クリエイターの血が騒ぐのだ。

 俺の発明?が戦争を呼び込む可能性に気付いて以降、俺は今後の発明についてはタイミングや影響を慎重に考える必要がある、と悟った。

 生活を便利にするものばかりではなく、もっとこう、戦争そのものを避けるような方向への誘導……そういう知識をこそ、広める必要がある。


 つまり、教育だ。

 人々の基礎教養を高め、理性と倫理が世界を統べる環境へ。

 オマエ、クダモノトッタ、オマエコロス。そんな世界から早いとこおさらばしないと、俺だっていつ殺されるか判ったものじゃない。


 しかし、道具と違って教養は、相手が興味を持たない限りきっと学ぼうとはしないだろう。俺が日本にいた頃を考えても、学校の授業なんてろくに聞いてなかったし、高校や大学の受験も一夜漬けレベルで受けたくらいだ。ほんと、社会人になって以降だよ、学問が面白いと思い、本気で勉強をしたのは。


 それに、日本と違ってこの時代は、そもそも学校すら存在しない。

 何しろ、学ぶべき学問自体が無いんだ、そりゃ学校だってあるわけがない。


 どうすれば、この時代の人々に、教養を学びたい、と思ってもらえるか……

 これ、すっごく難しいんじゃないか……?


─────


「……おい、動くな!」

「動かない、難しい……」

「もう少し、我慢する!」

「……ふわあ~あ」

「動くな!」


 ……で、どうしたか。まずは絵画教室を開くことにした。

 いま、苦心しながらニスヤラブタの肖像画を描いているところだ。


 ラスコー洞窟の壁画でも知られてるように、この時代の人々には既に、絵画を描く"文化"があった。簡単な装飾品を作るくらいなので、美意識が芽生えているんだ。

 で、それを積極的に、絵を描く楽しさをもっと知ってもらうところから始めることにしたわけ。幸いにして、俺は絵心は多少ある。学生の時分には、マンガを描いてたこともあったんだ。


 自然素材から作れる絵の具(顔料)を"奴"が埋め込んだ記憶から調べ、道具をそろえた。パレットは土器で作る。筆は枝を穂先のように細かく裂いて作った。


 まずは手近な平たい石にさらさらと、日本では描き慣れていた美少女キャラを描く。世界的に有名な、緑髪のツインテの女の子。ええそうですよ、世界初、世界最古の、同人誌(同人石?)です。この世界の美術の歴史の、黎明期に美少女キャラ。後で地面に埋めて、一万年後にこれを発掘した考古学会と美術界を大混乱に陥れてやろう。


 とはいえ、石をキャンバスにすると、重くて運搬には不向きだ。

 もっと簡便なモノが必要だ。


 そこでまた、"奴"が埋め込んだ記憶を手掛かりに、川辺に生えるパピルス草を刈ってきて黒曜石のナイフで平たい筋状にカットし、縦横に何本も並べて四角な面を作り重しを載せプレスした後、しっかりと乾燥させる。この時代でも手軽に作れる紙、エジプト発祥ということで有名な、パピルス紙の誕生だ。


 発明は慎重に、とか云いながら早速、五千年くらい紙の誕生を早めてしまったが、まあこれはしようがないな、ということで。


 もちろん、今の時代の人間が美少女キャラに興味を示すわけがない(日本のひらがなを、呪術のように恐れたニスヤラブタの反応を考えればすぐわかる)ので、俺は宣伝用に、ニスヤラブタをモデルにして肖像画を描くことにした。


 彼女は、俺が使う道具や俺が絵を描いている姿に興味津々で、モデルだから動くなと云ってもちょちょい制作途中の絵を見ようとするし、少しでもヒマな時間がたつとあくびするわでなかなか苦心をしたのだけど、何とか仕上がったものを彼女に見せると、「これ、わたしか?」と嬉しそうに反応した。


 俺と彼女はさっそく、それを持って集落に見せびらかしに行くのだった。


─────


 俺たちは、集落の一角でおしゃべりをしていた連中のところに、巻いたパピルスを手にしてニコニコと近づく。

 連中は、俺らに気付くと笑顔で迎え入れた。


「ニスヤラブタ、この間の魚、うまかった」

「わかった、また今度、持ってくる」

「アダブール、おれ、またSIOシオ欲しい」

おさに頼め、いいと云う、またSIOシオ渡す」

「アダブール、SYOIKOショイコ、壊れた」

「壊れた?SYOIKOショイコ、後で見る」


 俺とニスヤラブタが会話に加わると、集団のうちの女連中が、彼女を近くに呼び寄せる。云いたくてたまらない内緒の話がある、という風だ。


「ニスヤラブタ、聞いたか?聞いたか!?

