第5話 例えばはない

 佐藤さとう雅範まさのりは俗にいう転生者というわけではない。小さな農村にて誕生したちっぽけな子供でしかない。

 この村でただ長閑に呑気にでも過ごしていただけ。そこには同年代の幼馴染というのも複数いたわけだ。ただ同じ村にいるというだけの縁。縁なんて後でどこでどう繋がってどこから降ってくるかも分からない。なので悪縁は断ち切るに限るというわけだが。

 こんな小さな農村でそんなもめごとなど滅多なことでは起こらないはずのこと。

 特にそう信じてはした。それは誰だって同じことであると思われる。小さな農村ではあったんだ。

 どうせくそにもならない暇つぶしでもしているくらいして子供のやれることなんて限られている。それで望むほどに訓練としてこれを積んでこれからの経験としているわけだ。

 小さな農村で遊べる場所なんて限られるし、当然ながらここは農村でしかないのだから家の手伝いとかからは避けられない。それに不満があるわけでもない。農村とかいっても出来ることは多い。それで伝えられている知識や技はあれど業が伴っていないという一番悲しいことになっているわけだが。

 それも残された遺産に胡坐を搔いている者達の末路だ。どうせ破滅しか招かない。

 だがこの村の者達というのはきっとそれを望んでいる節があると佐藤さとう雅範まさのりは子供ながらに考えてしまう。他の子どもたちは呑気なものだと思うのだ。

「下らない。どうしてもこのちっぽけな村なんかで終わらせていきたいのか」

 佐藤さとう雅範まさのりとしては悩みとかはたくさんある。それでも解決する手段なんていうのを取りに行く気概なんていうのは………………それこそ大人たちと同様に諦めているのだろう。

 村の大人たちもどうせこのちっぽけな村を自然消滅させる形で進めていたんだろうが。あぁそうはうまくなんて行かなかった。全部僕ら餓鬼どものせいなんだよ。

 僕の家には代々として受け継がれている開けてはならない箱というのは存在していた。決して開けてはならないと冗談めかしながらもきつく言い聞かせられていたほどだ。だが佐藤さとう雅範まさのりは一度それを開けてしまったことがあるのだが。その箱の中身が既に空っぽだった。床下に埋めてあるカタチで置かれていたのでこれを動かせばどうしてもその後が残る。それをそれを行ってしまってからしばらくで気づいてしまった。

 あぁそうだよ。叱られなかったんだ。この箱が取り出されて気づかれているというのにだ。それをされないというのも心にくるものがある。どちらであっても辛いのは変わらないんだ。

 それで空っぽの箱なんていうのがあればそれがどういう意味を成すのか。その当時には余り考えが及ばなかったんだが。中身が自然に溶けてしまったのか、自由意志を手に入れて脱出を果たしてしまったのか、それとも誰かがこの箱を取り出して開け放ってしまったというのか。それは………………なんだ。なんの意味がある。

 得体の知れない正体の分からない恐怖というのにそれこそしばらく怯えているしかできなかった。

 ただちっぽけなことだ。勝手に腕を掴んで引き摺って面倒事とか後始末とかを押し付けてくるアルトリアにはうんざりしているがそれも馬鹿で責任感の重たい者の考え方を担ってくれているからこそか。最初はアルトリアだが奥深くに潜り込んでいくのは佐藤さとう雅範まさのりの所業だ。そんなことばかりで迷惑をかけてしまっているのでお互いが申し訳なさを抱えてしまっているほどだ。それがどうした。

 結局は多少の差異はあれど小さな変数程度で収まる変わらぬ日常というのが続いてくるだけだ。更に日常であった世界に非日常なんていうのが現れたのは、だ。

隊商キャラバンが来たってこんな村にでっかい荷物抱えてか」

「そうらしいよ。というかなぁ。何か探し物があるような感じで」

 こんな小さな村の中でぼちぼちの地位の家なので家の大きさも村の中ではそこまで小さなものでもない。農村というだけあって毎年農作物はかなりの量が収穫されている。それもあるのだろうが。どうせそれくらいだ。

 子供にはそこまで関係ない。どうせ個人間の問題だ。嫌な相手にしてみればそいつを避けるという選択肢だって当然やれる。というかこの村は嫌なら出ていけばいいという度胸もあるのだが。………………度胸かそれは。

