お土産はロカッティで…

アオヤ

第1話

 「私、アナタが会社の社員旅行に行っていいって言った?」

僕の会社の社員旅行前日の夜、我が家のリビングは鬼嫁の一言でピリついた。

「あの… 会社の社員旅行は明日なんですけど…」

僕の一言に余計にイラついたらしく鬼嫁の言葉は止らない。

「なんで私が家事をして、子供達を保育園に送り届けて仕事に行かなきゃならないの? アナタが居ない間、全部私がやらなきゃならないじゃない! アナタだけ旅行でリフレッシュ出来ていいわね」

『全部私がって… 金曜日、土曜日、日曜日の予定だから大変なのは実質的には金曜日だけじゃないか?』

僕は声に出そうになるのを必死に堪えた。

鬼嫁が拗ね始めたらもう何を言っても止まらない。

僕は黙って頷く事だけに撤した。


 そもそも鬼嫁が拗ね始めたらのは僕が「会社の同僚はキャリーバックを新しく買ったみたいで羨ましい」と言ってからだ。

だって僕の旅行バックは何の飾り気も無い黒のボストンバッグでファスナーの辺りに綻びがある。

『折角旅行に行くのだから…』

と思う事は許されない事なのか?

旅行カバンを見る度に、まるでくたびれた僕自身を見ているみたいでなんだか惨めな気分になる。

でも、拗ねた鬼嫁の前で僕が何を言おうが聴いてもらえる余地は無い。

「明日は会社に5時集合だからもう寝るね」

鬼嫁の怒りがおさまって来た様なので、僕はくたびれたカバンを枕元に置いて布団に入った。


 翌朝、僕は家族を起こさない様に静かに身支度を済ませ家を出た。

会社には既にバスが来ていて羽田空港までは約2時間と見込んでいるらしい。

僕はコンビニで買ったおにぎりをバスの中で頬張る。

羽田空港までは余裕があると思っていたら事故渋滞にハマって到着がギリギリになってしまった。

羽田空港に到着し、出発時間10分前に空港ゲートを通ろうとしたら何故か止められた。

なんと飛行機の搭乗に間に合わないからダメだと言われる。

でも、僕の前に同僚が数人ゲートを通過していた。

団体客を分ける訳にはいかないという事で予定より遅れてもなんとか乗り込む事が出来た。

もし同僚がゲートを通過していなかったら僕達の旅行は羽田空港で『解散』になっていたかもしれない。

僕達の遅刻のせいで予定より遅れて飛行機は無事に? 

新千歳空港に向かった。


 新千歳空港へ到着し、そこでは目立ったトラブルも無くすんなりとゲートを通過出来た。

僕の勤める会社は小さな会社で20人位の団体旅行だ。

その20人位で50人乗り位のバス1台を借り切っている。

座席数は余裕があるので呑む人は後ろの方に座り、呑まない人は前の方に座る。

僕は酒酔い、車酔いするので前の方に座った。

バスが走り出して一段落したところで家族の事を思い出す。

昨日は鬼嫁に怒鳴られて今朝は声もかけないで出てきてしまったので、メールでも送ってみることにした。

『おはよう。無事に北海道に着いたよ。お土産は何がいいかな?』

鬼嫁は今日も不機嫌なのか少し不安だったが暫くすると返信があった。

『ロツカテイでお願いします』

僕は北海道土産といったら白い恋人だろうと思っていたので意外なリクエストに戸惑った。

ロカッティって何だ?

ゴディバ、ロイズみたいなチョコレートかな?

きっとイタリアの名車ドゥカティみたいな呼び方なんだろう!

