第3話 氷閃

明朝、三人は田中が運転するセダンで清南魔法学園に向かっていた。

 「やっぱりおかしい。清南魔法学園は国内随一の魔法学園…。先生も一流教師なはずですよね」

 正太郎は助手席で資料をパラパラ見ながら言う。

 「ああ、魔法省や民間の大手で活躍していた人が多い。この人なんかは俺の同期で元Aランク職員だ」

 そう言って、山中と書かれた人物の資料に指さした。

 「かちょー、運転に集中してよ」

 「まぁまぁ、ヒカル、俺の運転技術をなめてもらっちゃ困るな」

 そう言った瞬間、セダンがぐいっと加速した。


 正太郎はため息をつきながら、再び資料を読み返す。


 山中 宏

 二十年前に魔法省に入省。

 その後、中部管区で実務経験を四年積み、十六年前に関東管区犯罪特務課第一部隊に入隊。

 六年前に第一部隊隊長に就任するも、一年後に魔法省を退職。一年前まで民間の魔法会社に勤めるも、そこも退職し、現在は清南魔法学園の補助魔法の講師をしている。


だいたいそのようなことが書いてある。


 「この民間の魔法会社ってどこなんですかね」

 「さぁな、ただ民間ってのは健全なものから法律すれすれのもの、いや、アウトのものまでいろいろあるからなぁ」


  キィィィ――ッ!!

 金属が軋むようなブレーキ音を残して、セダンが大通りの交差点中央で急停止した。

 正太郎は前に傾き、光は後部座席でバランスを崩した。

 「ちょっ、何!?」

 光が身を乗り出した瞬間、目の前に黒のワンボックスカーが3台、ぴたりと道を塞ぐように止まっていた。

 そのすべてのドアが同時に開き、黒のスーツを身に着けた戦闘員たちが無言で降りてくる。

 その数、およそ十名。

 全員の左胸には金色で刺繍された「Ⅰ」のエンブレム。

 第一部隊――魔法省屈指の魔法戦闘チーム。

 正太郎は、瞬時に状況を理解した。

 「課長!あの人……一ノ瀬です!」

 正太郎が指差した先、車列の中心に立つ男。

 背は高く、だらしなくネクタイを緩め、ポケットに両手を突っ込んだまま、眠そうな目でこちらを見ていた。

 「……ったく、朝から動かされんの、ほんとダルいんすけど」

 一ノ瀬誠司。第一部隊の現隊長にして、魔法省Aランク職員。

 「柊課長から“生活安全課が勝手に動いてる”って通報きたんでー、すみませんけど今日はここで帰ってもらえます?」

 その声には怒気も威圧もなかった。

 ただ淡々と、事務的に。

 それがかえって、ぞくりとするほどのプレッシャーを放っていた。

 「課長……まずいです。あの部隊、構成員全員がCランク以上。僕らじゃ……勝ち目がありません」

 正太郎が息を呑む中、後部座席のドアがバチンと開いた。

 「それは……やってみなきゃ分かんないでしょ?」

 光が静かに車外に出た。制服のポケットから、銀と青の輝きを纏ったアークバトンを抜き取る。

 その瞬間、空気が変わった。

 第一部隊の隊員たちが同時に構えに入る。

 だが――その動作すら間に合わなかった。

 「――氷閃」

 光のつぶやきとともに、アークバトンの先から弾けた魔力が冷気となって拡散する。

 一瞬で、交差点一帯の温度が落ちた。

 バキィィィンッ!!