 アイスロウズに手を引かれる形でその隊商キャラバンの方にまで向かってはいく。そしてやってきてしまえば見えてくるのは面白い景色。そこに並んでいるのはいくつもの不可思議な未知との遭遇。いいや、これを遭遇と呼んでいいのか。

「にしてもこんな村にまでなんてここらへん全部廻る気でなければ」

「あぁまぁ大体そんなもんだよ」

 少し離れた場所から眺めていてボソッと洩らしただけなのに返答が来るとは思ってもいなかった。それもその車の方から。

「どうした。そんなぼさっと立っていて。欲しいもんでもあればなるたけ安くしておくよ」

「………………こんなちゃちな財布しかもってなさそうな子供を相手にするもんでもないと思いますが」

「こいつひねくれてんなぁ」

 こちらまで近づいてきた一人がいる。佐藤さとう雅範まさのりの前にまで立ってしゃがんでくることをする。そして握りしめていた財布をひったくってその中身というのを確認しにかかる。

「んぁ?農村のガキにしては現金が多すぎやしないか」

「そのガキ相手でも客の財布を奪い取るのは流石に不真面目や過ぎないですか」

「だったら適当に商品でもみてくれや。いいもんでもあればこっちに声かけてくれ」

 そしてその財布を突き返してくるその商人。なんて態度の悪い奴だとかは思いはした。それで商品を一通りではあるが見ていった。そこで付いてくる彼の姿というのはどうしても目に入ってきてしまう。ちょっと邪魔ですね。

 そこで気になるモノがあった。ただのなんて事のない手鏡。あぁこんな小さな農村で手鏡なんていえば決して安くはない。だがどうしてもそれに魅かれる。何故だろうか。昔から鏡には魔力が宿るなんていうがそれは魔術的な話であって魔法となれば解釈に多少の差異が出ると………………村にいる魔法使いが知ったぶりみたいな感じで具体的にどう違うのかなんて訊いてみれば答えに詰まったなんていう話もあるがそんなもんだ。

 所詮はたかが鏡一枚であって。

「なんだ。それが欲しいのか。悪いが曰くつきなもんで逆に高くなっているからお前の財布ではたんねぇぞ」

 酷い言われようだ。なんでこんな風に言われなければいけないのか。まぁ事実として財布の中はそれこそ少ないもんで。街の子供の小遣いが小さな農村で大人が持てる現金のほどだっていうのは偏見が過ぎるか。それこそなんとかすれば。

「だったら俺らの分でもあわせてしまえば足りるんじゃないのか」

 そしてやってきたアルトリア………………とその仲間たち。面倒な連中がやってきたと思うがアイスロウズにへと連れてかれてしまったのが運の尽きか。巻き込まれてしまったのならどうせこういうところで面倒に首を奥にまで突っ込んでいくのが佐藤さとう雅範まさのりなんだ。

「いや、別に僕はそんなつもりじゃ」

「いいだろ。どうせこれから元気にみんなの顔を己で拝むことが出来るなら、悪いことでもない」

「どうせなら魔道具とか魔導具とかならなんて思うけれど子供がもっていい代物でもないしねぇ」

 というかこの隊商キャラバンで稀少で高級な感じで置かれている魔道具とか魔導具とかはぼちぼち売れている様子。それでこの村は保管しているいくらかの農作物を売って現金収入としている。こうやって経済は廻っているわけだと実感させてくれる光景。

 街にまで売りに行ってもいいのだろうが、なんというか定期的に一定の量を持ち込んでいくことであるので急なことには対応し辛いというか。例えばインフレ。

 いきなり物価が上がってしまえばそれに対応なんて難しい。物価なんて普段日常的に買い物をしない暮らしをしている農村からしてみれば難しい。であればたとえ少しの損をしようとも相手に選択をさせてそこから値段の交渉を進めていけばいいとの解釈だ。それで確かに今までやって来れたのはあるのだが。強気の行動を取っていないように思える。もっと繁栄の道を歩むことだってできると思うが、実際はどうなんだろうか。いいように食い潰されはいないだろうか。そんな不安なんて知らない。

