平和主義者、戦争を呼び込む。

 背負子を作って、それが好評だったことに勢いづいた俺が、次に作ろうと思ったもの、それは土器だ。


 彼ら、木のウロを貯蔵庫に使ったり葉っぱを皿代わりにしたり石を削ったものを壺にしたりと、随分とチャチで不便なものを使ってる。いや、そういうものだと思ってるから、不便だなんて少しも感じてなさそうだけどね。


 土器なら、使い勝手が良いように好きに成型できるし、いくらでも作ることができる。何より保存がしやすくなる。昔の奴らが土器を作ってた気持ち、よくわかるよ。


 しかし、土器づくりは予想に反して、めっちゃ苦労した。

 もちろん、背負子を作るのも大変だったけど、土器はとにかく、素材(粘土)が出来の良し悪しを大きく左右するんだ。

 大雑把に箇条書きにすると、


 ① 良い粘土を探す

 ② 空気が完全に抜けるまでこね続ける

 ③ 土器の形を作り、表面をなめらかに整える

 ④ 小屋の中などの日陰でしっかり干す

 ⑤ 火の近くで満遍なくあぶる

 ⑥ 土器全体を包むように、薪を組んでじっくり焼く


 という工程で土器が作れるけど、どれもこれも大変で時間もかかる、それこそ背負子の比にならないほど、時間がかかるんだ。


 水際に出向き粘土を探し、土器を作れるほど集めたら今度はそれを手や足で練る、練る練る、細い紐状にしてもちぎれないくらいの粘りが出るまで、ひたすら練り続ける。そうしたら、それを皿や椀や壺の形に整形し表面をつるつるに磨いて、水分が抜けるまで何日間も陰干しをし、ようやっと火であぶって焼き上げる。

 どうだろう、背負子と土器の、手間のかかり方の違いがわかるだろうか。


 特に④はべらぼうに時間をとる工程で、二日~三日程度置いてたくらいじゃ水分が抜けず、そのまま焼いても土の中の水分が膨張して割れてしまう。結局、二十日以上は放置しとかないとならないことが分かって、ああなるほど、そんなに待たないとできないなら、昔の人はそりゃ一気に量産しようとするわけだ、と思ったよ。


 そして、練る時には水分が必要なのに、焼く時には水分が不要。

 水分がしっかり抜けてるかどうか、見た目では全くわからない(少なくとも今の俺には)ので、作った土器を火にくべてみないと結果はわからない。うまくいったかな、と思っていたら突然、パン!と割れてしまうんだ。

 土器がちゃんと焼けるか、ドキドキだよね!ってやかましいわ。


 いくつもの失敗を重ねた末に、初めて俺製の土器(湯飲み)が誕生した時は、思わず涙がこぼれたよ。俺が日本にいた頃に使ってた茶碗や湯飲みって、こんな大変な労力をかけて作るものだったんだな、って思い知った。


 昔、修学旅行で古代日本の博物館に行った時、「こんなに壺ばっか作って、縄文とか弥生の奴らって壺好きすぎだろ(笑)バッカじゃねーの(笑)」と友人と笑い合ってたけど、今の俺には彼らの凄さがよくわかる。あの先進的な量産体制、マジで羨ましいと思ったね。馬鹿にしてほんとすまんかった。


 うまく土器が焼けるようになった俺は、まずは長老へ完成品を献上する。

 また俺がけったいなものを、という心情がありありと分かる顔で、俺が持ってきた湯飲みを受け取った長老だけど、土器が石の器や木の葉っぱよりは遥かに便利なことを、すぐ理解できたらしい。


「他にないのか?」


 と、不満そうに云ったので、これを作るのに労力も時間もかかることを説明したら後で集落の皆に、俺の土器作りを手伝ってやれ、という触れを出してくれた。


 俺は、土器作りを手伝ってくれた人には優先して、完成した土器をあげた。そもそも皆、狩りや採取をする以外の時間は基本的にヒマしてるのと、手伝えば土器をもらえるとあって、土器づくりのスピードはかなり上がった。


 皆もじきに、背負子や土器のある暮らしに慣れてゆくのだった。

 基本、ヒトの順応速度って早いのだろうな。


─────


 岩塩、背負子、土器。

 さて次に、俺は何を作るべきか、為すべきか。


 夕暮れ時、すっかりと腹もくちた俺は自宅の床に敷いた毛皮の上で、妻であるニスヤラブタと川の字になり彼女に腕枕をしながら、ぼんやりと考える。


 この時代には存在せず、作れば生活が楽になるであろう技術・知識は山ほどある。

 そういうものをどんどん形にしてゆけば、俺も含めた皆の生活水準は一気に向上するだろう。

 いずれは、石畳の舗装路も作って移動を楽にしたいなあ。みんなで協力すれば、近くの川から集落までの道くらいはできそうだ。そうしたら、ついに車輪の発明だ。集落の皆の「なんだこれは!」の大合唱が目に浮かぶよ。


 やがて、その状況は他の部族にも伝わっていくだろう。他所からも、この集落で作る物を欲しがって続々と訪問客が押し寄せる。そりゃもう、続々と、続々と。


 ……続々、と?

