『潜入! 勇者軍攪乱大作戦』

「――で、なんで私が勇者軍に潜入する係なんですかぁ!?」


勇者に奪われた魔王城からほど近い森の陰、俺とリリスは隠れて最終確認を行っていた。俺は静かにため息をつき、リリスの抗議をなだめるように答える。


「仕方ないでしょう、魔王城の内部構造を誰よりもよく知っているのは貴方なんですから。それに、あなたが潜入した方が勇者軍の油断を誘えます。勇者たちはまさか、魔王本人がこんな無謀な潜入を仕掛けてくるとは思わないでしょうから」


リリスは不安げにさらしをぎゅっと握りしめている。彼女の胸元は、あまりにも豊満すぎるため、普通の服では勇者軍兵士に扮することは難しい。そこで仕方なく、きつきつのさらしを巻きつけて胸を強引に押さえ込んでいるのだが、それでも多少目立つ。


「でも、このさらし、すっごく苦しいんですよぉ! 胸が潰れちゃいそうですぅ……」


「我慢してください。あなたが勇者軍に気づかれずに紛れ込むには、このくらいがちょうどいい。いいですか? 今回の作戦の肝は、勇者軍の混乱を最大限に引き起こすことにあります。あなたは兵士のフリをして、食料庫の鍵を壊し、武器庫の報告を混乱させ、偽の指示を出して勇者軍を錯乱させるのです」


「うぅ……分かりましたぁ。やってみますけど、失敗したら許してくださいね?」


リリスはぎこちなく立ち上がり、胸を無理やり押さえつけたまま、勇者軍の兵士が脱ぎ捨てていった鎧を何とか装着した。見るからに動きづらそうだが、勇者軍兵士が何人か紛れ込んでいる魔王軍の残党と見間違えるには十分だった。


「大丈夫です。仮説と検証を繰り返しながら、作戦は修正していきますから。重要なのは臨機応変に対応すること、そして混乱を長引かせることです」


俺は彼女の肩をポンと叩き、真剣な目で見つめた。


「リリス様、自信を持ってください。あなたならやれます」


「は、はいぃ……がんばりますぅ!」


リリスは頷き、小さく深呼吸すると、魔王城の城門へと向かって走り出した。


【魔王城・内部】


魔王城内部は勇者軍によって混乱していた。兵士たちはあちこちに散らばり、慣れない魔王城の管理に右往左往している。その中に、鎧姿のリリスが勇者軍の兵士に混ざり込んだ。


「あっ、きみ! 食料庫の鍵が開かないんだが、どうなっているんだ!?」


「えっ、そ、それは……あの、鍵が折れちゃったみたいでしてぇ……」


リリスがたどたどしく答えると、勇者軍の兵士が驚いて叫ぶ。


「なんだって!? 他に鍵はないのか!」


「あ、ありますけどぉ、それは武器庫にあるって聞きましたぁ」


「なぜそんなところに……とにかく、すぐに鍵を取りに行くぞ!」


兵士が焦りながら駆け出していく。リリスはほっと胸を撫で下ろしたが、胸元のきついさらしのせいで思わず苦しそうな顔をした。


「うぅぅ……胸が苦しいですぅ……」


しかし、安心している暇はない。参謀(俺)の指示通り、次は武器庫の報告の混乱を狙わなくてはならない。リリスは息苦しさをこらえつつ武器庫へと走った。


武器庫前では兵士数人がすでに困惑していた。


「報告書の数が合わないぞ! 槍が足りないって報告があったが、数えてみたら余っているじゃないか!」


「いや、それよりも剣の数がおかしいぞ!」


その様子を見て、リリスは内心でほくそ笑む。参謀が仕込んだ偽の報告がうまく働いているようだ。


「あ、あのぉ、隊長が剣を東の見張り塔に持っていくようにって……」


リリスは小声で不安げに嘘をついた。兵士たちは完全に混乱し、わけが分からないまま動き回っている。


【魔王軍・臨時本部(森の陰)】


一方、俺は森の陰で報告を待っていた。混乱が拡大しつつあることを伝える魔導通信が入り、俺は満足げに頷いた。


「仮説通りだ。勇者軍はマネジメントの混乱によって、戦略的意思決定が大幅に遅れる。そこを突く――」


俺は魔王軍の再編成を着々と進めている。魔王軍の兵士たちにも短期間で特訓を施し、少数精鋭部隊を作り上げていた。作戦の成果が現れ始めている今、最大限の効果を狙って勇者軍の混乱を増大させなければならない。


「あと一押しだな……リリス様、頼みますよ」


【魔王城・武器庫前】


しかし、リリスの方では問題が起きていた。


「きみ、ちょっと待て! その鎧、なんか変だぞ?」


「あ、あのぉ……何のことですかぁ?」


兵士の一人が怪訝そうにリリスの胸元を指差す。さらしの隙間から、無理やり抑え込まれた豊満な胸が僅かに見えてしまっていたのだ。


「そんな豊満な兵士、ウチにはいなかったはずだが……」


「ぎくっ!」


リリスは冷や汗を流しながら、一歩後ずさった。勇者軍の兵士たちがリリスを囲み始める。


「――おい! こいつ魔王じゃないか!?」


「しまったですぅ! 参謀さぁぁん!」


叫び声を上げながらリリスは走り出した。


作戦は順調に進んでいるかと思われたが、どうやら新たな修正が必要になりそうだ。


俺は通信機から漏れるリリスの悲鳴を聞きつつ、深い深いため息をついたのだった。

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