 結局この鏡というのは子供たちでいくらか金を出しあって確保するに至った。それでどこにおいておこうかとなった場合にまず候補になるのはだ。


 やっぱりここだと思うんだ。小さな秘密基地。この森を強く把握している者などそれこそ他にはいないと無駄に信じているほどだ。実際のところがどうなのかなんて知りようもないし、知ってしまうのも躊躇うもんだ。

 山奥にまで潜った中でそれなりの苦労をとしてでも造り上げた秘密基地。これは楽しいもんだ。長閑でさぁ


 そして隊商キャラバンは数日のあいだ村にいた。それで隊商キャラバンが去ってから数日が経った。そこで変な話を大人の方から聞いたもんだ。

「なぁ向こうの連中と連絡が取れないって本当なのかよ」

「あぁまぁ定期での連絡に応じてくれないんだ。集会に来なかった時点でかなりおかしいなとは思っていたがそれでなんで」

「そっちが知らないのならうちらが分かるわけもないじゃんかよ。こんな小さな村に襲撃を仕掛けてくるなんてことはないはずだが」

「そうとも言えないだろうが。情報の収集を怠ったつもりなんてないだろうが、既に結果が出ている以上は不可解な事象が行われると取れる。誰かに責任を追及している時間はない。どうせここが戦場と成るのなら、犠牲は少ない方がいいが生存者も少ない方がいい。リスクなんて避けるべきだって」

 大人たちの言い分なんていうのは話半分で聴いているのが一番だと子供の頃は思うが、それでも半分でいい。半分で済ませておけとは思う。どうせそこにはそれぞれの主観と解釈が含まれることには変わらない。見えてくる景色なんていうのはそれぞれ違うものであって。

 まさかここが戦場になるなんて火の海になるなんて想像もしていなかった。

「変なことを聴いてしまったな」

「俺も聴いたなそれ。なぁ俺らで行ってみないか」

 あぁまただよ。アルトリアがこういうことを言い出してそこで僕が変なことをしてしまって迷惑をかける。お決まりのパターンだ。

「お断りだ。僕はもう………………勘弁して欲しいんですよ」

 アイスロウズが近づいてきてこちらの顔を窺い知ろうとするのでどうにかそれを引き剥がそうとしていく。グぬぬぬと唸り声が聴こえてくるがそれを認識していくだけの心の余裕なんてない。

「でもでもッ!それでもふにゅにゅにゅ」

 佐藤さとう雅範まさのりは開けてしまったあの箱に対しての不安が今でも拭えない。あれがどこか失われてしまったという事実。それが非常にずっと不安になるのだよ。

「いいじゃんかよ。どうせしばらく暇なんだし。農作業なんてしばらくないからやることないとばかりに皆開発作業に専念しているっていうし」

 そう、開発作業なんていうのを進められている。それは農具だったり、農作物そのものだったりだが。そう考えれば勤勉なことなんだろうが。いいや、別に子供であろうとも暇であるわけもない。これはただのさぼりだ。農村なら農村らしく必死にでも農作物の心配でもしていればいいということである。

 なのでここにいる者達というのは大体さぼりとか不良品のガキどもということになる。それでも何とかやれているだけ不思議なことだ。甘えているのだろう。というか邪魔だと追い出されるのがある。ある程度の任された作業なら素手に大体終わらせてはいるのでそこまで叱られる不安はないと思う。というかそれ以上はこなしているので叱られるのならもって動けということなんだろうが。

 この秘密基地ではそれぞれが書物やガラクタ等を持ち込んでいたりとかしている。

 ………………あぁ確かにここで籠っているあたりさぼっていると取られるか。

 ここにいるのは実はそこまで長い時間でもないのだがなぁ。とか言ってもどうせ集まって顔を合わせる者達というのがあるだけに同じような時間の使い方をしているということになる。それでいいのかとはなるが知ったことか。

 閑話休題

「あぁやり残したことがあったんだった。早くやらなきゃ怒られる」

 それで秘密基地から出ていこうとすればその腕を掴まれてしまう。悲しいよ本当に。佐藤さとう雅範まさのりには逃げ場などなかったのだ。


 そして不本意ながらも逃がさぬようにと引っ張られて引き摺られながらも森の中を薙いでいく大馬鹿。これでもう逃げたところで叱られるのか決まり切っているのは悲しいことではないのか。思ってしまえば変な光が灯っているのが見えているような気がする。

