第4話 未知へのダンジョンへ挑むのは

 いつだってわくわくはするもんだと思ってはいたんだ。だが実際はどうだろうか。

 急なことであったために準備なんていうのはそこまでできていた訳でもない。ダンジョン入口というか、これは大体そこらは二層への入り口周辺エリアだと解釈は出来る。

 というかそこの槍使いに確認を取ればすぐに教えてくれた。やっぱり現地に長くいる者といえばかなり違うのだなぁと思わせてくれるが。どうせこの街で生まれ育った者だというのだろうが。

「へっ?俺は別にここの出身でもないが」

 訊いてみればこんな風にでも返答が返ってきたのには驚いた。

 えっとだ、ダンジョン入口周辺というのは露店だったりとかを出している者達も少なくない。それくらいには賑わっているが、危険に近いというので多少は金額がお高めになってしまうのは致し方ないのか。それはそれとして思うのだ。

(ダンジョンいくのに財布もっていくのはそこで何があるかも分からないからなんだろうがさぁ)

 ちなみにいうと佐藤さとう雅範まさのりはちゃんと財布を懐に抱えている方だ。その前に必要な者は既に揃えているので佐藤さとう雅範まさのりがここで探すのはまさかの掘り出し物がないかという藁にも縋るおもひから。

 だがそれで何かがあるもんでもない。結局あるのはワタあめくらいのもんだ。

「………………暑苦しい」

「そりゃそんなもんばかりを食べていればな」

 この状況において近くにいてくれるこの槍使いというのはとても安心感を与えてくれるというかなんというかだ。まずいうべきことは、ワタあめなんてこの暑い中で食うべきもんでもない。

「だけれど旨いのがなぁ」

「おぉこの坊主はよくわかっているじゃないかよ。ザクヅはあんまり旨そうに食ってくれないからよぉ」

「ザクヅって」

 そして店主が中指で指してくるのがそこにいる槍使いである。

「君か」

「なんだよ文句でもあるかよ」

「別に。必要な物も、もしもの場合のも既に確保しているから。後の残りの趣味はもうこれから大真面目に戻ってきて終わってきてからだ」

 それで帽子被っている状態でいる方としては凄い困り果ててしまっている。

「なんだろうなぁ。魔導書ってここまで高いのか。最近物価上昇って馬鹿に出来ないというのがなぁ」

「悪いな。これも商売だ。雇われでないからこそ、店主やってこれでそのまま収入を得ているからこそやれるわけだよ。それこそ雇われの身であれば出来ないことが多すぎる。いくら売っても賃金には一切変わらないからな」

 本当にそれでいいのかとは思う。なんでだろうかなぁ。

「掘り出し物があればとは思うがお前さんの御眼鏡にかなうのはあったか」

「腰を据えた店舗はあるはずなのになんで魔導書なんて仮にも貴重な物を露店で売るなんてどうかしているだろ」

 これこそ深刻な問題だろ。いくら地脈とか辿ってエネルギー供給をして再生機能とかある魔導書だといっても本であるのには変わらない。であれば、直射日光なんて本には大敵ではないか。結構この街って熱い割には湿気も少なくないし。

「大丈夫だって。どうせこんな安物の大量生産品なんてたかが知れているって」

 そして値札を見ればそれは………………なんというかこの大空を見上げてしまうだけのことをするだけ。なんでこうなるんだよ。

「魔導書なんて高級品であることには変わんねぇじゃねえかよ。頼むから雑な扱いをしないでくれよ」

「とはいっても今日は気まぐれで出しただけだし。古本屋のうちなんてそもそもこういうことをするのに向いていないんだよ」

 店主がこんな仏頂面でいられるのも客が寄り付かない理由か。そもそも露店なんてあんまり向いていないのに。

 それでいくつか物色をしてしまっていれば、なんというか面白そうな一冊を見つけてしまった。

「えあ?え、ナニコレ。日本語ですか」

「だなぁ」

 隣にいるのは今回の作戦の参加者。つまりは同士になるのだろう。いくつかの工具を持ち歩いているところから、エンジニアってことになるのか。

 日本語なんてそれこそ日本国で使われている言語だったはずだ。大体古代言語と似たようなもんで一般的には使われてはいない………………とはいっても一部の界隈では広く使われておかしくないらしい。今回参加の佐藤さとう雅範まさのりも日本名というわけだしだ。