たかがお菓子に僕の妄想は膨らんでいった。


 初めての北海道は見るモノ全てが新鮮でドキドキした。

高速道路を走るバスの外を眺めているだけなのにまるで違う世界に来たかの様に思えてくる。

北海道は街と街が離れていてその間は果てしなく田舎道が続いている。

今、目の前に広がる風景はまさにそんな感じだ。

バスは小樽に向かって高速道路をひた走っていた。


 バスの後ろに乗ったグループは早くも出来上がったみたいではしゃいでいる。

後ろで騒いでいた後輩の三澤が空いていた僕の隣りの席に来て座り込んだ。

「アオちゃん。今日の夜はすすきのに繰り出すよ」

三澤は普段から先輩の僕をちゃんづけで呼ぶ後輩だ。

でもまぁべつに僕を下にみている訳では無い様なのであまり気になっていなかった。

「ああ出掛ける時には声をかけてくれ」

「アオちゃんは丘野さんの事を丘野くんって言ってるよね? 丘野さんてアオちゃんより年上ですよね? 先輩にくん付けはおかしくないですか?」

三澤くんは近くに来るともう酒臭かった。

「丘野くんは僕の一つ年上なんだけど… 入社は僕の方が半年程はやいんだ。だからこの会社では僕の方が先輩になるんだよ。だからおかしくないだろう?」

…ソレを言ったら三澤くんの僕にちゃん付けの方がおかしいだろう?

僕の方が年齢も入社も10年ちかくはやいんだから…

この事を指摘しようとしたら、三澤くんは席を立ちさっさと後方の自分の席に移動していった。

僕はなんだか一人取り残された様な気分になった。


 バスの外に見える景色が市街地に変わってきた。

もうすぐ目的地の小樽だ。

ベネチアは水運の街と呼ばれている。

北海道の水運の街だったのが小樽だ。

ベネチアと小樽は同じ水運の街。

だからイタリアのお菓子がここで売られているのかもしれない。

僕は鬼嫁に頼まれたお土産、ロカッティをさっさと手に入れて後は気楽に北海道を楽しもうと思った。

小樽の運河の近くに商店街がある。

そこでならきっと売っているはずだ。

僕は何軒かお土産屋さんを覗いてはそれらしきものを探した。

でも見つからず、あるお土産屋さんで声をかけてみた。

「あの… ロカッティありませんか?」

でも、店員さんに「それ何ですか? ちょっとわかりません」と言われてしまった。

おいおい北海道の人なのに分からないのか?

もしかしてこのお土産、かなりレアな物なの?

頼まれたお土産が見つかるのかなんだか不安になってきた。

高級そうなロイズのお店で店員さんに声をかけると、やっぱり店員さんの頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えた。

僕は諦めずに次のお店を探した。

僕はLeTAO(ルタオ)という今まで聞いたことが無いお店を見つけた。

そのお店に足を踏み入れ、また店員さんに聞いてみる。

「ロカッティって置いてありませんか?」

店員さんはまた僕を不思議そうな目で見る。

仕方なく鬼嫁から送られてきたメールを店員さんに見せると何かピンと来たみたいで話しだした。

「ここには残念ながら置いてありません。百貨店ならば置いてあると思うんですが…」

やっと売っている場所の目処がつき、なんだかホットしたと同時に疲れが押し寄せてきた。

僕はお土産を苦労して探しだ自分へのご褒美にルタオのチョコを買い、自分自身に「お疲れ様」と声をかけ道路を歩きながらチョコを口にする。

それはなんだか僕には似合わない大人の味だった。


 僕は百貨店のお土産売り場へ向かう。

そこには白い恋人が山のように積上げられ売られている。

やっぱり北海道土産は白い恋人が定番だ。

少し離れた所に地味なパッケージのお菓子が置かれている。

『六花亭』

それを見て僕はかたまった。

そのお菓子は漢字で表記されていた。

ルタオやゴディバみたいな洒落たデザインでは無かった。

でも、『やっと見つけた』という想いと『穴があったら入りたい』という想いが入り混じった複雑な感情が湧き上がってきた。


 さぁ~社員旅行愉しむぞ。

今までの事は無かった事にしたかった。

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お土産はロカッティで… アオヤ @aoyashou

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