第3話 街に来て三日目 爆走する

 全力で突っ切っていくだけ。いきなりのことであるので驚きはした。衝撃ばかりなもんだ。この心臓に悪いことばかりを起こされてしまえばこう冷気も噴き出すというものだ。全身からバラバラとでも噴き出してくるのは当然のこと。

 成人しら女性を抱えて走りだしている理由なんていうのは明確。

 そうだな。追いかけ回されているだけのこと。それで逃げ切れるなんて思えはする………………はずなんだ。こんな一人称が愚僧であるような奴など、大体がヨボヨボの爺さんでしかない。そんな奴から追いかけ回されたところで逃げ切れないなんてなれば、それなら冒険者なんて辞めてしまえと叫んでしまうばかりだ。だがそんな場合ではない、そんな場合ではないのだ。

 一人称が愚僧のこの子供というのが一瞬にしてでも距離を詰めてくる。

「はいっ⁉」

 流石にこれはおかしい。まともな人間のやり口ではない。それでも人間というのは命の危機を感じてしまえば咄嗟に蹴りが飛んでいくのだと己で実感することになる。何せ女性一人を抱えてみれば腕の可動していられる範囲というのも限られてしまう。

 それで大きく吹っ飛ばされてしまった子供はすぐさま立ち上がっていくことをするわけだ。だがこれで距離と時間を稼いでいってしまえばいい。逃げに逃げて応援を求めるだけ。それが出来る大人のせこいやり方だッ!

 そのために子供の力では難しいような道を選んでいくべきか。というかそもそもがあの家に何かしらがあるとなれば………………違うのか。いっちゃんにでも怖いもんなんだよ。目の届かない場所で何かしらをされてしまうのが一番に怖いんですよ。しっかりと金塊とかをざっくりと見せびらかしてくることを思えば襤褸の屋(失礼)とかでも置いてある財は結構凄いもんだと感心はした。そうなれば色々と不自然な印象を与えてくれるのだが。

 どこまでもこの疑問は抜けてくれない。財なんていうのがゴロゴロとあの狭い空間に転がっているわけもない。そう思ってはいたのだ。だがそもそもあの子供の目的が分からない以上は全部を疑うしかない。そうこうして屋根伝いにでも走り回っていれば見えてくる景色というのは感動的なそれ。

 まさかまさかと嫌な予感がして後ろを振り返ってしまえばそこにあるのはとんでもない脅威の怪物だ。そこにあるのは、ただの腕を伸ばしてナイフを突き込んでいく構えをしている子供の姿をした変態怪人さんだ。こいつに追いかけ回されていることには一切変わらない。この子供がブンブンとナイフを振り回していながらの姿を見てしまえば、驚くべきことがある。

(なんで屋根を登って走っていたりとか跳んでいたりとかしている僕の進んだ跡をここまで丁寧に進んできているなんてッ⁉)

 油断しかしていないのかこれって。多分加減されていますね。速度で勝ることもできるのにつかず離れずをしっかりとされてしまっている気もするが、そんなことを知るはずない。考慮している時間なんてあるはずもない。

 なので真っ先に頼るのはここです。冒険者協会です。これでしっかりたどり着いてきたので安心はする。そのまま扉を勢いよくも開けてしまえばそこにまで飛び込んでいった佐藤さとう雅範まさのりである。

「ど、どうしたんですかさっきから外で騒ぎになっているのは関係して」

「今すぐにこの街にいる冒険者で強い奴らを紹介して欲しいッ!それはもう徹底的にちゃんと仕事がやれるという信頼がある人がいいです。本当に安定した成果を上げられる人をお願いしますよッ」

 こちらに駆け寄ってきたのはソルクとはまた違う受付の者であったか。まぁこの場合はなんだって誰だっていい。この緊急時とか面倒を持ち込んできた者である僕は後で叱られる準備は出来ているがそれだったらそもそも面倒な依頼を投げ込んできたソルクにも責任はあると思うのだ。

「………………そんなのがこの街にいると思っているんですか」

 ただなぁ、人間こうも投げやりに通告を聴かされるのはショックが大きいと思うんだよ。これで僕がやったことなんていえば………………だ。

「ようやく追いついた」

 街中でナイフを振り回してくる不審者を街にとって重要な施設に招き入れたということぐらいだ。そのままナイフを突き込んでくる構え。そして佐藤さとう雅範まさのりの横っ腹に差し込んでくる鋭いナイフという脅威。

 それに対して抱えていた女性を横のベンチにでもぶん投げてしまう佐藤さとう雅範まさのりである。そして自ら態勢を崩してしまえばそこからこの子供への攻撃へと転進していこうと………………なんだが。

 まさかナイフが複数本飛んでくるなんて。投げ飛ばされた一本はしっかりと壁にでも突き刺さることになる。街にきたばかりで面倒事を堂々と周囲に散らばせてくるなんていうのはどう考えても人格からして疑うべきだ。だがそういうもんでもないのだよ。自分の身になってみれば炎属性の氷技というのを扱えるだけの奴などどれだけの………………いや普通に凄いだろ。ちゃんとやっているだろ。