 ガバルシャ、おさに叱られた!」

「なぜ?」

「ガバルシャ、ネイマーと寝た、でもネイマー無視している、

 ネイマー、すごく怒っている!」

「わかる、わかる」と、頷くニスヤラブタ。


「ガバルシャ、果物、採りにいかない」

「狩りもいかない」

「ぐうたら、ぐうたら、いつもぐうたら」

「ガバルシャ、ぐうたら、アダブールみたい」


 女連中が、男連中と話をしている俺を横目で見ながらニヤニヤと、そんなことを云うと、彼女は少しムッとした顔で答える。


「アダブール、ぐうたら違う、精霊が入った、

 いまティル・アシャで、いちばんの男」


 彼女の答えに、女連中は顔を見合わせケラケラと笑う。


「アダブール、いちばんか!」

「私のパパも、いちばんの男だ!」

「精霊、ガバルシャに入るといい」

「アレなら、精霊、ふたり入る」


 彼女らの言葉を聞き、ニスヤラブタも手を叩いて笑った。


 ガバルシャ、と呼ばれている男は、この時代には珍しく、肥満体だ。彼女らが云うように、基本はぐうたらで働こうとしない。集落の人々が採ってきた食べ物をわけて貰い、昼寝をしながら過ごす。

 こういった原始社会では、働かざる者食うべからず、が基本なのだろうと俺は思っていたが実態はぜんぜん違い、彼のような者も部族で養っているのだ。


 単なるぐうたら、つまり「働いたら負け」みたいな人物、或いは悪質なフリーライダーのように思えるかもだが、彼は意外にも集落で人気がある。夜、人々が集う焚火の前で彼は、テンションが高まると勝手にダンスを始めるのだがその様が、他の人々のそれとは異なりとても滑稽らしく、みな彼を囃しながらそれを楽しむのだ。


 俺も一度、焚火の前での彼のダンスを見たことがある。

 両腕を高く掲げ、脂肪で垂れた腹をぶるんぶるんと震わせながら一心不乱に踊るその様は確かに滑稽に見えるのだが、やんややんやと囃し立てる周囲の人々とは違い、俺には彼の中での、何かの真摯な祈りの表現にも見えた。俺はすっかりと、彼のダンスに見入ったものだ。


 女連中は、ニスヤラブタが手に持つ、巻いたパピルスに気付いた。


「それ、何だ?」

「これ、NIGAOEニガオエだ」


 ニスヤラブタが口にした、例によって彼らには一切馴染みのない言葉に、女連中はきょとんとした顔を見合わせる。彼女はパピルスを広げて肖像画を見せたが最初、女連中はそれがどういうものか認識できないようだった。頭の中にハテナがいっぱい詰まった表情を見せる。


 しかし、肖像画の中に、ニスヤラブタが愛用している首飾りと同様の描写を見つけた一人が、疑いつつも声を挙げる。


「これ……お前か?……お前か?」

「そう、わたしだ」と少し自慢げな彼女。

「これ、NN、NE、NNNI……」

NIGAOEニガオエ

「……それ、またアダブールか?」

「そう、アダブールだ」とまた自慢げな感じ。


 女連中は、肖像画とニスヤラブタ本人を見比べながら、面白いような、不思議そうな……日本語で云うなら「キツネにつままれたような顔」をしている。俺がもっと絵が上手ければ、彼女らもすぐに理解できたのかな、と少し歯がゆく思った。


 俺と話をしていた男連中にも肖像画を見せたが、しかしこちらはなんと、それがニスヤラブタだと一発で認識できた。絵と彼女を交互に指さしながら「お前!お前!!」と驚いている。彼女はさらに誇らしげな顔をした。なんだ、俺の技量でも問題ないのか?ちょっとワケわからんな。


