勇者一行の侵攻②
廊下に響く悲鳴と怒号を背に、俺は即座に頭を切り替えた。
――まずは状況把握だ。制限時間はおよそ30分。できることは限られているが、それでもやれることは必ずある。
俺は魔王城の大広間にある巨大な地図の前にリリスを連れて行った。城内はすでに混乱の極みだが、今ここで必要なのは感情論ではなく、冷静な状況の整理だ。
「リリス様、いいですか? まず、敵の狙いはあなた――つまり魔王の討伐一点のみです」
「は、はいぃ……」
「つまり、我々が取るべき戦略は『時間稼ぎ』です。勇者がここに到達するまでの経路を考えると、彼らの移動ルートを限定し、防衛陣を効果的に敷けるポイントはここ、ここ、そしてここです」
俺は地図上の経路を迅速に指で示した。
「でもぉ……兵力が足りないですよぉ?」
「兵力は量ではなく配置と戦術で補えます。今は兵力の絶対数ではなく、いかに敵を遅延させるかが重要です。魔法を使える部隊を少人数で分散配置し、トラップと時間差攻撃で勇者たちを心理的に消耗させます」
リリスが目を丸くしてこちらを見つめる。
「心理的に……?」
「はい。人間の心理には限界があります。小さな嫌がらせを何度も何度も受け続ければ、どんなに強靭な勇者であろうと精神が疲弊します。彼らの精神的疲労を誘発し、戦力低下を狙うのです」
これはかつて俺が、過酷な戦場のようなプロジェクトを乗り越えた経験に基づく戦術だった。最前線で働いていた頃、理不尽な要求や微細なトラブルが連鎖して精神が磨り減るのを何度も経験した。その恐ろしさを、俺はよく知っている。
「それから、門の前には空のバリケードを複数置きます。実際には意味のない障害物でも、勇者たちに対しては『未知の罠』に見えます。これも勇者側の意思決定スピードを低下させ、進軍を遅らせることができます」
リリスがふむふむと頷き、無邪気に言った。
「すごいですぅ! 何だか頼もしくなってきました!」
「安心するのはまだ早いですよ。これはあくまで序章です。勇者を完全に撃退するには、もっと本質的な改革が必要になります」
俺がそう言った時、再び轟音が響き渡った。窓の外を見れば、今度は城門の近くで新たな爆発が起きていた。先遣隊の勇者パーティーの魔法攻撃らしい。
「報告! 正門前の哨戒部隊、全滅! 勇者、まもなく城門へ到達します!」
再び入ってきたゴブリン兵の報告に、リリスは顔面蒼白で膝から崩れ落ちそうになった。しかし俺は落ち着いて指示を飛ばす。
「正門は囮にします! 正面から入ってくる勇者は罠に嵌め、主力部隊は脇門から攻撃を仕掛ける。リリス様、あなたは安全な場所に避難を!」
「そ、そんな! 参謀さんはどうするんですかぁ!?」
「俺は指揮を取ります。戦況を見極め、次の一手を打つ。戦略とは生き物だ。状況に応じて常に再調整しなければなりません」
――これは『仮説』と『検証』のサイクルだ。限られた情報から迅速に判断し、行動に移す。そして即座に結果を評価し、仮説を修正する。この繰り返しだけが、混乱した戦場で生き残る唯一の方法だ。
俺は強く胸に誓った。
もう二度と、仕事に情熱を持ちすぎて壊れかけたあの過ちを繰り返すつもりはない。しかし、ここで俺が諦めれば、この魔王城に生きる全ての存在が失われるだろう。
「皆、配置につけ! リリス様を守ることだけを考えろ!」
俺が声を張り上げると、ようやく魔物たちが動き出した。狼狽していたゴブリンもオークも、スライムまでもが俺の指示に従い、一丸となって戦闘準備を始める。
混乱した空気は徐々に統率された秩序へと変わっていく。
この時、俺の心に一つの確信が生まれた。
――今まで培ってきた参謀としてのスキルは、まさにこの日のためにあったのだ、と。
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