 続々と???


 あれ、ちょっと待って。

 なんか……それ、ヤバくないか……?


 ウチの部族にくる連中は、それらがとても便利だ、役に立つという噂を聞きつけて来るわけだよな。で、実際にそれを見て、欲しいと思うだろう。

 ガゼルを巡ってウル・バザンと対立をしたように、この時代にも互いが求めるものを巡っての部族同士の対立は発生する。今度はそれが、岩塩や背負子や土器に代わる、ってことじゃないか……?


 それに、食べずに放っておけば腐るガゼルの肉と違い、背負子や土器は放置しても簡単には腐らないし、価値が維持され続ける。これらは、奪い損、ってのが無いんだ。


 例えば、逆に俺がいま、土器の焼き窯がある集落の存在を知ったとしよう。

 焼き窯のある集落だって!?……そんなの、じゃん。今すぐにでもそこに行って奪い取りたいくらいの気分になる。


 つまり、ティル・アシャ以外の部族も、ここにある、いつまでも価値が保たれる物を欲しがる可能性がめっちゃ高い。その際に、行商で平和裏に取引しよう、という"文化"の部族であればいいけれど、それがもし「ころしてでもうばいとる」の"文化"を持つ連中だったら……


 ……やばい。

 俺、確実に戦争の火種を作ってるじゃん……


 内心、冷や汗をかいた俺は、俺に腕枕をしてもらい安らいでいる傍らのニスヤラブタに、何気ない風を装い尋ねる。


「……お前、戦う、好きか?」

「わたし?」


 彼女は、俺の突然の変な質問に、意味を掴みかねるような調子で答える。


「……戦う、嫌い

 ……でも、お前、戦って勝つ、好き」


 この間の、バシュタとかいう奴との一件を思い出したのだろうか、彼女はそう云うと、俺の肩に頭を寄せてきた。その答えに対し、ちょっぴりいじわるな気持ちが湧いた俺は、


「俺、負けたら嫌いか?」


 と彼女に聞いてみる。

 彼女は俺の顔を見て、その内心を探っていたようだったが、


「……お前、負けても……好き」


 と、小さく呟いた。


 トゥンク、と俺の鼓動が高鳴るのを感じる。

 何その不意打ち!お前、もう絶対惚れるしかないやん!俺は唐突に、彼女をぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られる。


 いかんいかん、そうじゃないんだ。

 俺が聞きたかったのはそれじゃない。


「俺、いや、俺の中の精霊、

 ……ティル・アシャ、よく知らない」

「うん」

「ティル・アシャ、他の部族、戦う、多いか?」


 ウル・バザンとの対立では、この部族の男連中は戦闘に慣れているような動きをしていた。案外に、他部族との対立を今までも経験していたのかもしれない、と思ったんだ。


「ん-……暑くなって、寒くなって、暑くなる、

 その間、一回、二回、無いかも」


 つまり、一年に一度や二度は他部族との衝突があるかも、ということか。

 そういえば、ガゼル狩りでトラブった時の、あのナシャムカの口ぶり(ウル・バザン、お前たちいつも……)からも、ウル・バザンと何度も衝突していることが伺える。


 ウル・バザンは、他部族との戦闘にとても慣れている感じがした。

 ああいった部族が、この地には他にもいくつも存在しているのだろうか。

 

 そういえば、あの時ナシャムカが、実際に血讐で滅びたらしい部族の名を挙げていたよな。彼女も知っているだろうか?