 しかし後日、アダブールがまた魔法を使った、ニスヤラブタがひらたくなった、というさらにワケわからん噂をたてられた俺は、再び長老に呼び出され釈明をするハメに陥った。


 長老とナシャムカの前にパピルスの絵と彼女を並べ、魔法ちがう、この通りニスヤラブタひらたくなってない、こっちNIGAOEニガオエだと必死に説明をする俺を、長老はもはや呆れた様子で見ている。


 しかし長老は、俺の描いた肖像画よりも、パピルスそのものに興味を示していた。


「……これ、お前が作った?」


 パピルスを手に取り、その質感や手触りを確認しながら、長老は俺にそう尋ねる。 俺が神妙に頷くと、長老はおもむろにその端を、目の前の焚火にかざした。俺がアッと声を上げる間もなくパピルスに火が付く。


 パピルスの繊維を焼く炎は何者にも遮られることなく、十秒ほどでそれを持つ長老の指先にまで延焼する。彼がそれをそのまま焚火に放ると、人類史上初のパピルスの肖像画はあっけなく、俺の目の前で焼失し炭となった。

 

 ふむ、と感嘆するような声を上げる長老。

 自分の肖像画を燃やされ、むすっとした表情で長老を睨むニスヤラブタ。

 せっかくの自信作をあっさり燃やされ、半泣き状態の俺。


「良い、これは良い」


 しかし、岩塩や土器にはそれほどの誉め言葉を口にしなかった長老が、パピルスに対しては率直に褒めたのに俺は驚く。パピルスの何に感心したのか、その時の俺にはよくわからなかった。


「……良いなら、なぜ燃やした」


 むっすりとしたニスヤラブタが、静かに長老に問う。あっ……これ、すごく怒ってるやつだ。

 長老は彼女の表情の意味に気付いたのか、目を細めながら少し優し気な口調で、俺に云った。


「アダブール、これ、いくつも作れるか?」

「作れる、もっとたくさん」

「また、ニスヤラブタのひらたいもの、作れ」


 わかりました、ニスヤラブタのひらたいもの、俺つくる。

 俺は何度も頷きながら、彼女を外に出るよう促し急いで長老の家を後にする。彼女が、長老に対して率直に怒ってみせたのには肝を冷やした。ほんと、怖いモノ知らずだ、ウチのヨメさんは。


 彼女にはまた新しく、肖像画を描いてプレゼントしたのは云わずもがなとして。

 俺は次に、ガバルシャのダンスを描こうと決意していたんだ。


─────


 それから数日後の夜。

 日中、久しぶりにガゼルの狩りに成功した者たちから、皆に肉を振る舞うという話があった。俺たちも晩餐にあずかることになり、日が暮れてから二人で"パーティ会場"に赴いた。


 集落の中心には、大きな焚火ができる場所がある。

 そこでは、今回のように皆が集う際には営火を焚き、それを丸く囲うようにみな座って互いが持ち寄った食材を楽しく食べたりおしゃべりをしたり、掛け声や手拍子に合わせてのダンスを楽しむんだ。また、ティル・アシャや他部族との間で起きた出来事や事件を、物語にして若い子らに話す者もいた。このコミュニティが、まさに部族の文化の中心だといえる。


 俺は、他の人々とのおしゃべりを適当に流しながら、ガバルシャの様子を観察していた。彼は、配られた肉を少しずつかじっては果物を少しずつかじっては、しかし食べること自体にはあまり関心がなさそうな風だった。それよりも、人々の様子を観察する方に集中しているようだ。


