第3話 「化物」の魔王様


 鈴の音がしたようだった。


「あなたっ達てハーフなの? どうりでどの種族っぽくもない見た目をしてるわけだわ」


 私達が種族間のハーフについて話していると、左隣の席にいた、艷やかな銀髪をはじめとして全体的に色素が薄い儚げな美少女、妖精えるふ 萌音もねが、小首を傾げてそう尋ねてきた。


 およそ百六十センチの私達よりも十センチ程小さくて華奢な彼女は、まごうことなき「魔法使い」。その中でも妖精族の女王を母に持つ一国の王女であり、平民からすればとてつもなく身分の高い存在である。


「そうなの! ずっと「ノーマル」だと思って暮らしてきたんだけど、ハーフって聞いてこの変わった髪色にも納得したんだよ」


 そんな萌音にも臆することなく、キティはキラッキラの笑顔をプレゼント。


 キティはポップ系、萌音は儚い系とジャンルの違う美少女二人だが、目の保養になるのはどちらも同じ。

 私は二人のやりとりを遠い存在を見るかのような目をして聞いていた。


 私は相槌を打ちつつ殆ど聞き役に徹していると、いつの間にか教室はしんと静まり返っており、かと言って長い昼休みはまだ続いるようで、授業が始まる様子も全くない。

 なんとなく気まずくて黙り込むと、キティや萌音も違和感に気づいて黙り込み、私達は辺りを見回した。――違和感の正体はすぐに見つかった。


 「化物」の男子生徒が「ノーマル」の男子生徒の頭を乱暴に掴み、机に押し付けていた。

 「ノーマル」の男子生徒の額には痛々しい打撲跡があり、真っ赤な血液が溢れて痛々しい。


 ここ一週間、このクラスは他クラスと比較して最も明るい雰囲気で穏やかに過ごせていた。

 クラスによっては種族間の対立が起きていくつかの派閥に分かれ争いを繰り広げている――なんてこともあったそうなのだが、そんなこととは一切無縁であり続けていたのに。


 恐怖や絶望に寄る感情はあったけれど、案の定こうなるよね、といった納得の方が強かった。


 誰も何も言わないまま、赤い液体だけが徐々に広がっていく。 


 そんな中沈黙を破ったのは、「怪物」の男子生徒と同じグループにいた同じく「怪物」の女子生徒、蘇復そふく つばきだった。


「ねぇ鮫海しゃこう、財布は出すの? これでも出さないの?」


 薔薇を連想させるゆるやかに巻かれたセミロングの赤髪を低い位置でツインテールにした、派手なメイクの似合う彼女は、萌音よりも更に小柄であるにも関わらず、圧倒的な威圧感を出していた。


 その姿はまさに悪役令嬢女王


「出す……出しますから……」


 「ノーマル」の男子生徒、鮫海しゃこう すぐるは猛獣を前にした小動物のように萎縮しながら声を絞り出した。


「だってさ。もう離してやってもいいんじゃない?」


 つばきが目配せすると、優の頭を押さえつけていた手が乱暴に離され、解放された彼は蹌踉めきながらもすぐに自分の鞄を漁って財布を取り出し、腰を低くしてつばきに手渡した。

 それを荒々しく掴んだ彼女は中身だけをサッと抜き取り、殻になった財布は宙に放られた。


「こんなはした金しか持ってねぇならさっさと出せば良かったのにな」


 張りと温かみを兼ねた低音でそう言い、龍魔りゅうま キラは抜き取られた現金をつばきから受け取り、上着のポケットにくしゃりと詰め込んだ。


 彼の背から生えているドラゴンの翼は漆黒で勇ましく、深紅の瞳はルビーのように美しい。

 さらりとした肩にかかるほどの長さの金髪は、彼ほど容姿端麗な人物ならば痛くないどころかより一層美しさを引き立てていた。

 高身長でやや筋肉質、低音イケボに顔売りの芸能人にも負けないルックス。


 非道な行いを見せつけられた今、恐怖心で一杯になるのと同時に、冷たい表情をした彼の外見に惹かれてしまった人は多くいるだろう。


 明らかに戦闘力のない細身な体で横たわる優の元へ駆け寄った数人でさえ目を奪われている始末。

 それほどまでにキラは美しく、途轍もない存在感があった。


――魔王様――


 この昼休みから、彼は嘲笑の意を一切含まない呼び名がついた。



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