 ほとんどの第一部隊員が、その場で氷柱に包まれて硬直した。

 「なっ……!?」

 凍りつく音とともに、一ノ瀬の眠たげな目がほんの少し見開かれた。

 「正太郎、見たろ。ヒカルは俺らの比じゃないって」

 田中がセダンの陰から、どこか誇らしげに笑って言った。

 「でも、捜査本部とやりあうのはヤバいですよ!このままじゃ魔法省まで辞めなきゃならならなくなりますよ」

 正太郎の声が焦燥に震える中、交差点は完全な戦場の空気に包まれていた。


 残った三人の隊員が一斉にバトンを構える。

 光はすぐに、反対車線の電柱を踏み台に跳ね上がり、宙返りしながら《氷閃》を連続して三発放つ。

 「氷閃」

 氷の閃光が鋭い刃となって空を裂き、三人を狙う。だが、隊員たちは瞬時にそれを回避する。

 ――さすが第一部隊、全員が戦闘のプロだ。

 正太郎はそれを見ながら感心している


 「困るなー、こんな街中の交差点で魔法なんか使われると」

 一ノ瀬が片手で前髪をかき上げながら、軽い口調で言った。

 「陳、三条、そっちの二人は任せた」

 

 陳と呼ばれた大柄の男が地を蹴って突進し、正太郎を目掛けて一直線に走ってきた。

 正太郎はすぐにアークバトンを構え、警戒しながら連続で魔力弾を撃ち込む。

  ダダダダダダダダダダッ――!

 魔力弾が閃光となって陳を襲うが、彼は紙一重でかわして前進を止めない。距離が詰まる――!

 「ヤバ……ッ!」

 その瞬間、轟音と共に衝撃が走った。

  ――ドッカァァァン!!!

 吹き飛んだのは、陳だった。数メートル先の街路樹に激突して崩れ落ちる。

 「おーい、大丈夫かー?」

 のんきな声が聞こえたが、振り向いた正太郎の目に映ったのは、冷酷な眼差しの田中課長。

 左手に構えたアークバトンの先端が、まだ煙を上げていた。

  ――二刀流⁉

 正太郎は息を呑んだ。田中は同時に右手のバトンで、もう一人の隊員――三条とも拮抗している。

 「課長、ありがとうございます!」

 「おい正太郎、感謝は後だ。後ろ!」

 見ると、さっき吹き飛ばされたはずの陳が立ち上がっていた。右腕から血が流れているが、その眼光は鋭く光っている。

 「おい、ハル、回復頼む」

 「はいはい、わかったよ」

 三条は田中との交戦を切り上げ、素早く陳のもとへと後退する。そして手をかざし、回復魔法の光が陳を包む。

 「なに……!? 回復魔法だと!?」

 田中の目が見開かれる。

 「お嬢ちゃん、水魔法だけじゃなくて回復魔法も使えるのか?」

 「お嬢ちゃんって、セクハラですよ」

 三条が冷たい目で田中を睨んだ。

 「てか陳さん、突進しかできないって脳筋すぎます」

 「すまん、まさか相手が二刀流とは思わなかったんでな」

 陳は苦笑して頭をかく。


 「隊長ー!魔力、もうないですー!」

 三条の声が響いたが――

 光と一ノ瀬は、まるで聞いていない。

 二人の魔法が交差点の空間を切り裂き、氷と炎が何度も激突する。周囲のビルの窓ガラスが、次々と砕け散っていく。

 「大変だ。このままじゃ、ここ一体が更地になるぞ!」

 田中が声を上げる。

 「おい、ヒカル!戻ってこい!」「光君!」

 セダンの影に身を潜めた田中と正太郎が声を張り上げるが、光の耳には届かない。

 「隊長、このままだと――国家公務員が都内の交差点を更地にした、ってニュースになりますよ。さすがにクビじゃ済みません」

 陳が言う。

 「マジ⁉ それはふつーに困るな…」

 一ノ瀬はため息をつくと、光の氷魔法を受け流しながら交差点の中心を離れ始めた。

 「おっしゃ、全員撤退」

 そう言って一ノ瀬は光と交戦しながら車まで戻り、早々に一人で退散していった。

 氷漬けになった仲間たちを、陳が炎魔法で溶かして回収する中、三条も一足先に車に乗って去っていった。

 「おい三条、残りの人数見ろよ!一台じゃ乗り切らんぞ!」

 陳が叫ぶが、

 「ごめーん、そんなビショビショの人たちと乗りたくない」

 そう言って、黒のワンボックスカー二台は交差点を離れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法省の左遷先、生活安全課へようこそ。 りきまる @Rikimaru0828

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