 あぁ、せいぜいが一般的に固有名詞くらいなもんだ。それこそだ。

「ここまで丁寧に日本語で埋め尽くされた本なんてどこにもないと………………なんか違うなこれ」

 ちょっと齧った程度ではあるが日本語は少しばかり勉強していた。だがそうでも解釈が難しいのがこの本の存在だ。どうしてここまで大体全文を日本語で埋め尽くす本なんて滅多なことでは見れないはずだ。

 だとしてもなんか違う。そんな印象が拭えない。若干ではあるが魔力を含んでいるのだ。これは魔導書でいいのか。それとも誰かへと何かしらのメッセージを込めた一冊であるのか。

「こんな本それこそ………………誰ですかこれを持ち込んできた奴は」

「なんというか、変な奴だったよなぁ」

「名前は訊いてないのか」

「答えてくれなかったんだよ。金も求めずに店売りの魔導書と交換ってことだったがそれを受け入れたのが問題だったんだろうな。なんか嫌な予感がして焚書したつもりが碌に燃えてくれねぇ。もう遠くまでぶん投げていっても、どこへ置いていっても棚に戻っていやがる。だったらとこうやって誰かに売ろうとしているわけだよ。それも捨て値で」

 とかいうので一応は値札を確認してみれば本当に捨て値だった。なんでここまで安くできるんだよ。

「でも、誰も買ってくれないと。それは残念でしたね。劣化を待つばかりか。魔導書でないのを祈るばかりです。とりあえずこれもらいます」

「………………どんだけ失礼なんだか。まぁどうせ曰くつきだ。持っていってくれるのならいうことはない。感謝はするよ。どこが琴線に触れたんだか知らないが」

「ところでこれ持ち込んできた人ってどんな人だったんですか」

「なんか鼻歌歌っているような変な奴だったよ」


 それで遂にやってきましたここが戦場の入り口です。その重厚感のある扉の奥にあるのはその戦場なんだろうが。

 ここでやるべきことは………………一応管理されているダンジョンなので札でも出しておくだけで色々済む。

「このカード一枚で済むなんてここでどれだけの情報量が詰まっているのか。実はそうでもないのか」

 出入口に衛兵が常駐しているのは何もおかしくはないことだ。それこそ連絡のための端末もあることだし。それを奪われてしまう危険があるからこそ、確か緊急時には端末の機能を停止させるマニュアルがあったはずだ。別にそこに立ったことなんていうのはなかった………………いやあったんだよなぁ。

「そして遂にくぐってしまえば感動的な絵面だなぁ」

「どこも変わらんって。早くいくぞ」

 槍使いザクヅにでも引っ張ってかれて引き摺られてしまう佐藤さとう雅範まさのりである。目的とする場所なんて。

「僕、細かい地図を確保していたわけでもないからちゃんと把握したわけでもないのが」

「安心しろ。俺は地図が読めねぇ。この学者は地図の解釈が色々と普通の人とは間違っている。それでそこの馬鹿は地図を回さないようにするのに苦労する」

 それで学者呼ばわりされたハイムと端的に馬鹿と呼ばれたツナギでも着たエンジニア姿のイオニアがなんか不憫に思えてくる。だがそちらに振り向いてしまえば元気に己の得物で壁を叩いているのでツッコミどころが多すぎる。落ち着けこの野郎。