 俺は、意を決してガバルシャの隣まで移動し、声をかけながら腰を下ろす。

 彼は俺の姿を見ると、「アダブール」と声をかけてきた。


「ガバルシャ、食べてるか?」

「食べてる」


 さほど関心がなさげに、彼は手に持つ生肉に視線を落とす。

 俺の"発明"を真似、肉を焼いて塩を振る者もいるが、多くの人々の基本は今でも生肉だ。彼は、それを食べるかという風に俺に差し出すが、俺はかぶりを振って辞退する。


「今日は、踊るか?」


 俺は、今一番の関心事を率直に彼に尋ねる。要するに、今日は気分がアガるか?というくらいの意味合いだ。彼は首をかしげ、わからない、と答えた。

 NIGAOEニガオエの話を知ってるか、と彼に尋ねたら、彼も噂には聞いていたようだった。


「ニスヤラブタ、ひらたくした、その話か?」

「ひらたくして、ない……」


 俺は少し離れた場所で女性陣に交じっておしゃべりをしている、ニスヤラブタを指さして弁明する。ひらたくない、と云うと彼は少し笑った。

 俺は、彼のダンスを見た時に感じたことを、確認してみたいと思った。彼にダンスについて尋ねる。


「ガバルシャ、お前、なぜ踊る?」

「おれ?」

「そう、お前……お前の踊り、好きだ」


 俺が、彼のダンスに対して率直に好感を述べると、彼は意外なことに眉をよせて気難しそうな顔をした。


「みんな、笑う……お前もそう」

「俺、笑ってない、お前の踊り、見るの好き、でも笑わない」

「笑ってる」


 彼は、言葉少なにそう云うと、ひざを抱えてしまう。

 そうか、彼としては自分のダンスで皆を笑わせている自覚は無くて、本当は笑ってほしくないんだ……でも、そうだとするとますます、それでも踊る気持ちがよく理解できないな。


「みんな笑う、嫌いか?」

「……わからない」

「俺は笑わない、今晩もお前、踊る、それ楽しみ」

「……そうか」と、俯きがちに視線を落とし、それだけを答える彼。

 

「お前の踊り、他の人の踊り、違う」

「……」

「お前、踊りで精霊、祈ってるか?」

「…………」

「踊りのお前、とてもまじめ」


 俺の、彼のダンスへの所感を素直に彼に尋ねてみた。

 彼はそれを聞いて、初めて視線をまともに俺に向けてきた。

 何かこう、意外な言葉を聞いた、という感じの表情だ。


「……祈ってる?」

「俺、そう思った、違う?」

「……違う、祈ってない……」


 彼は再び、目の前の炎の柱に視線を向ける。

 しばらくの沈黙の後に彼は、ぽつりと呟く。


「……泣いている」


 それは、全く予想もしていなかった言葉だった。

 俺はびっくりして彼に問う。


「泣く?なぜ?」

「……声、聞こえなくなった」

「声?」

「……精霊の声」


 精霊の声、だって?

 驚く俺に、彼は訥々とつとつと語り続ける。


「むかし、精霊の声、俺も聞いていた

 でも、声、聞こえなくなった

 おさの言いつけ、破った、それからだ、

 もう精霊の声、聞こえない……」


 彼は顔を上げ、団欒を楽しむ人々の姿を見つめる。

 その顔は、今にも泣き崩れそうな表情になっていた。


「みんな、精霊の声、聞いている、

 その声、みんな、導いている……

 ……お前も、精霊の声、聞こえるか?」


 俺に向き、そう尋ねてきた彼に俺は、何と云って答えたらいいのか少し悩んだ。

 精霊の声なんて、何のことだかさっぱりわからないし、もちろん俺にはそうだと思える声は全く聞こえない(ああ、確かに"奴"の声は聞こえる、でもアレが精霊?ははは、悪い冗談だ)。

 でも、この時代の人々はそれを信じているし、聞いていると思っているようだ。聞こえる、と答える方が無難のようにも感じるが……


 ……嘘はつけない。

 嘘をつくことが、彼への誠意になるとも思えなかった。


「……俺、精霊の声、わからない」

「お前、精霊が入った、そう聞いた!

 わからない?なぜ!」


 俺の答えに彼は、心底驚いた表情をした。

 ああそうか、そういうことになってたんだよな。


「……身体の中の精霊、喋らない、俺、動かす

 俺、何も云わない、精霊、俺、動かす」

「…………」

「精霊、何を云う?」


 俺は、かつて彼が聞いていたという精霊の声に興味がわいた。

 どんなことを喋っていたのか、彼に尋ねる。

 でも、それには彼は応えてくれなかった、心を閉じてしまったのかと、俺は焦って言葉を繋ぐ。


「俺、アダブール、アダブール(変な男)だ、

 昔から、変だった」

「……」

「精霊の声、昔から聞こえない、わからない、

 だから今も、精霊の声、聞こえない、わからない

 精霊、何を云う?教えて?