 いいや違うのだ。そもそもが暗くなって寝静まってから秘密基地に集まって本を読んでいたりとかしているせいでおかしいと思うべきではあるがそれは月明り等でどうにか誤魔化していたと受け取ってくれ。あぁそうだ。灯りなんてそれくらいしかないはずなんだ。だというのに、山を登っていって見えてくる景色なんていうのに下方あら灯りが動かずにいるのは、それでいてユラユラ煌々と眩い光となっているのは明らかにおかしいのではないのか。おかしいというよりも不自然だ。

 その理由が分からない。子供だから情報の確保が叶っていないだけなのか。それとも………………それとも。

「本当にどこか襲撃でも受けていることなんじゃあ」

 フィヌスがこんなことを言い出してきたのにはちょっとした心配とか不安とかが飛んでくる。どこか見過ごしていることがあるのではないのかと。

 そしてフィヌスが首からぶら下げているだけの双眼鏡をひったくっていくことをしてちょっと覗いていこうとする佐藤さとう雅範まさのり。だが炎の

奥になど見えるものは、どうせ炎でしかない。

「だったら近づくしかないか」

 佐藤さとう雅範まさのりは更に脚に力を入れて山の頂上を狙って登っていくことをする。それで見えてくる景色なんていうのは………………あぁなんというか言葉を失うというか。これをやってはいけないことだと考えてしまえばそれが真実になってしまうほどの恐ろしい光景。

 ちっぽけな村一つが燃えているだけのことが頂点からでも更に見えてこれる。そこではどこかで何かしら違和感なんていうのが漂ってくる。それで双眼鏡で覗き込んでみれば、そこにいる奇怪な眼光を放つ怪人を見つけてしまう。

 咄嗟にでもこの双眼鏡を視界から外せば新規の分はない。だがここまでやっていたところで症状の改善なんていうのは見込めない。体調不良をしているところから色々とおかしいんだっていうのに。

「へへふふふひゃヒャヒャッ⁉」

 思わず自分の口を塞いでいった。ここまでしなければいけないだけの体調不良。

 笑いなんていうのが収まらないのは変なキノコでも食ったんじゃないかってほどなんだが。

 なんでこんなことになるのか。笑い転げている場合でもない。これは精神に不調が起こってしまっていて。

 それよりも大事なことがある。

(な、なんであそこに………………炎が燃え盛る村でただ一人見えるのがなんでそんな)

 あぁこれで余所者への風当たりが強くなる。ここまでのことを思い出してみれば特になんて事のない子供の遊びだ。ただの好奇心だ。好奇心は猫をも殺すなんていうのは特段に難しいことではない。うっかりで済ませてしまうには、見間違いでは済まない事象だ。

「どうしてあの人が」

 あの村にいたのは、あの隊商キャラバンで僕たちみたいな子供らの面倒を見てくれた青年………………のはずだ。それを見てしまえばどれだけの恐怖と敵愾心を懐くのか。裏切りでいいのかこれは。そもそもがこのつもりで隊商キャラバンなんて参加していたのであればもはやそれは裏切りではない。ただの詐欺だ。

 だが少しのあいだではあるがそれなりの付き合いで人となりというのはわかっていたつもりだ。だとしても、それを素直に信じてしまうのはそれこそ己が見ている景色が全てだとする傲慢だというのか。

 でも、だとしてもあんな目で見られるのは決して幼い子供が慣れていいことではない。目の前にあるそれを明らかな作業とする空虚な瞳。そして憎悪としてどこか遠い場所にある相手への復讐の色。視界に収めた遺志ある存在を駆逐するとばかりの異形の怪人。そんな風に見受けられる時点で認められるはずがない。

「僕がどうにかしなくちゃ」

「えッ?なんだって」

 そして隣にまでやってきて肩を叩いてきたアルトリアである。この呑気な笑顔というのを見てしまえば現状を深刻にでも受け止めて必要以上に必要以外に考えてしまうことで無駄な妄想をしているのではないかと、そう己の思考というのを解釈することがようやっとできるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る