第一章「現状把握と問題点の洗い出し②」
「まずは問題を整理しましょう」
俺はゆっくりと立ち上がり、魔王城の会議室中央へと進み出た。周囲にいた幹部たちが一斉にこちらを注視する。俺は、この視線に慣れている。こうした混乱した状況を整理し、冷静に課題を洗い出すのが、かつて俺が務めていた世界での役割だった。
「問題が山積みなのは明らかですが、すべてを同時に解決するのは不可能です。まず、全体像を掴むために、現状をいくつかの要素に分解します」
俺はそう言いながら、壁に掛かった黒板へ歩み寄り、チョークを手に取った。
「現状、我々魔王軍の課題は大きく分けて三つに分類できます。まずは『兵力不足』、次に『物資不足』、そして最後に『士気の低下』です」
言葉とともに、俺はそれぞれの項目を黒板上に並べ、枝分かれした図を描き始めた。課題を漏れなく、重複なく洗い出すことが思考整理の基本だ。これによって、目の前の混沌とした状況を、誰もが理解できる構造に落とし込むことができる。
「では、まず最初に『兵力不足』をさらに細分化しましょう。この問題は、『新兵が入らない』『兵士が脱走している』『戦闘での損耗が激しい』という三つの原因に分解できます。他に漏れはありますか?」
幹部たちが目を見開き、考え込むようにして互いを見つめ合った。一人が手を挙げる。
「魔物の士気が低くて、新たな志願者が集まらないというのもあるな」
「なるほど。士気の問題とも絡んできますが、兵力不足にも直接影響する要素です。よって、『士気低下による志願者不足』も追加しましょう」
幹部たちはざわめき出した。
「すごいな。こうして分類すると、我々が抱える問題が非常に明快になる」
「確かに……これなら何から手をつけるべきか見えてくるな」
そんな反応を聞きながら、俺は次のステップに移った。
「それでは、数ある問題の中でもっとも重要度が高いものを特定しましょう。重要度とは、『問題の深刻さ』と『解決した際の影響の大きさ』から判断します」
幹部たちは真剣な表情で頷いた。
「兵力や物資が揃っていても、士気が低ければ軍は機能しません。まず最初に解決すべきは、『士気の回復』です」
魔王リリスが目を丸くしてこちらを見た。
「で、でもぉ……士気って、具体的にどうやって回復させるんですかぁ?」
その質問は正しい。いや、むしろ鋭い質問だ。良質な質問こそ、混乱した状況を前に進めるための鍵となるのだ。
俺はゆっくり頷き、再び黒板へ向かった。
「良い質問です、魔王様。ここで、『自分たちでコントロール可能な要素』と『外部要因でコントロールが難しい要素』に分けて考えるのが有効です」
黒板にさらに枠を描き、説明を続ける。
「士気の回復において、我々がすぐに変えられる内部要素とは、具体的に言えば『魔王様自身のリーダーシップ』と、『兵士たちへの動機付け』です。一方で、外部要因である勇者軍の勢いや戦術などは、我々では即座にコントロールできません」
リリスは口を開けて俺を見つめ、幹部たちも驚いた表情を浮かべていた。
「で、でも、私にリーダーシップなんてありますかねぇ……?」
リリスが不安そうに呟く。彼女は明らかに自信を失っているようだった。
俺は一呼吸置き、穏やかに問い返す。
「リーダーシップとは、すべてを完璧にこなすことではありません。明確な方針を示し、仲間を鼓舞し、皆が目指すべき方向性を提示することが大切なのです。まずは、明快な『スローガン』を決めましょう」
「スローガン……?」
リリスは首を傾げ、周囲の幹部たちを見回した。
「はい。例えば、『勇者軍を倒して魔王軍を再興する』という、シンプルで分かりやすいメッセージです。短く明確であるほど、兵士たちに浸透します」
リリスはしばらく考え込んだ後、ぱっと顔を明るくした。
「あ、それなら、『勇者軍を倒せ!魔王軍復興!』はどうですか?」
幹部たちは一瞬唖然としたが、すぐに大きな歓声を上げた。
「いいぞ!分かりやすくて力強い!」
「魔王様、初めてそれらしいことをおっしゃった!」
リリスは照れ臭そうに微笑んだ。ひとまず士気回復の足掛かりはつかめた。次は具体的な施策、つまり動機付けの仕組みを決める必要がある。
「次は、兵士たちがやる気を出すような具体的な仕組みを考えましょう。ここで重要なのは、勇者軍と比べてどのような差別化を図れるか、という視点です」
幹部の一人が手を挙げる。
「勇者軍は給料もいいし、施設も整っているらしい。我々が差別化できる要素などあるのか?」
俺は頷きながら答えた。
「あります。勇者軍にはない我々の強みは、『自由度の高さ』や『やりがい』を与えることができる点です。例えば、優れた功績を挙げた兵士には特別な地位や待遇を与えたり、個々の魔物が自主的に戦略を提案できる仕組みを整えることもできます。魔王軍には自由な気風が必要です」
「確かに、それなら勇者軍とは差別化できるな……」
幹部たちの顔に希望が見え始めているのを感じた。
ここまで議論が進んだ段階で、俺は周囲を見回した。
「問題を整理し、優先順位をつけ、具体的な施策を決める。まずはここから始めましょう。大切なのは、これを確実に実行に移すことです」
幹部たちが深く頷く。彼らの瞳に、今までにはない自信と前向きな光が灯り始めていた。
魔王リリスもいつになく真剣な表情で俺を見つめ、小さく拳を握った。
「わ、私も頑張ります! みなさん、勇者軍を倒せ! 魔王軍復興です!」
部屋に大きな歓声と拍手が響き渡った。俺は内心ほっとしながら、参謀としての最初の仕事が無事にスタートを切れたことに安堵していた。
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