鳴が響き渡った。何事かと儂らは顔を見合わせると、食事の手をやめて宿屋を飛び出す。悲鳴が聞こえた方角へと目を向けるとそこには、


「ちっ、しけた村だなあ。碌な獲物がいやしねえ」


 鳥の妖怪がいた。

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