 美味しい食べ物か?危ない森か?」

「…………」

「……ネイマーは?」


 その名を聞いた彼は、びくり、と身体を強張らせた。

 必死に顔をぶんぶんと振り、否定の意志を示す。


「違う、違う違う違う違う違う!

 精霊、ネイマー云ってない!」

「でも、おさに怒られたか?」

「怒られた!でも違う!

 おれ、おれ……知らなかった……!」

「何を?」

「知らない……知らない!」


 顔を真っ赤にして何事かを必死に否定をするガバルシャ。

 俺は、ネイマーとの間で何があったのか、これ以上は聞かない方がよさそうだと感じた。彼の背を撫でながら、俺は落ち着くように諭す。


「聞かない、聞かない……お前、知らない」

「そう、知らない……おれ、知らない」

「わかった……俺、お前の踊り、好きだ、

 いつも楽しみ、楽しみ」


 俺はそれだけを云うと、彼の傍をそっと離れた。

 たぶん今日は、彼もダンスをする気にはなりそうにない。

 また次の機会を待つか。


 しかし、精霊の声、か……そんなオカルト、初めて聞いたな。

 ニスヤラブタも云ったことがないし、誰からも聞いたことが無い。

 ガバルシャは自分だけ聞こえなくなった、と思っているようだが、もしかすると元々、彼にしか聞こえてなかったんじゃないか?

 或いは、聞こえている気になっていたが、それが聞こえなくなった……つまり、正気に戻った、ということか?


─────


 結局その日は、他の男たちや女たちがめいめい気ままに、愉快そうにダンスを披露してはいたものの、ガバルシャが踊ることはなく宴は終了した。


 彼の、内面の傷心を知ってしまった以上、俺も彼にダンスを無理強いするわけにもいかず、しかしあのダンスをまた見たい、見て描きたいという俺の欲求は、放っておいてもふつふつと湧き上がってくる。

 どうしたら、また踊ってもらえるか。気長に待つしかないのか。


 自宅前で今日も土器を作りながら、そんなことをぼんやりと考えていたら、突然家の中から、こーんこーんという音が鳴り響く。何だ?何か聞いたことがあるが……何の音だ?


 俺が腰を上げ、家の中に入ってみるとそこではニスヤラブタが、俺が作った大きめの土器のふちを、楽しそうに木の枝で叩いているところだった。

 こんこん、こーんこんと、リズミカルに土器を叩く彼女。俺が家に入ってきたのに気付くと、俺の方を見ながら「いい、これいい」と喜んでみせた。


 そういえば、乾いた土器って叩くと、こんな音が出るんだったな。この音の具合でも土器の完成度がある程度わかる。しっかり乾燥できた土器ならではの音だ。

 俺が土器を焼き上げた時に、叩いてこの音を出して満足げにしている所を彼女が見て、思いついたのかな。


 せっかく作った土器だ、叩きすぎて割るなよと彼女に注意をしながら俺は、こんこんというその澄んだ音から、あることに気付いた。


 そうだ……土器って、ドラムにできるんじゃね?


 "奴"が埋め込んだ記憶から、土器製の楽器を検索する。

 あるじゃん、めっちゃあるわ!

 壺のような土器の横腹に穴を空けたウドゥという楽器があるし、筒状の土器の片側に革を張ればそのままタムにもなる、笛のように加工すれば土笛だって作れる。そこまで手をかけなくとも、彼女のように土器のふちをコンコンと叩くだけでパーカッションにもなるじゃないか。


 ガバルシャがテンション上がらないダンスする気にならないと云うなら、俺がアガる演奏をすればいいんだよ。音で、彼をアゲればいい。


 俺は、ガバルシャとセッション(?)をする様を思い浮かべる。

 コンコボンボドゥワドゥワ、と土器を叩き奏でる俺、そのパーカッシヴな原始時代のダンスサウンドに乗って一心不乱に踊り狂うガバルシャ。激しく燃え盛るかがり火の熱気と夜の空気に響き渡る土の音に誘われるように、ついにはみな立ち上がり、己が魂を焼き尽くすように踊るのだ。


 俺、学生時代に友達とバンドを組んでたんだけど、まさかその経験が原始時代で活かせるとは夢にも思わなかった。すっげえテンション上がってきたぞ。

 いいよ、これすごくいい!

 よし、次の"パーティ"では、絶対にガバルシャとセッションするぞ!

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