第13話 改ざんの方程式

 病院職員を対象とした年2回の定期健康診断。その“春期健診”がついにやってきた。


 葉山光璃は白衣の下に、密かに用意したICレコーダーとUSBメモリを忍ばせ、検査室の準備に向かう。


 副院長・須賀啓一が今回もデータを操作するのか、それとも何らかの“抑止力”が働くのか。


 事前に柏原技師長と打ち合わせた通り、検査装置のログデータは全てリアルタイムで外部にバックアップされるよう、特殊なルートで設定されていた。


 


 ◇ ◇ ◇


 


 午前9時。最初の検査が始まる。


 「被検者番号:0127 血液検査、心電図、肝機能項目すべて正常……」


 柏原が小声でつぶやき、光璃に目配せする。


 「次。被検者番号:0135……あれ?」


 モニターに表示された数値と、検査機器の表示に食い違いがある。


 「ガンマGTPが……おかしい。異常値に“書き換わってる”?」


 すぐに柏原が中枢システムを確認。データ改ざんを裏付ける“ログの痕跡”が残されていた。


 「きたぞ。やってやがる」


 光璃の心臓が高鳴る。


 ――須賀は、やはり今回も“数字”を作ろうとしている。


 


 ◇ ◇ ◇


 


 昼過ぎ、光璃は密かに動き始めた。


 まずは院内ネットワークに接続されたログの一部を抜き出し、院内の“中立的立場”にある病理医・青島陽太に送信する。


 「確かに……これは加工されている。しかも日付の改ざんもある。完全にアウトだ」


 青島の言葉が、光璃に確信を与えた。


 そのデータをもとに、リベラ・ファーマ社が“ねつ造された症例”をもとに厚労省へ報告し、補助金を受けていたことまでが明らかになった。


 だが――そのとき。


 「葉山先生、ちょっと副院長室まで来てもらえますか?」


 背後から、スーツ姿の事務方の男に呼び止められた。


 (……来た)


 光璃は、すぐに柏原に合図を送り、副ルートで記録データを青島へ託した。


 


 ◇ ◇ ◇


 


 副院長室。冷たい空気が満ちていた。


 須賀はゆっくりと椅子を回し、無表情で光璃を見つめる。


 「あなた、最近ずいぶんと“好奇心旺盛”のようですね」


 光璃は動じない。


 「命に関わる問題ですから。検査結果が改ざんされていた。証拠もあります」


 須賀の目が細くなる。


 「証拠? あなたの言う“証拠”が、どれほどの価値を持つか……わかっていないようですね」


 次の瞬間、須賀が取り出した一枚の紙。


 ――“葉山光璃による患者カルテの不正閲覧”という内部告発文書。


 「院内の複数端末から、あなたが許可なくログにアクセスした記録があります。倫理委員会と院内監査に回します」


 (これって……逆に“私を潰す”ための証拠捏造……!?)


 「あなたの正義感、嫌いじゃない。でもね、若い医者がやるにはリスクが大きすぎる。命を守るのも仕事ですが、“身を守る”のもまた、医者の技術ですよ」


 


 ◇ ◇ ◇


 


 夜。光璃は青島から受け取った封筒を握りしめ、職員通用口からひっそりと病院を出た。


 向かったのは、ある新聞記者のもと。


 ――鷹央病院時代、光璃が担当した患者の家族であり、今は医療不正を追うフリーの記者、北村志保。


 「光璃先生……よく決断したね。これ、裏を取れたら週明けには記事にできる」


 「お願いします。命のために」


 「もちろん。その覚悟、無駄にはしない」

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