「なんでこいつはこんなことをしているのかとか思ったでしょ。それはねぇ」

「ようやくか」

「このダンジョンは摩擦で壁とかが崩れるダンジョンなのでした~」

「うん、なんて脆いダンジョンなんだよ」

 そもそもとして僕たちがこの街に来たのは未だ未踏破となっているこのダンジョンをクリアするためなんだ。だがそれがそもそも情報が足りない。階層がどこまで深いのはを知らないのだ。ここで誰が眠らされているのか。

 誰かしら罪人を閉じ込めるための牢獄として使われているのがダンジョンとしては正規の使われ方なんだろうが。

 そしてそのボロボロと崩れ落ちた壁の破片というのが集まってくる。それで集合してしまえば完成するのはとんでもない巨大な物体。というかそれは明確にゴーレム扱いしていい類の人形。ザっと3m程度か。それで思うことがある。

「やっぱヤード・ポンド法はとか言いたいですがこの本にも畳とかいう変な単位があるので」

 ハイムが本の一冊でも取り出していればその本が圧力で吹っ飛ばされてしまった。

「………………さっき買ったばかりの本がッ⁉」

 その状況でそしてハイムはそれを追いかけていって奥深くまで潜っていってしまった。何をしているんだよ。迷惑をかけるんじゃありません。

 そこですぐさま動いていって飛び跳ねていったザクヅである。この槍一本を握りしめたままに天井にへとぶつかってしまった。そもそもが浅い階層なんだからその最初からこんなデカい魔物なんて出るはずもないとか思ったら大間違いだと言わんばかりに初っ端から巨大なパワーでごり押してくる個体が出現してくるとか。

「迷惑なのはたぶんこの出入口の前で戦闘をしていることなんだろうね」

 ワイヤーでも持ち出していけばこのゴーレムの首を狙って引っ掛けていくことをする。それで強く引っ張って引き摺りだしていけば加速して飛び出していくイオニアである。

 特に何もできずにただ立っていただけの佐藤さとう雅範まさのりなどそのまま動けずにいるだけ。ここからどうするべきだったんだか。

 あぁ、ちなみにいうとだが、ザクヅさんが大真面目に飛んでいった結果として天井に頭をぶつけた後その勢いで床をぶち抜いていきました。するとつまりどういうことでしょうか。あの野郎は危険な下層に行ってしまいました。それでは済まない。

 最後に残された佐藤さとう雅範まさのり。他に誰もいてくれなければ寂しく感じてしまうのは人間として当然のことのはずだ。


 うじゃうじゃと沸き立つ炎の怪物なんていうのを相手にするのはどれだけ危険なのかを理解していればこそだ。

「どうしてこんな強いのかなんて。きっと誰も答えてはくれないんでしょうが」

「何故ならここにいるのは来て最初だからな」

「仕方ないだろそれは」

「………………………………なんだろうな」

 ここにいる全員がこのダンジョンに関しては初めての挑戦だ。であれば水をちびちびと飲んでいるだけ、その分だけ体力は消耗していると自覚しているからこそだ。

「もう持ち込んだ飯も少ない。飲料が一番嵩張るんだからこれでもう最後。後は魔物を狩ってでも調達していくしかないってことだ」

 ハイドラがしっかりとここまで述べられるだけ口とか喉が動くことには変わらない。体力はしっかりと整えられている。この一応の安全地帯でだ。だがずっとこの場に籠ってなんていられない。

 だが籠りたいと思う感情なんて否定できるはずもない。この状況に置かれてしまえば悩ましいことこの上ない。

 ガツガツと壁を叩き割るような、ガラスが割れてくる音というのが周囲へと響いてきているのを感じてしまえば本能的にでも恐怖で震えてしまうばかりだ。これでどうしろというんだ。

「なんでこんな目に遭わなければいけないんだよぉ‼」

 サブリーダーが斧の柄部分を握りしめてでもこの安全地帯から飛び出していってしまう。それでざっくり奮闘をしていって大怪我を負いながらも安全地帯にまで戻ってくるのは何気にすごいと思う。しっかりと手に入れた獲物を魔力としてダンジョン内で肉体が霧散しないように掴んでいられるパワーは流石だと感心はする。

