魔王城奪還作戦①
「はぁ……参謀さん、これから私たち、どうなっちゃうんでしょう?」
薄暗い洞窟の岩陰に腰掛けたリリスは、膝を抱えながら弱々しく呟いた。その顔からはいつものお気楽な笑顔が完全に消え去っている。彼女がポンコツなのは重々承知だが、こうまで落ち込んでしまうと、さすがに心配にもなる。
洞窟の外にはしとしとと雨が降っていた。俺たちは魔王城を勇者たちに奪われ、こうして一時撤退を余儀なくされている。
「リリス様、ご安心を。すでに次の策は立ててあります」
俺は静かに答えながら、洞窟の壁に広げた魔王城の地図に視線を戻した。こういう状況下では、冷静かつ的確なイシュー設定が何より重要だ。
『魔王城奪還』をイシューとし、そこから具体的にどう手を打つべきかを分解する。思考が迷走するときほど、問題をピラミッド構造に整理して俯瞰することが肝要なのだ。
「でも、もうお城は取られちゃいましたよ? いくら参謀さんがすごくても、もう勝てないんじゃ……」
リリスがぽつりと言った。ここで下手な慰めを言っても彼女の不安を解消することはできない。今必要なのは具体的で明確な計画――現状から勝利までの筋道を提示し、心理的安全性を取り戻すことだ。
「確かに、現状の戦力だけで正攻法の反撃は難しいでしょう。しかし、それはあくまで『城を奪い返す』というイシューだけに目を向けた場合の話です」
俺は淡々と続ける。
「勇者たちは確かに強力ですが、『魔王城を維持・運営する』という観点では初心者も同然。つまり、彼らは占領後の城内マネジメントという『新たな課題』に直面することになります」
リリスが目を丸くしてこちらを見上げた。
「マネジメント……?」
「ええ。彼らは今後、城内の秩序維持、兵士たちの統率、そして資源配分といった『日常的な課題』に忙殺されるはず。そもそも、魔王城は長期的に勇者たちが維持するには複雑すぎる構造ですからね」
リリスが不思議そうに首を傾げるが、構わず俺は続けた。
「彼らが新たな問題に直面して混乱している隙に、我々は短期間で戦力を再編成し、『迅速な奪還作戦』を展開します。勇者側が意思決定に迷っている間に攻撃すれば、最小限のリソースでも奪還の可能性は十分あります」
リリスは唖然とした顔をしながら言った。
「でも、そんな上手くいきますかぁ?」
「ご安心ください。戦略の基本は『不確実性を管理すること』です。勇者側は占領に成功したものの、その後のマネジメントに関する『不確実性』が非常に高い。そこで生じる混乱をこちらのチャンスとして活用するんです」
「参謀さんは、すごいですねぇ……」
リリスが目を輝かせながら感心しているが、正直まだ何も成し遂げてはいない。ただ、この困難な状況を冷静に構造化し、ピラミッド構造の頂点に『魔王城奪還』を置き、次の3つのサブイシューを設定しただけだ。
【イシュー】魔王城奪還のための短期集中作戦
├─(1)勇者側の『マネジメント課題』による混乱を誘発する
├─(2)短期間での戦力再編成と魔王軍の士気回復
└─(3)勇者側の心理的不安・選択肢の分散による意思決定スピードの低下を狙う
「まず、勇者側が直面する『マネジメント課題』は、わざとこちらから複数発生させることで、彼らのキャパシティをオーバーフローさせます。小さなトラブルを城内のあちこちで意図的に起こせば、彼らは全てを同時に処理できず、対応速度が落ちるでしょう」
「ええっと、城内のいろんな所でわざと問題を起こすんですかぁ?」
「はい、具体的には食糧庫や武器庫のカギを壊したり、見張り塔からの報告を遅延させたりといった地味な妨害をします。相手はこうした些細な問題を処理するのに労力を割かれ、本質的な戦略判断が鈍ります」
「なるほどぉ……地味ですけど、効きそうですぅ!」
リリスが嬉しそうに頷くのを見て、俺も小さく微笑んだ。
「次に、戦力再編成ですが、これは限られた資源を最大効率で再配分します。全ての兵を平等に使うのではなく、最も士気が高く能力のある兵士を選抜し、『奪還部隊』として短期間で集中的に鍛えます。資源が少ない時こそ、『何をしないか』を決めるのが重要なのです」
「う、うん! わかりましたぁ……!」
リリスが真剣な顔で何度も頷く。
「そして最後に、勇者側の意思決定速度を低下させる心理作戦を行います。城内にさりげなく『嘘の情報』を混ぜ込むことで、彼らの判断を曖昧にし、不安を増大させます。そうすれば、最終的な奪還攻撃の際に、こちらの動きを正確に予測できなくなるはずです」
「さすが参謀さんです! ちょっと希望が湧いてきましたぁ!」
リリスがやっといつもの笑顔を取り戻した。俺は肩の力を抜き、微笑んで頷いた。
状況は確かに絶望的に見える。だが、どんな複雑な問題でも構造的に整理し、『仮説』と『実行』を繰り返していけば、必ず突破口は見えてくるものだ。
俺は地図を巻き取りながらリリスを見た。
「ここからが本当の勝負です。必ず魔王城を取り戻しますから、ついてきてください」
「はいっ、参謀さんを信じますぅ!」
洞窟の外では雨が上がり、薄日が差し込んでいた。俺はその光景を見ながら心に誓った。
――逆境こそが、参謀の真価を試す機会だ。今度こそ、本気の戦略を見せてやろうじゃないか。
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