「殺す、殺される、何度もして、消えた部族、

 お前、知っているか?」

「ザル・クナム?」

「それだ、ザル・クナム

 お前、知っているか?」


 俺がそう尋ねると、彼女は目を丸くして俺に答えた。


「もちろん、

 ザル・クナム、お前の故郷だ」


 俺も、彼女の答えを聞いて目を丸くした。

 互いに顔を見合わせる。


─────


 俺の ── この肉体の ── 故郷はここではなく、ザル・クナムだった。

 彼らは森に棲む小さな部族で、ここティル・アシャとは友好的な関係を築いていたらしい。果実を採ったり森の生き物を狩ることを生業とし、互いの収穫物を交換していた。


 しかし、彼らはある時、同じ森に棲むバル・ロガンと対立をする。

 きっかけは彼女も知らないらしいが、それ以降、彼らは互いに応酬を繰り返した。ちなみに、この時代の応酬とは、イヤガラセやイジメではない、暴力であり、殺人だ。


 片方が相手の誰かを殺し、すると殺された側もまた、相手の誰かを殺す。

 殺す側は、これで相手とおあいこだ、と思うが殺された側はそう思わないのが常だ。お前たち、オレ達のとても大切な仲間を殺した、これお前たちの二人分に相当する、だからお前たち二人殺す、というわけだ。


 かくして、両部族は血みどろの報復合戦に突入した。

 けれど、俺がいたザル・クナムは人数が少なく、比較して人数が多いバル・ロガンには到底勝てなかった。彼らに両親を殺された俺は、そこから命からがら逃げ出し、ティル・アシャに匿ってもらった、という顛末だ。


 しかし、確かナシャムカはあの時、双方とも消えたという意味のことを云ったはずだが、今の話だとバル・ロガンは、勝者として生き残っているはずだ。

 彼女が訥々とつとつと語る過去の話を聞きながら、俺は疑問を口にする。


「……バル・ロガン、今もいる?」

「いない、消えた」

「なぜ?」


 俺がそう尋ねると、彼女は俺の顔を見ながらうっすらとほほ笑んだ。

 その瞳がなぜか輝いている。


「バル・ロガン、

 わたしたちが、殺した」


 今しがたまで腕に抱いていた可愛らしい子犬が、突如俺の首にガブリと噛みつき、牙から血を滴らせたかのような衝撃……!

 俺は、内心の驚愕を悟られないように、彼女にはそっとほほ笑んでみせる。


 部族間の抗争については、当事者以外の部族は基本的には関わらない。

 それが、この地で様々な衝突を乗り越え生き延びてきたすべての部族が学び取った、血で綴られた暗黙の掟だった。

 しかし、ザル・クナムの唯一の生き残りであった俺を匿った時、ティル・アシャは血の掟を破った。


 俺という生き残りがいるのを知り、ここまで追って来たバル・ロガンに長老は、もうやめろ、と云ったそうだ。ザル・クナムは俺以外みな死んだ、報復は十分に果たされた、と。


 報復合戦により既に人数も数名にまで減っていた彼らはしかし、報復を最後まで完遂することに拘った。俺を殺せば報復が完了する、そうすれば今まで死んだ全ての仲間も報われる。だから俺を差し出せ、そう強く主張をした。


 普通なら、俺を彼らに差し出すだろう。そして俺は殺されていたはずだ。

 しかし、ティル・アシャの長老は、なぜか俺を差し出さなかった。 

 そして、このままでは連中は、今度はティル・アシャの者にも危害を加えると判断した長老は、部族総出で彼らを殲滅せんめつした ── そうだ。


 まるで伝説の戦記のように、彼女が静かに語るバル・ロガン滅亡までの物語を聞きながら俺は、あの時の、俺の提案に対するナシャムカの反応が、なんとなく理解できた。


 彼は ── いや、この地の人々は既に、血讐の恐ろしさを知っていた。しかし、それをどうやって押し留めるかについては、うまく思いつかなかっただけだ。それを、血讐の被害者であった俺自身が必死に語ったからこそ、彼は聞いてくれたのか。


 しかし、わたしたちが殺した、と云った時のニスヤラブタの瞳の輝きには、正直ビビった。戦うのきらい、と云ったのに、自分の部族が敵と戦い敵を殺すのは好きなのか。複雑な二面性……この時代のヒトに特有の、それなのか。


 ……なぜ、長老は俺を匿ってくれたんだろうか?

 友好を結んでいた部族の者だったとはいえ、ただの若造だったはずの俺を、庇うため危険を冒し相手を殲滅するほどの理由があるのか?


 それについては、ニスヤラブタも首を振るばかりだ。

 聞けるときに、長老本人に聞いてみるしかなさそうだった。


─────


 ……俺は、夢の中の大学講堂で、久しぶりに"奴"と出会う。

 相も変わらず、男か女か、大人か子供かよくわからないような、ふゆふゆと漂う白いガウンに包まれたそいつは、元気そうだね、と俺に語り掛ける。


 おかげ様でね。

 毎日が刺激的すぎて、嫌ンなるくらいだよ。

 お前も一度、ここに転生してみなよ、すンごい楽しいぞ?


