第14話 白衣の沈黙
――静かだった。まるで、嵐の前のように。
日曜の朝。病院のラウンジに、新聞の厚手の紙がぱさりと音を立てて落ちた。
見出しには、こう記されていた。
「帝都大学医学部附属病院、検査データ改ざん疑惑 補助金不正受給の可能性も」
記者の名前は、北村志保。
記事は事実を淡々と積み重ねていた。病院内の匿名職員の証言、検査装置のログデータ、異常な血液検査数値、さらには製薬会社との癒着の可能性まで――。
◇ ◇ ◇
「……やってくれたな」
月曜朝、副院長・須賀啓一の声は冷え切っていた。
院内には早くも動揺が広がり、複数の看護師や医師たちが「この記事、事実なのか」と囁き合っていた。
須賀は、その場で葉山光璃を呼び出した。
「この件、君が関わっていることは明白だ。事実と異なる内容で病院の名誉を著しく毀損した。ついては、本日をもって君を……」
だが、その言葉は途中で遮られた。
「待ってください、副院長」
静かに立ち上がったのは、検査技師長の柏原だった。
「私も、記事の情報源の一人です。検査機器のログには、明らかな改ざんの痕跡が残っていた。副院長、あなたが管理者権限でアクセスした日時と一致します」
さらに、病理医・青島が続く。
「私も協力しました。葉山先生が集めたデータは、医療の倫理に反する“犯罪”を明らかにするためのものでした」
須賀は、目を細めた。
「君たち……まさか、全員で私を潰すつもりか?」
「違います。私たちは、“嘘”を潰したいだけです」
光璃が、まっすぐに言った。
◇ ◇ ◇
午後、理事長室にて緊急会議が開かれた。
理事長の山城文子は、重々しい表情で語った。
「本件については、外部の第三者委員会により調査を開始します。また、須賀副院長には調査が終了するまで職務を停止していただきます」
院内に、ざわめきが走った。
葉山光璃は、何も言わなかった。ただ、長い沈黙がようやく“終わり”に近づいたことを感じていた。
◇ ◇ ◇
その夜。
帰宅しようとした光璃に、北村志保から一本の電話が入った。
「厚労省が、帝都大学医学部附属病院への補助金交付を一時停止したって。証拠が精密だったから、行政も動かざるを得なかった」
「……よかった」
「でも、これで終わりじゃないよ。この病院の“体質”は根深い。光璃先生、今後どうするの?」
光璃は、少し考えてから答えた。
「私は、ここで医者を続けます。まだ“救われてない”人がたくさんいるから」
「……強いな、あんた」
「違う。強いふり、してるだけです」
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