第2話 魔法使いは光


 半年前、私は楓愛ふううい学園に通うことになるなんて思ってもいなかった。

 私立の名門校に進学しようと受験勉強に励み、模試ではA判定を貰い、それでも気を緩めずに自宅学習は念入りに行い、塾にも通い詰めていた。




華補かほ、来年度から新しい学園が始まるらしいんだけど、進路ここに変えましょう」


 ある日、テレビでやっていた楓愛ふううい学園についてのニュースを観ながら、突如として母がそう言った。


「は……? 何訳分かんないこと言ってんの? 華咲学園にするってもう決めたじゃん……」


「我儘言わない。それがアンタのためになるんだから」


「そう言って私が行きたかった高校諦めさせたくせに今度はなんなの!?」


 推薦を受けることがほぼ決まって、出願の最終締切が控えていた頃の話だ。

 校風に惹かれた学園を無理やり諦めさせられた私がようやく気持ちの整理をつけたのに、それをまた壊そうとしてくる母に憎悪が湧いた。


「なんなのって……。志願できる人が増える分華咲よりも倍率が高くなるらしいじゃない。楓愛の方が賢い人が集まるならその方が良いわよ」


「“らしい”ってそんなの不確かでしょ……。そもそも私が賢くなればそれで良いとか思ってんの? 娘の幸せも考えてくれないの?」


 わなわなと肩を震わせて、自分の理想ばかりを押しつけてきた母を睨みつけた。

 開校間近で世論に寄り添った種族混合の学園。古き良き伝統ある華咲学園よりも、時代の最先端を駆ける楓愛学園に母は魅力を感じたらしい。


「華補の幸せを考えた結果、それが良いって言ってるのよ。まだ社会のことなんて何も知らないでしょ。まだ未熟なんだから黙ってお母さんの言う通りにしなさい」


 母は躊躇いもせずにそう言い切り、今から進路を変えようと私の通う中学に電話をかけた。私の意見はないものとして扱われた。


「何も分かってないのはあんたでしょ!!」


 それだけ言い残して家を出た私を追わず、心配そうな顔すらしない母を見て、私の視界は涙でぼやけた。去り際に見えた母の手には真っ白の電話が握られていた。


 翌日、私を見つけたのは母ではなく警察だった。

 それが当たり前なのかもしれないけれど、欲を言えば母に見つけてほしかった。迎えに来てほしかった。あのとき電話を置いて追いかけて来てほしかった。


 この人は私のことなんてどうでも良いんだ。


 私は母に期待することをやめた。母の枕元に飾られるだけの、何を与えられても拒まず奪われても何も言わない、そんな人形になることを決意した。


 新設校である楓愛学園の情報は少なく、模試の判定なんてものはない。過去問なるものも存在しない。

 志願する生徒たちは自力で必要な知識を全て身につけなければならなかった。


 異種族の集う学園において「ノーマル」は最も立場が弱くなる。そのため好き好んで志願する「ノーマル」は他種族よりも少なく、倍率はそれと比べるとかなり低い数値になっていた。


 二年半もの間華咲学園に通うために捨ててきた青春を、今度は楓愛学園に注いで――。


 薄ピンク色の花が綺麗に咲き始める頃、楓愛学園の合格通知が私の自宅に届いた。







 楓愛学園の制服は多種多様で、指定のバッジが付いている以外は皆の格好は全く違って見えた。

 「モンスター」においては制服すら着ておらず、「怪物」達や「魔法使い」の精霊族の制服も翼のところに穴が空いていて、種族という高い壁を感じた。


 勉強ばかりでコミュニケーション能力の育っていない私は、どうやらその壁とはまた別の壁を建ててしまっているようで、入学式から一週間たってもクラスで孤立しつつあった。


「華補ちゃんおはよう!」


 けれどそんな私にもよく声をかけてくれるのは、キティ・メトロノームという「怪物」と「ノーマル」のハーフの少女。


「おはようキティちゃん。昨日のテレビ見たよー!」


「え!! 嬉しいありがとうー!!」


 青空のような大きな瞳と、桃の花のように可憐で鮮やかな髪をあわせ持つ、今をときめくスーパーアイドル。見ているだけでぐんぐん視力が上がっていく気がする。


 今日もアホ毛一本ないサラサラの長い髪を低い位置で二つにまとめて、顔面の強すぎる笑顔を向けてくる。彼女は間違いなく天性のアイドルだ。


 私以外にも話す相手なんていくらでもいる彼女が私と話をしようとしてくれるのは、ハーフという点では私も同じだから。

 ずっと不思議に思っていた白っぽい髪の正体――それは母にあった。


「テレビといえば華補ちゃんのお母さんまたネットニュースに載ってたね! あのノゾミさんの姪だなんて羨ましいなぁ〜」


「そんなことないよ、私伯母さんに会ったこともないんだから」


「でもやっぱり“光”って感じするよー!  いつか会ってみたーい!!」


 話題に上がったノゾミとは、私の実の伯母の名前。母フィルの姉であり、数年前種族間での待遇の差をなくすべく最初に声を上げた人物だ。


 ずっと焦げ茶色だと思っていた母の髪は染粉によるもので、母に本当の――銀色の髪を見せられたとき、ようやく私を楓愛学園に入れようとした理由が分かった。

 私は完全な「ノーマル」じゃなくて、「ノーマル」の特徴が多く出ただけの、「ノーマル」の父と「魔法使い」の母との間に生まれたハーフだったと聞かされたから。

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