(お誘いは嬉しいけど、僕はそれよりもデータが欲しいんでね、

 君がその世界を存分に楽しんでくれるなら、それだけで幸せさ)


 データ、データって……

 一体、俺のなにをデータにしてんだよ。


(……んー、想定通り、ミームが消失しつつあるねぇ

 環境から断絶されたミームは、継承されない限り消失するか)


 黒板には「ミーム全体」というタイトルの円グラフが描かれ、約15%程度の領域に「消失」と描かれた。その傍には、電子機器や自動車や高層ビルにバッテンがついた絵も描かれる。

 げっ、もうゲーム機や車とか、俺は作れなくなったってことかよ……まあ、今の生活に役立たない記憶なんて、どんだけ消えても別にいいけどさ。


 ……なあお前、

 俺の転生先をこの肉体にしたのは、何か意図があるのか?


(おっ、そこに気付いた?

 もちろん、狙いがあってのことさ)


 ……どういう狙いだよ。


(さあ、どんな狙いなんだろうねえ……ふふふ) 


 あいまいな存在の"奴"が、またしてもあいまいな返答で俺を煙に巻く。

 伝説の勇者の子供とか、次世紀の王の祖先とか……そういう類の筋書きならすぐに思いつくんだが、こいつが俺を、そんな愉快な物語に放り込んだとは到底思えない。


(ま、君が必死に生き延びていればいつか、

 それに気づく日がくるかもしれない)


 その時まで、俺は生きていられるかねえ。自信が無いよ。

 ……そうだ、この間の話の続きだ、日本に残ってるはずの俺の肉体。

 一体、どうなってるんだ?


 俺がそう尋ねると、"奴"は突然、ふわりふわりと講堂の中をあちこちに浮遊し始めた。それねえ、どうしようかなあ、と何かを悩んでいる風だ。


 いや、大体覚悟はできてるし。

 ……多分、死んだんだろ?

 あの時の痛み、尋常じゃなかったしな。


(……うん、君の脳の構造をコピーする際に、ちょっと……出力を高くしすぎた

 幸い、死んではいないんだけど……芳しくはない状態だね)


 黒板には、太ゴチック体フォントで丁寧に、「植物状態」と書かれた。

 すっごくわかりやすい説明だ。

 そうか……一応、まだ死んではいないんだな。というか、いきなり倒れて脳死のまま昏睡している俺を見た時の、家族の気持ちを考えるとさすがにつらい。


(僕のデータ採取にちゃんと協力してくれたら、完全な復帰は無理としても、

 君ができるだけ納得できる形での決着は図るつもりだよ)


 データ採取ねえ。

 なに、要するに現代人を、原始時代にトバしたらどうなるか、って実験なのか、これは?


(……実はね、今の僕らの時代では、少子化をとめることができなかった結果、

 世界人口が一億人を切ってるんだ)


 うん?一億人?

 確か、2025年の世界人口が80億人、だったよな?

 えっ、1/80ってことは……全盛期の2%未満にまで減った、ってこと?


(そう、すごい減り方だよね、

 別に人口抑制や出産規制をしたわけでもない、

 大きな戦争が起きたわけでもないのに、自然とそこまで減ったんだ

 このままいけば、50年後には3000万人前後になると思う) 


 うわ……土地、すっごい余りまくってそうだな。

 ちなみに、日本の人口は何人になってるんだ?


(日本?無いよ?)


 うっそだろ……日本、無くなったの?マジで?

 なんで?まさか、中国に侵略されたのか?


(中国?ああ、中華民主主義国ね、侵略とかじゃなくて、合併した

 日本の人口が1000万人を切った時点で、単独ではインフラの維持が

 もはや不可能になったんだ、それで、中華との合併を選択した、

 今は日本自治区として観光名所になってる


 とはいえ中華だって、安泰ってわけじゃない、

 日本も中華も、地方は軒並み、廃墟と化してるよ……

 観光名所でやってける分、日本はまだマシだね)


 マジかよ、かなりショックだ……

 どうせ合併するなら、アメリカとすればいいのに……


(アメリカ?無いよ?)


 ちょっと待って、アメリカ無いの!?

 どういうこと!?一体どうなってるんだよお前の世界!


 と、俺が怒鳴った途端に講堂が、ぐにゃり、と歪む。

 またこんなタイミングで目覚めの時がきたのかよ。


(無いというか、アメリカは二つに分裂……旧来の……な民主国家と、

 キリスト教……あれ……起き……)


 とろけてゆく視界の中で、"奴"の姿と声が、徐々に遠ざかってゆく。

 俺はまた、どろどろに溶けだした講堂を鼻から口から、勢いよく吸い込んで壮絶にむせる。不快感たっぷりの、起床を果たすのだ。

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