 そしてその大怪我というのを治癒していく人員も一人だがいるわけだ。

「ハァハァハァハァハァハァハァハァこういうことはあんまり言いたくはないがなんというか回復要員って複数欲しいよな」

「それで一応は止血とかの応急処置なら下手でない雅範まさのりをおいていればそうもなるって。誰だって抱えられるリソースは有限なんだから」

「………………そんなに不甲斐ないかサブリーダーとして」

 この斧だって使っていた獲物が壊れてしまったから、足元で転がっていたのを拾い上げて振り回しているだけ。よく調べずに拾ったものを使っているのは危ないとは思うがその時には他に使えそうな得物なんてなかった。だから現状がある。

「正統派の剣の振り方をしてそれすら満足に出来ないリーダーに得物を選ばないがそれはそれとしてすぐ手元から滑るサブリーダーに大体の魔法は使えるがそれだけの魔法使いと………………後はそんなのを治癒するプリーストか。こんなんでも結構うまくやれるんだとは思うのと同時に全員が忙しすぎる」

「凄いしゃべるなぁ」

 リーダーのアルトリアがそう洩らすほどに、このプリーストはサブリーダーよりも口を開かない方だ。なのになんで。

「安心しなさいな。多分きっとあの佐藤さとう雅範まさのりが受けていた役割というのはそのままにアンタに押しつけられるから」

「「 」」

 このリーダーとサブリーダーから息が洩れた気がする。まさかここぞとばかりに信頼を盾にでもして押しつけていたのか。ため息が出てくるというか。いつもいつもこうではないが。でもなんというか。

「ただ面倒なだけだとか呪いで文字が書けませんだとかそんなことは」

「いや、俺は違う」

 サブリーダーが勢いつけて否定してきてくるがそんなに重要なことかこれは。というか今しがた俺はといった。

「ってことはアルトリアって本当に文字が書けない類の呪いが掛けられているってことに………………」

 それで気まずそうにでも顔を逸らしていくアルトリアである。その面を掴んでいこうとするプリーストのワレアズだがうっかり足を滑らせてしまって顔面を衝突してしまうのであった。その剣の側面にへと。ズルズルと滑っていけば地面に落ちていくのみ。

「語ると長くなる。それに、自分のミスを嬉々として語れるほどの図太さはしていない」

 あぁなんかあったなと思う反面、後はいうべきことはある。まずはこの自分は関係ないとばかりの顔をしているサブリーダーのディオンさんだ。

「だったらアンタのはただ面倒なんで押し付けているだけってことで」

「いつもそう言っているだろ」

「すいませ~~~ん、ここに世の中にて理由なくも湧いてくる悪意というのがありますが、いいえこれは悪意に失礼ですね。どうしてくれましょうか」

「どこに向かって叫んでいるのよ。そっちは壁でしょうが」

 ワレアズがツッコミを入れてしまうほどには不調な様子のハイドラだ。それもそうだろう。5階層までは順当に進んでいった。それ以降も多少の消耗はあれどぼちぼちの速度で攻略は進んでいった。問題は7階層からだったんだ。そこで蓄えて持ち込んでいたリソースもかなりの量を消費した。割合を訊かれると、それは何による計算かによって大きく変わってくるのでそこのところよろしくお願いしますという奴ですね。

 とりあえずはここでじっと籠り続けてもいられない。しばらくの時間が経ったのであればだ。

「いくぞ。………………もういけるな」

 リーダー一人が号令をかけてしまえばこの場にいる全員が立ち上がれるだけの意志はある。それだけの結束力だ。まさか自分だけが特別なんだということをするつもりなんてない。

「そんなものはただの可能性の収束。ここから遮るものを全て薙ぎ払う。覚悟しておけよなぁ‼」

 そしてリーダーが我先にへとこの安全地帯から飛び出していって己の気付けとして眩しい剣閃を放って正面の魔物どもを粉砕していく。そこから他の者達も続いていくのであった。

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