「だから頭冷やしていけってッ!」

 そしてナイフが近くにいた複数人を巻き込む形で投げ込まれてしまうことになったのだが。その全てを高速冷凍で一気に動きを止める。そこまで一気にでもこの子供の顔面を強くも握りしめた拳で潰してかかろうとする構え。

「オリャッ」

 だが高速での機動と反応が一番に警戒することだったのだと納得はした。そのまま腹に連続での蹴りを受けてしまう佐藤さとう雅範まさのり

 思わずその場に蹲ることをするが、そんな場合ではないとすぐさま立ち上がっていくことに決めた。そしてナイフというのがカウンター奥にまで10本勢いよく投げ込まれてしま………………いそうになるところをその腕を掴んで咄嗟に動きを止めることに成功する。

「君はいったいどういうつもりでこんなッ」

「時間切れだ。君にとっては。これで一応は済んだわけだよねぇ。大事な財産をとなる武器を回収できればそれで」

 そこでざっくりと斧で子供の意識を刈り取るだけに留めた大男というのがいた。

「………………ありがとうございます」

「別に大したことはやっていない。依頼料を少しでも寄こせなんていうつもりもないから」

 深刻な顔をしてやるつもりもないらしいのは冒険者らしいというべきなんだろうがなぁ。

「そんな顔してないでこっちをどうにかしてくれよ」

 その声のする方を振り向いてしまえばそこにあるのはとんでもない面倒事。それは非道なことではないという証明なのか。それをしてもらえるのは嬉しいのだが。

 この女性を介抱してもらっていたのはヒトがいいというのか。未知を求める冒険者なんてこんなもんだ。どれだけあくどいことをして裏切りなんていうのを重ねていたところでこんな場所に呑気に顔を出してくるだけ生真面目なことなんだよ。

「にしてもこれが噂の熱病の眠り姫か。どうしてここまで一気に熱が治まったのか」

 ちなみに女性の躰を悩ましくも嘗め回すように一通り眺めてくる男というのはたぶん白衣を纏うのを見れば医療協会に登録している医師なのであろうと思わせてくるのだろうが。

「え、誰」

 よそ者が思わずつぶやいてしまうには余りに変態的であった。

「えっと、私こういう者です」

 そしてこちらにまで差し出されるのは名刺であった。しっかりとした素材で感心してしまったわこれは。うん、そこには予想通り医療協会に登録してある医師であることが記されている。

「どんな変態医師だよ」

「我々の目的は世界の深淵を追究するということだ。それを知るのにイレギュラーなことなどサンプルとして貴重であることには一切変わらない。私の医師としての目的はそこに収束されるわけなんだよ」

 なんなんだこいつは。疑うべきことが多すぎる気がしないでもない。

「ま、まぁ腕がいいのは確かだから」

 この大男も触れるのが憚れるとか信頼はあれど信用なんて出来ないというスタンスなわけかよ。

「よくもそれで資格の剥奪なんてされませんね」

「別に医療行為は基本的に必要以上はやっても必要以外はやらないから困らないし」

 それでいいのかこの街は。医療協会は。正気を………………あぁまぁ倫理観とかあっても信頼が裏切られることはないんだろうか。マッドサイエンティストなんて非人道的行為とかしていて犯罪に思いっきり踏み越えることをしていて当然なんじゃないのか。とか疑うのも失礼なんだろうが。

「まぁ私よりも非道で社会に居られなくなった奴なんていうのもいるし」

 あぁ社会は闇だな。多分そういうやつは世の中でのさばっているんだろうが。

 この変態医師が非道とか呼ぶのならどれだけ危ない奴なんだ。多分そういう奴ほどにどこかで小さな町医者なんてやっていると想像するのは勝手な偏見だろうか。偏見以外の何物でもないな。

「にしても………………冷えてきたことでようやく全貌が窺えるというか。冷たいほどに匂いは抑え込まれてくれるのはこういうことなんだっけか」

 そして手で仰いでいって女性の匂いというのを窺い知ろうとする変態医師。やめなさいと叫びたいが、これを医療行為とか診察だとか言われたら専門でハナイ僕では一切否定なんて出来ようもない。

 匂いなんていうのが、体臭なんて嗅いでいこうとするのはどうかと思うが暑いと臭いと思うのは女性に限った話でも体臭に限った話でもない。何せその分だけこの街ではゴミ屋敷なんてのがあるのは他の町よりも重たい罪になる。

「一度見てサンプル取りだけはしたけれどこの私が結局しばらく匙を投げてしまうほどの悩ましい症状。さっぱり分からない」

「なんですかこのお医者さんは」

 名刺にしっかりとグルドロンと書かれていた。それが彼の名前か。それを認識してしまえば呼んでやるのも吝かではないのだが。彼女の体調を診察している時間が長すぎやしないか。

