清瀬夏帆という少女
幼い頃から、清瀬夏帆は自身の姉である清瀬秋帆と常に比べられて育ってきた。
塾、習字、ピアノなど、自分よりも早く生まれた姉の後を追うように、夏帆は姉と同じ勉強や習い事をさせられていた。
そしてそのどれもで、夏帆は秋帆よりも劣った結果を出し続けていた。
姉よりも長く努力をしても、姉よりもたくさん打ち込んでも、越えられない壁が、そこには存在していた。
そんな夏帆を見て、両親は夏帆に愛情を注ぐのを止めて秋帆にだけ愛情を注いで育て始めた。
どれだけ努力しても姉には到底追いつけない。
どれだけ頑張っても両親は夏帆の事を褒めてくれないし見てくれない。
小学5年生でその事実に気付いた夏帆は、人生で初めて姉と両親に殺意を抱いた。しかし、5年生にしてはずば抜けて聡明だった夏帆は、3人を殺してしまっては自分の生活も成り立たなくなる事を理解していたのでそれらの感情を押し殺し、煮詰め続けながら生活していった。
1年、2年と時が経ち、中学に入ってからも夏帆の生活は変わらなかった。
姉と両親に対して持っていた感情。それらを燃料にしながら膨大な努力を重ね、勉強やスポーツで飛び抜けた結果を残し続けた。
しかし夏帆の心はぽっかり空いたままだった。
どんなに努力しても両親は褒めてくれないし、姉には到底追いつけない。
かといって、他の生き方を知らなかった夏帆は、ずっと昔から続けていた物をやり続けるしかなかった。
退屈で、空虚で、真っ暗。いつまでもそんな日々が続くのだろうと夏帆は思っていた。
そんなある日、夏帆は自身の運命の人に出会う
「清瀬さん!その絵、すっごく上手だね!」
放課後。展示会に応募しようと描いた絵をカバンから出して眺めていると、隣の席の女子生徒ーーー岬灯からそんな言葉を投げかけられる。
「そう?こんなの誰でも描けると思うけど」
「そんな事ないよ!私は清瀬さんみたいに絵描けないもん!」
純真無垢な笑顔でそう言われる。
夏帆は昔から人の感情を読み取る事に長けていた。その人がどんな気持ちで夏帆の事を見ているのかが、一目でわかった。
大抵の人は夏帆の事を憐れんだり、憎んだりして見ていた。どれだけ頑張っても姉に追いつけない妹。そして、膨大な努力を重ねるが故に他人よりも突出した結果を出す存在。
憐憫と憎しみ。夏帆を見る目の殆どに、この2つの感情のどちらかが内包されていた。
しかし、目の前の少女は違った。夏帆が描いた絵を、心の底から褒めている。
その事に気付いた時、夏帆の心に溜まり続けていたドス黒い物が一気に消え去った気がした。
人生で初めて感じる、清々しいほどの清涼感。
こんな感情があるのかと驚いた程だった。
一目惚れだった。灯に褒められたくて、灯の笑顔が見たくて、夏帆は必死に努力を重ね続けた。今まで苦痛で仕方なかった苦悩も、灯の事を思えば気持ちよくなるほどだった。
そしてその日から、夏帆の世界の中心に灯が現れ始めたのだった。
☆
「はぁ。夏帆ちゃんの料理が恋しいわね…」
そう言って、自分が作った野菜炒めを何とも言えない表情で食べるお母さん。
「そんな事ないぞ母さん。母さんの料理こそ、俺の大好物だからな!」
そう言って笑う父さん。でも、父さんのお皿にある野菜炒めは全く減ってないし、コップに注がれたビールだけがどんどん減ってるよ。
「料理も出来て、灯の面倒も見てくれて。
とってもいい子よねぇ、灯?」
「へ?あ、うん。」
確かに、こうして客観的に夏帆ちゃんのことを言われると、すごくありがたい存在だ。
夏帆ちゃんは私にとてもよくしてくれてる。でも、私は?いつも夏帆ちゃんの隣にいるだけ。
いや寧ろ、私が夏帆ちゃんに世話になっている。提出物を写してもらったり、お弁当を作ってもらったり。
私は夏帆ちゃんに何も恩返し出来てない…
そう思ってご飯を食べていると、目の前に座っている父さんがじっと視線をよこしてくる。
「な、何?」
「…灯はいつ夏帆ちゃんに告白するんだ?」
「ええっ!?」
父さんの質問に驚いて、持っていた箸を床に落としてしまう。
「急に変な事言わないでよ父さんっ」
「いやいや、変な事でも無いだろう。むしろ何で告白しないんだ?好きなんだろ?夏帆ちゃんの事が」
「…うん。」
認めよう。私は夏帆ちゃんの事が大好き。
綺麗で、優しくて、私の事をおそらく1番に考えてくれる夏帆ちゃんの事が大好き。
他の誰にも取られたくない。夏帆ちゃんの全部、私が貰って閉じ込めたいくらい。
「父さんも母さんも、灯が女の子を好きになったって構わないぞ。なぁ母さん。」
「そうよ灯。私たちは灯が幸せになって欲しい。灯が夏帆ちゃんと一緒にいて幸せになれるなら、私達は応援するわ。」
「父さん、母さん…」
2人の言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
夏帆ちゃんしかり、莉愛ちゃんしかり、私は周りの人に本当に恵まれてるなぁと実感する。
「それにな、学生時代の後悔は生涯引きずるもんだ。俺だって、高校の頃に佐々木さんという人に一目惚れしたんだが、とうとう告白出来なくてな…。
同窓会で会った時にまだ独身だって聞いたから、アタックすれば良かったんだが…」
お酒が回ってきたのか、赤い顔をしながら昔のことを話す父さん。この話はもう何回も聞いたけどね。
「父さんの話は無視していいから、早くご飯食べちゃいなさい。」
「うん」
母さんに言われた通り、私は残っていた野菜炒めとご飯を口に入れて夜ご飯を食べ終わる。
お風呂に入って体を綺麗にした後、自分の部屋に戻って夏帆ちゃんとのトーク画面を開く。
「明日会えない?いや明日遊ぼう?
…なんかどれも違うような気がする。」
いざ会おうとすると、どう呼び出していいか分からなくなる。多分夏帆ちゃんならどんな誘いでも来てくれるんだろうけど、上手い言葉が思いつかない。
「明日公園で会わない?っと…」
結局、1時間くらい悩みに悩んでようやく一言メッセージを送った。すぐに既読がついて、可愛らしい猫のスタンプが返ってくる。
「緊張する…!でも、頑張らないとっ」
今までたくさん夏帆ちゃんに助けてもらった。
だから告白だけは、私が勇気を出したい。
飛び出るくらいうるさい心臓の音。何とか気持ちを落ち着けながら、私は布団に潜って目を瞑った。
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