第3話:戦争の影
ネオ・ルミナから北東に百キロ、リオの故郷ヴィンドハイム村は小高い丘の上にあった。父が残した古い屋敷で、リオは静かな日々を送っていた。
戦争が勃発してから三ヶ月。世界は瞬く間に炎に包まれていた。アリアン帝国とセントラル連邦の対立は全面戦争へと発展し、両国の同盟国も次々と参戦していった。
リオは庭の小さな工房で、村の農機具の修理をしながら暮らしていた。時折、上空を飛行船が通過することがあった。それは彼の設計したウィンドフォージ型だと、一目でわかった。
村の郵便屋エドガーが新聞を持ってきたのは、そんな穏やかな午後のことだった。
「また首都が爆撃されたそうだよ、リオ」
エドガーは息を切らしながら言った。
「でも心配するな。おかげで私たちの飛行船が大活躍しているらしい」
リオは黙って新聞を受け取った。一面には、セントラル連邦の首都上空で爆撃を行うアリアン帝国の飛行船隊の写真が大きく掲載されていた。その先頭を飛ぶのは間違いなく、彼の設計したウィンドフォージだった。
「あんたが関わったプロジェクトだろう?村の誇りだよ」
エドガーは誇らしげに言った。
「ヘレンウェイ中佐の名前も出ているぞ。あんたの幼なじみだったな」
リオは返事をせず、新聞を開いた。アリスは今や「帝国の空の守護者」と呼ばれ、次々と戦果を上げていた。記事によれば、彼女の指揮する飛行船隊は敵の防衛線を突破し、重要施設への精密爆撃に成功したという。
「そうか...」リオは小さく呟いた。
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夜、リオは屋根裏から古い写真アルバムを取り出した。そこには少年時代の彼と、いつも笑っていたアリスの姿があった。二人で手作りの模型飛行船を飛ばしている写真、技術学院の入学式の日の写真—かつては同じ夢を追いかけていた。
窓の外で、遠雷のような爆発音が聞こえた。リオは暗い空を見上げた。戦争は、着実に彼の村にも近づいていた。
戦争は長引いた。一年が二年に、二年が五年に—そして十年近くが経過していた。
世界は疲弊していた。両陣営とも勝利の見込みは薄く、しかし降伏する勇気もない膠着状態が続いていた。破壊された都市、失われた命、荒廃した大地—戦争の爪痕は深く、おそらく数世代にわたって癒えることはないだろう。
リオの村も変わっていた。若者たちは次々と徴兵され、残されたのは老人と子供、そして傷痍軍人たちだけだった。リオ自身も一度は召集令状を受け取ったが、彼の技術者としての経歴が考慮され、村の重要インフラ維持のために残ることを許された。
彼は村の発電所の管理や、通信設備の保守を担当していた。また、時には怪我をした兵士たちのための義肢を作ることもあった。
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戦争の終わりが見え始めた冬の日、リオは薪を割っていた。突然、遠くからエンジン音が聞こえてきた。彼は反射的に空を見上げた。
それは小型の飛行船だった。しかし、どこか違和感があった。船体の形状は彼の知るウィンドフォージ型だが、軍用のものより小さく、装飾も少ない。何より、帝国軍のエンブレムがなかった。
飛行船は徐々に降下し、村はずれの空き地に着陸した。
好奇心に駆られた村人たちが集まってくる中、リオはその場に立ち尽くしていた。船体のハッチが開き、一人の人物が降りてきた。
長い軍服のコートを着た女性は、華奢だが凛とした佇まいをしていた。金色の髪は肩まで伸び、その端は戦場の火で焦げたかのように黒ずんでいた。胸には数々の勲章が輝き、その重みで少し前かがみになっているようだった。
「久しぶり、リオ」
十年ぶりに聞くアリスの声は、かつてのような明るさはなかった。
それは戦場で何度も叫んだ後のような、枯れた声だった。
リオは無言で斧を置き、家の中へと入った。アリスは躊躇いながらも、それを追いかけた。
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