 それで時々首を傾げている仕草があるのが気になってしまう。どこか気になることでもあるのだろうか。

「気になることがあっても、多分恐らくというのがあってもだなぁ。遂にこの何かがわかったとしても確証がないのでは」

「おい、わかったならそれを聞かせてくれ。一度乗ってしまって加速させた身だ。彼女を起こす術が見つかったならその手伝いくらいなら僕でも」

「自分を卑下するもんでもない。欲しいものはどうせ浅層にある。問題はその場所なんだが」

「………………?ダンジョン内にあるっていうのなら、浅層だったら初心者でもない限り危険なんてそこまでないはずだが」

「あぁ知らないんでしたっけ。この灼熱地獄インフェルノがどうなっているのかは」

 そして後ろからやってきたのはソルクであったか。どうなっているのかなんて。ただの街だろ。ダンジョンのせいでやたらと外気温が熱いだけの。

「この街ってダンジョン内にあるんですよ」

「うん。………………は?」

 急に何を言い出すんだこの受付嬢は。そんなことよそ者に聞かせていいのか。それと同時に思うのはだ。

「なんでそれが知られていないんだ」

「ははははははは公然の秘密ってやつですよ。こういうのは世代によって結構認識に差があるのでね」

「それは秘密って呼ばない奴じゃないかよ」

 笑っていていいのか。知っていて当然で大っぴらにでも広めることでもないから教えてないってか。それでダンジョンから出てくる強い財も含めて街を興していると。

「ダンジョンってことは街で魔物が出現する可能性だってあるってことに」

「あぁ大丈夫です。限りなく低いですから。ちゃんと魔力等はダンジョン中央にまで収束させていますから」

「へぇそうなんだ。………………なぁまさか灼熱地獄インフェルノで浅層だろうと強力な個体が出現して余所から来た冒険者が魔物にこっぴどくやられて生き延びているのが多いのってそういうことだよな」

 考えてみればおかしなことなんてなかったんだ。魔力で補強されて強固になったら確かにそれは強いよなぁ。

(………………なんだろうか。急にあいつらのことが心配になってきた)

 下手に準備なんて一切そんなことを行うつもりもなく飛び出していった連中のことだ。どうせ後で痛い目を見て戻ってくるに決まっている。だがそれでどこかで野垂れ死んでいないことを祈るしかないとは。

 とりあえずはだ。

「は~い、ここにいる冒険者の皆さんを緊急で招集します。ちゃんと報酬に色付けてあげますから安心していてくださいね」

 ソルクが手を上げて建物内にいる冒険者にでも招集をかけていく。それで集まってくる面子なんてそんないるわけが。

「うん、なんでいるんだよ。三桁には遠く及ばないモノの様子だが」

 なんで素直に従ってくるだけソルクに脅されているのかとも疑ってしまうのは失礼なんだろうか。

「ごめんなさいそこまで数は必要ないので」

 それで案の定選定を受けているし。

 そしてなんとか10人にまで減ってくれた。佐藤さとう雅範まさのりを含めてだ。

「そうか。これだけあれば充分だ。だったら頼んだぞ」

 ………………うん、それで建物の外にまで排出されてしまった三人だ。

「理解が追いついてくれねぇよ。何をどうしろと頼んできたんだっけか」

「えっとですねぇ。巨人ジャイアントが好んで嗜好品としていた花の蜜があるんですがね、今回欲しいのはその花の茎なんですよ。それも採取して数日の物を」

 わけが分からない。それがなんで。この学者の卵みたいな姿をしていて色々と詳しい様子ではあるが。

「だからなんでその花を」

「嗜好品として狩りすぎてしまったせいでその花が絶滅危惧種認定されてしまったんですよ」

 図解とかを見せてこられてしまえば、そこでしっかりとあるのはとんでもなく強調をされた字体で絶滅危惧種だと書かれているのだが。なんでこんなことにまで。

「ルーゴスとか、どんな名前をした花ですか」

「これが咲いている場所が問題なんですよ」

 三分の一にでも面子を分割してしまえばそこで四人がやってきたのは、そう街の中にあるダンジョンの入り口だ。それも結構重厚感のある感じで。扉があって。

 賑わっている様子ではあるが。

(あぁ、そういえば僕ってまだダンジョン内には入ったことはなかったんだっけか)

 というかここまでやってきたこともない。この景色を眺めていることになんて。

「平和だなぁ」

「どこがだよ。これでも荒々しい殺伐とした空気感で一杯だよ」

 槍使いがなんか言ってくるが聞いてやれない。平和だよ。ただ同じ目的のために対象地域を蹂躙してくるための集まりなんて。これが平和でなくてなんだというんだかな。

「慈悲ある神か、そんなことなどなく無慈悲に機械的にでも対処する天使か」

「え、お前なんか恨みでもあんのか」

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